『「選挙に行こう」が心に1ミリも響かなかった僕が、たった1本の陳情から「当事者の階段」を上り詰めるまで』
~生活保護、空白の20代、障害という絶望から、したたかな交渉術で公的機関のHPに「社会的養護」の一文を刻むまで~
【プロローグ】きらびやかな正論に、僕はそっとシャッターを下ろしていた
「若者も選挙に行こう」
「一票を投じることで、私たちの未来が変わる」
「主権者としての権利を放棄するな」
選挙の季節になるたびに、メディアやSNSには判で押したような正論があふれ返る。タレントやインフルエンサーが爽やかな笑顔で投票を呼びかけ、投票に行かない人間はまるで義務を怠っている怠慢な存在であるかのようにチクリと刺される。
けれど、正直に白状したい。かつての僕は、そうした綺麗ごとの言葉を耳にするたびに、冷めきった目で画面を眺め、心の中でそっとシャッターを下ろしていた。
何千億円という国家予算の使い道、外交問題、憲法改正。そんな宇宙のようなスケールの話を上から目線で語られたところで、日々の生活や目先の仕事、自分自身の障害や生きづらさと向き合うことで脳の容量が100%「一杯一杯」になっている人間の心には、一滴の雫すら染み込んではこない。
「自分が一票を入れようが入れるまいが、巨大な国家というシステムは何も変わらない。誰も僕のことなんて見ていない」
そう思ってしまうのは、むしろ至極まっとうで、誠実な感覚だとさえ思う。
世間の「選挙に行こう」という呼びかけの最大の間違いは、なんのトレーニングも受けていない人間に、いきなり「国」という一番高い階段のてっぺんへ飛び乗れと強要している点にある。
政治に興味を持つことにも、当事者意識を持つことにも、本来はもっと泥臭くて、葛藤に満ちた「ステップアップのプロセス」が必要なのだ。
【第1章】世界と分断されていた部屋から、1本の陳情へ
振り返ってみれば、20代の頃、生活保護を受給しながら薄暗い部屋の片隅で生きていた時代、僕にとって「政治」や「行政」という言葉は、自分を冷たく突き放す巨大な壁の代名詞だった。
毎日、明日生き延びるかどうかの不安で一杯一杯だった僕にとって、テレビの中でスーツを着て小難しい顔で議論している人間たちは、完全に別世界の住人だった。「社会保障費の削減」や「生活保護バッシング」のニュースが流れるたび、僕は自分が社会から責められているような強い恐怖を感じ、リモコンの電源を押し込んで現実から目を背けていた。
あの頃の僕にとって、世界は「自分」と「それ以外」に完全に分断されていたのだ。
「選挙? 行っても行かなくても、僕の生活が変わるわけじゃない」
そんな僕の冷めきった世界観がガラリと変わる瞬間が訪れたのは、ハローワークに通い詰め、チャレンジ雇用を経て社会に出て、現在の会社でセーフティマネジメントに携わり、地域福祉の現場を動かすようになってからだった。
現場で働く仲間たちや自分が関わる環境の中で、明らかに制度の歪みのせいで不利益を被っている現実の壁にぶつかった。現場の人間がどれだけ汗を流しても、大元の「ルール(条例や行政の仕組み)」が邪魔をして、これ以上先へ進めない。そのとき、僕は生まれて初めて強烈な理不尽さと共に、覚悟を決めた。
「これは、僕たちがいくら現場で頑張ってもダメだ。大元の仕組みを変えてもらわないと解決しない」
これまでの僕なら「どうせ言っても無駄だ」と部屋に閉じこもって終わりだっただろう。けれど、不器用ながらも一歩を踏み出し、心臓をバクバクさせながら行政や地域の議員の元へ行き、現場の具体論をまとめた小さな「陳情」というアクションを起こしたのだ。
結果、僕が提出した小さな声に対して行政の担当者が動き、地域の議員が現場を見に来てくれた。そして、これまで「絶対に動かない岩」に見えていた地域のルールが、カチッと音を立てて、少しだけ、けれど確実に僕たちの望む方向へと動いたのだ。
その瞬間の衝撃は今でも忘れられない。
政治や行政とは、遠い雲の上のゲームではなく、僕たちの足元の不便を解消するための「地続きの道具」だった。この体験が、僕の中の「世界の解像度」を180度ひっくり返してしまった。
【第2章】「村」から「国」へ、泥臭く階段を上る
政治への関心というものは、いきなり「国」というトップギアから始まるわけではない。人間には、それぞれの置かれた場所に応じた、適切な「ステップアップのグラデーション」が絶対に存在する。
最初は本当に目に見える範囲の、半径50メートルの小さな困りごと(村・区の階段)から始まる。身近な課題に対して声を上げ、動いていくうちに問題の規模が大きくなり、「市の壁(2段目)」に突き当たる。市のレベルで活動を続けていると、さらにその先にある「県の壁(3段目)」が姿を現す。
「県の条例が変わらないと手が出せない」
「国の法律そのものが障壁になっている」
こうして足元から階段を一段ずつ、自分の足で踏みしめて上ってきたからこそ、あの国政選挙の退屈な公約の文字が、自分の足元の現場と「一本の太い線」で繋がっていることに気づくのだ。国会議員たちが議論している法律案が、巡り巡って、自分の住む街の、会社の、自分自身の毎日の呼吸のしやすさを決定づけているという構造が鮮明に見渡せるようになる。
「綺麗ごと」や「国民の義務」として選挙に行くのではない。自分の生活を、大切な現場を守るための「最大の武器」として、僕は一票を投じるようになったのだ。
そして、当事者として政治や行政の階段を上る際、最もやってはならない過ちがある。
それは、「正論や感情をぶつけて玉砕すること」だ。
「子どもたちのために新しい仕組みを作ってください!」と涙ながらに訴えても、巨大な行政システムは動かない。彼らを動かすのは、いつだって「前例」「手続き」「公平性」、秩序そして「リスクの有無」という冷徹なロジックだ。
ただ素手でコンクリートの壁を殴りに行って血まみれになるのは、ただの自己満足であり、活動家としての怠慢でしかない。
僕たちがやるべきことは、壁の構造を分析し、彼らのロジックの隙間に深く楔を打ち込み、したたかに、泥臭く、子どもたちのための「実利」を1ミリでも多く毟り取ってくることなのだ。
【第3章】「NO」と言わせてから毟り取った、手触りのある果実
先日、僕は社会的養護(児童養護施設など)を経験した子どもたちの未来を守るため、ある重要な行政交渉の打席に立った。地域の公的支援機関(若者ワークプラザ北九州)の仕組みの中に、子どもたちをすくい上げるための新しい動線を作ろうと直接対峙したのだ。
僕が最初に提示したのは、彼らにとって最もハードルの高い「社会的養護出身者のための特別な枠の設置」という最大サイズの要求だった。
行政の人間がこの言葉を聞いた瞬間、「前例がない」「特定の対象だけを特別扱いすることは公平性を欠く」という強烈な防衛本能が働くことは百も承知だった。
あえて最初から通らない最大サイズの要求をぶつけ、一度しっかりと「NO」と言わせる。相手の要求を真っ向から拒絶するとき、組織には「本当は協力してあげたいのに断らざるを得ない」という心理的コスト(罪悪感)が生じる。そこが、僕の仕掛けた本当のゲームの始まりだった。
相手が申し訳なさそうに「特別枠は難しいです…」と断ってきた瞬間、僕はあらかじめ準備していた「本当の落としどころ(代替案)」を流れるようにテーブルへ並べた。
・公的機関の公式ホームページへの案内明記と支援体制の可視化
・施設長会などを通じた、現場への周知徹底
・在籍中の子どもたちを対象とした見学会や体験イベントの開催
行政を論破しようとしてはならない。「新枠を作るのは難しいですよね。であれば、既存のHPの変更や施設長会の枠組みなら、前例の範囲内で収まりますよね」と、彼らが組織の上司や議会に対して「これならリスクなく対応できる」と説明できる「大義名分(ストーリー)」を、こちらが組み立ててプレゼントするのだ。
敵対するのではなく、したたかに相手の歯車とこちらの歯車を噛み合わせる。
その結果、僕たちが勝ち取った現実の証拠(エビデンス)が、これだ。
![]()
1本の陳情から始まり、したたかな行政交渉の末に若者ワークプラザ北九州の公式Webサイトに実際に掲載された「社会的養護経験者(児童養護施設・里親家庭等で育った方)を含め~」の案内文言。形だけの特等席ではなく、孤立した当事者が安心してドアを叩ける「本物の命綱」を可視化した。
形だけの「特別枠」なんていらない。
公的機関のHPにこの一文が載ることで、孤立している当事者がスマホを見たとき「ここは自分を拒絶しない場所だ」と一目でわかり、迷うことなく相談のドアを叩くことができる。
正論で玉砕せず、相手のロジックを逆手に取ったからこそ、この「命綱」を街のインフラの中に刻むことができたのだ。
さらに、この「ホームページ経由での相談実績」という小さなデータを日々の現場で積み上げることこそが、数年後に再び交渉のテーブルに立ったとき、本物の制度変更を迫るための「退路を塞ぐ最強のカード」になる。
【第4章】「区切り」という名の楔を打ち込む
目標を大きく掲げ、したたかな戦略で行動を小さく落とし込んだ後、このプロセスの最後を締めくくるのが「区切りはしっかり」という思想である。
実は、多くの頑張り屋さんや当事者が精神的に参ってしまう原因は、この「区切り」を蔑ろにしていることにある。
一つのタスクや交渉が終わったとき、自分の中で区切りをつけずに、そのまま雪崩れ込むように次の課題に取り掛かってしまう。「行政のHPに一文載ったけれど、まだ問題は解決していない」と自分を追い立て続けるのは、心から「達成感」という名のご褒美を搾取し続ける危険な状態だ。
僕にとって「区切りをつける」ということは、暗闇の登山道を進むときに、足元に一本ずつ打ち込んでいく「安全のための楔(くさび)」なのだ。
・陳情の書類がまとまった。よし、ここに楔を一本。
・身近な行政交渉で「HPへの一文追加」を勝ち取った。よし、ここにも一本。
・施設長会での案内が無事に終わった。よし、ここにも一本。
楔を打ち込めば、万が一足を踏み外してもそこより下へ滑り落ちはしない。一区切りつくたびに「よくやった!」と全力で自分を褒め、温かいコーヒーを飲み、過去の自分の努力を全肯定する。
区切りをつけることはサボりではない。次の山を登りきるために、暗闇の楔の上で深く呼吸をするための、最も誠実な前進の技術なのだ。
【エピローグ】当事者への階段を上り続ける
もし、今の僕の前に、かつてのあの20代の、生活保護の部屋で社会への恨み節を呟きながら「自分には何もできない」「選挙なんて行っても意味がない」と頭を抱えてフリーズしていた若い僕が立っていたとしたら。
僕はその手を優しく握って、この言葉を贈ってあげたい。
「大丈夫だよ。世界を変えるような大きなことを、いきなりやろうとしなくていい。無理に高い階段を見上げなくていいんだ。
その代わり、もし生活の中で、仕事の中で、どうしても許せない理不尽なルールや困りごとを見つけたら、その時だけはちょっとだけ勇気を出して、身近な仕組みの扉を叩いてみてほしい。小さな陳情でもいい。
そうやって、お前がほんの少しだけ『当事者』になったとき、世界の見え方はびっくりするくらい面白く変わっていくから。
そして一つ前へ進めたらね、『よくやった、今日の僕は100点満点だ』って、両手でその達成感を抱きしめるんだ。その小さな区切りの積み重ねが、お前の足元に綺麗な階段を作って、気づけば思いもよらない遠い素晴らしい場所へ連れていってくれるから」
胸の奥には、一人の孤独な若者を救いたいという狂おしいほどの情熱の火を燃やし続けながら、頭脳はどこまでも冷徹に、したたかに、現実のシステムをハッキングしていく。
NPO法人支エールの活動も、僕たちの社会への挑戦も、すべてこのスタンスで進めていく。
行政との小さな合意にガッツポーズをし、チラシ1枚に感動し、目の前の一人の参加者の笑顔に涙する。そんな泥臭くて手触りのある小さな達成感を、これからも仲間たちと一緒に噛み締めながら、この街の未来を自分たちの手で選び取っていきたい。
【NPO法人支エールについて】
NPO法人支エールは、北九州市を拠点に、社会的養護(児童養護施設等)を経験した若者や、生きづらさを抱える人々の自立・居場所づくりを支援する当事者主体の団体です。
公式WEBサイト: https://sasaelle.pages.dev/
