「できそうな予感」をつくり出す

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今年9月13日、無印良品の大型9店舗で「香り工房」がオープンした。部屋で香りを楽しむアロマオイルを客の好みを聞きながらその場で調合する売り場だ。この売り場変更によりフレグランスの売り上げが1.2〜1.4倍になる効果が出ている。

企画立案したのが西武池袋店店長の嶋崎朝子氏である。思い付いたのが今年の5〜6月。フレグランス市場が5年間で300%の伸びを見せ、いまだ勢いがあるのに加え、同社はアロマディフューザーの販売数が世界一だ。強みのある分野をさらに伸ばす方法として香り工房を提案した。

「お客様へのカウンセリングや、その場で調合する売り方は初めてです。個人店ならこうしたひと手間かけるサービスも可能でしょうが、チェーン展開する当社でうまくいくかは未知数でした」

まず6月と7月にトップが出席する戦略会議でプレゼンした。市場の伸びとディフューザーの実績は共通認識としてあるため、あえてそうした数字は資料には入れなかったが、他店と差別化できる、関連商品が売れる、臨場感を楽しんでもらえるといった提案理由はきちんと書き込んだ。嶋崎氏の熱意は伝わり、店舗発の挑戦的な企画として了承された。

企画の成否はむしろ現場にある。お盆の1日、9店舗の約40人を対象にプレゼンを行う。

「『企画はいいけど本当にできるのか』という声がありました。『これならやれそうだ』との気持ちを引き出さねばなりませんでしたので、写真を用い、またその場でイラストを描きながら店舗や仕事の流れのイメージを示しました」

嶋崎氏は十数年在籍した商品部時代から出張先や他店で参考になりそうな素材を撮りためてきた。

「今度のような新サービスの提案では、ビジュアルで五感に訴えかけられたときに初めて、受容してもらえます。1万点ストックしている写真素材は、人を説得するときに欠かせない私の大事なデータベースです」

一方、手描きの資料は店舗設計チームとの打ち合わせでも役立った。

「店舗の什器やその置き方には『買いたい気持ち』を起こさせる微妙なサイズがあります。その感覚を具体的な数値に落とし込んで図面を描きながら打ち合わせしました」

嶋崎氏の資料は感覚と数値を行き来しながら、相手に納得感を与えていく。立案から開店まで店舗発の企画としては異例の3カ月。発案者の手でここまでの細かい詰めができたからこそのスピード実現だった。

1. 日頃からデータ収集する

出張に行ったときや買い物に出かけたときに、使えそうな素材はすべて写真に収める。これまでに保存してあるものは1万点以上。企画立案をするにしても、資料をつくるにしても、これがすべてのスタートとなる。

 

2. 実数で示して具体化する

上は店舗設計者との打ち合わせの際につくったもの。経験やこれまでに集めたデータを基に、「買いたい気持ちになるサイズ」を割り出し、その感覚を数字に落とし込んでいく。企画が一気に具体化し、着想から3カ月で新しい売り場がスタートした。

 

3. イラストでビジュアル化する

左は社内打ち合わせ用につくった資料。商品に貼る手づくりラベルはデータベースにあった南仏の薬草ショップのパッケージから案を得た。その写真を見せ、また手描きでビジュアル化しながら話すことで、前例がない企画をわかりやすく解説。

 

4. 1枚のシートでシンプルに解説

店舗スタッフの「大変そう」「うまくいくの?」という疑心暗鬼を払拭するために、店舗での対応を1枚のシートでわかりやすく説明。

 

5. 「できそうな予感」をつくり出す

店舗スタッフを対象にしたプレゼンでも、やはり要となったのはビジュアル化。店舗の完成予想図(図表上)と1万点のデータから選んだ写真(図表下)で、新企画の世界観を伝える。まだ実物がない中で、イメージを的確に伝え、スタッフの不安を「これならできそう」に変えた。

(大下明文=文 向井 渉=撮影)