新規事業における素朴な疑問 (3) 一貫しない取捨選択基準/日沖 博道
新規事業に関する永遠の課題とも云えるのは、「本業とのバランス」ではないだろうか。
本業が絶好調という場合はともかく、競争も激しく利益もなかなか上がらない時は悩みどきだ。それなら新しい柱を早く見つけて、今の本業が傾いても会社が倒れないようにしておくべきではないか。いやいや、そんな苦しい時だからこそ、全社を傾けて本業に注力して苦境を突破すべきだ、云々。どちらにも一理ありそうだ。
もちろん、原則はシンプルだと思う。本業の回復・伸長が最優先で、新規事業の開発・展開のために本業を犠牲にするというのは邪道である、と。
しかしながらその邪道が求められる特異なケースもあり得る。例えば、本業たる銀塩フィルム市場が急速に消えつつあった時期の富士フィルムにとって、新規事業の早急な立ち上げ・収益化は何より最優先だったはずだ。でもこれはあくまで「例外」だ。
問題は、個々の企業が直面する状況が「原則」と「例外」の間の何処なのか、という話だ。これこそ経営戦略の中核テーマとして経営者の高度な判断に委ねられるべきものだ。
大半のニッポン企業は今、景気が回復して一息ついている、もしくはさらにその先を見つめる余裕ができたタイミングではないだろうか。この2年ほど、弊社でも新規事業開発・展開に関する相談件数が明らかに増えている。
喜ばしい状況ではあるが、これまでの新規事業への取り組みをヒアリングする中で思い知らされるのは、かなりアドホックな取捨選択を行ってきた、過去の実態だ。
第一の問題パターンは、そもそもどうしてこういう分野・テーマで新事業を始めたのか、理解に苦しむものだ。
自社の既存領域とまったく相乗効果を見込めそうにない領域にいきなり落下傘的に新事業投資を始めるケースなどだ。さすがにバブル経済の時に散々やって懲りた記憶が残っている企業ではあまり見かけず、どちらかというと若くやんちゃな経営者に率いられる新興オーナー企業に時折見られる現象だ。経営者が知人やセミナーなどから仕入れた情報に基づいてノリで始めさせてしまったため、誰も止められなかったといったケースが典型的だ。
第二の問題パターンは、(一つひとつのテーマはそれなりにその企業の既存領域と関連があるのだが)とにかくテーマ数が多過ぎて十分なリソースを割けない、または逆に一律に絞ってしまったので、現在ほとんど有望な手持ちテーマがないという状況だ。
前者の状況は前回の“「多重兼務」担当者が多過ぎる”という稿にても触れ、「掛け持ち」度の高いメンバーばかりのため、新規事業開発プロジェクトの質とスピードが劣化するという課題を主に採り上げたが、本格展開後も同様だ。せっかく立ちあげた其々の新規事業が、リソース不足のために競合に敗れてしまうリスクが高くなる。
もう一つ、第三の問題パターンとして挙げておきたいのは、主な仮説に対し未検証のまま何となく事業を進めているという(あまり指摘されないが、実務的には非常に気になる)ものだ。検証と判断を先延ばしするほど、結果が裏目に出た場合の痛手が大きくなる。
協業先の企業がその気になってしまい、立ち止まることも後戻りすることもできず、ずるずると新事業を開始してしまったというケースが典型的だ。
本来なら事業パートナー候補とは事業の前提となる主要な仮説も共有して、その検証作業を共に進め、ある程度の検証ができた段階で一歩踏み出し、共同事業を公表すべきはずだ。しかし実際には、取引先である片一方の企業が既存事業との絡みで前のめりになってしまう、または両者のトップが意気投合して共同事業化をぶち上げてしまう、などの経緯があって、担当者からすると「実はまだ十分な検証はできていません」などと言いだせない雰囲気になってしまうようだ。
いずれも問題の根本には、「事業の取捨選択基準が明確にない、もしくはころころと変わる」ということがあると考える。
第一の問題パターンは、そもそもどういった領域ならば自社が強みを発揮できるのかという基本方針がなく、流行や経営者の思い付きから出たアイディアを審査する基準がないため素通ししてしまうことから生じる。
第二の問題パターンは、事業の絞り込みが業績や景気に左右されることから生じやすい事態だ。業績が悪くなると一律に新規事業の検討を止めさせる一方で、景気と業績がよくなると急に手を拡げようとするわけだ。
第三の問題パターンは、そもそも社内での事業企画において、何がその事業の前提となる主要仮説なのか十分に考え尽くさずにいるために典型的に生じる。協業話が進んでから重要な点が未検証であることに気づいた、といった事情があったりする。
併せて、新事業を開発・展開するにあたっての推進・審査プロセスが確立していないことも、一貫しない取捨選択基準を放置させ、問題を悪化させる要因だ。
要は、どのレベルまで事業仮説が検証されて要件が満たされたら次のステップに進んでいいのか、というルールが整備されていないということだ(商社など一部の大企業はこうした問題意識に基づき随分前からルールが確立しているが、多くの事業会社では必ずしも必須と感じてこなかったようだ)。
逆にいうと、そうしたプロセスとステップ毎の通過基準が決まっていれば、先に挙げたような問題の多くは深刻化せずに済むはずだ。
具体的には、例えば実現レベルに沿って「企画」「試行」「展開」といった具合にフェーズ分けし、新規事業案が「企画」から「試行」フェーズに進むためには、基本的なビジネスモデル要件と、事業案が前提とする条件(仮説)はもちろん、その時点で判明している基本的な事業性(実現性、収益性、規模目標など)を明らかにしないといけないといった具合に、特定の要件を満たすことを求めるのである。
なお、ここでご注意いただきたいのは、フェーズ分けの細かさや、それぞれのステップ(フェーズ)の「通過基準」には、一律にこれが正解というものはないということだ。
業態やビジネスモデルによって随分異なるはずだし、また個々の企業の考え方や成熟度によっても違ってしかるべきだ。実際問題として、こういった基準を定める文化の無かった企業がいきなり高度な財務基準を導入しても機能しないので、最初はシンプルなものから始めたほうがよいと考える。
例えば最初のハードルとして、新規事業の企画テーマとして公式に扱うかどうかを判断する選択基準を、どの程度明確かつ厳密に持つべきか、もし持つのなら社内のどの階層レベルで運用すべきか、について考えてみよう。これについても業界や基本的なビジネスモデルによってかなり事情が異なることは想像できるかと思う。
例えばITサービスの会社なら、新規事業のネタを思いついて数人のグループで検討するというのは、それぞれの現場の担当者レベルで機動的に行われることが多いものだ。
現場のマネジャーはアイディアを聞いて必要な助言を与えながら、時には「お前、そのネタより以前にぶち上げた○○の方、急いで企画案を出しなよ」といった具合に、その場で取捨選択を指示するだろう。この時にあまりややこしい基準を持ち出しても機能しそうにないし、競合とのスピード勝負に負けてしまうからだ。
一方で研究開発志向の企業では、正式に企画が通るということは、アイディアを検証し技術的な実現性などを見極めるため、研究開発者の相当なる時間が投入されることを意味する。そのため審査のハードルが最初からある程度高くならざるを得ない。
したがってセンター的な機能をもつ部署が、企画案を審査し、それを担当する人的資源と進捗度を管理するようになっているケースが少なくない。
しかしあまりに厳格な基準で一律に足切りすると、面白いアイディアだけど誰も検証したことがない、といった類の事業ネタは日の目を見るチャンスが永遠にやってこない。
そのため3Mやグーグルのような一部の企業では、従業員に就業時間の15%とか20%まで好きなテーマの自由研究を許すといったやり方で、現場での機動的な企画を促進する工夫をしているのだ。
つまり新規事業というイノベーションのネタを見つけ開花させるために、どの企業にも一律に通じるような絶対的なやり方はなく、それぞれの企業や事業部門が試行錯誤しながら色々工夫しているということだ。
したがって、ここで挙げたような事業案の取捨選択基準についてもそのプロセスにしても、一旦は確立させるべきだが、出来上がったからといって金科玉条のものとして金輪際変えてはならぬ、というのも間違いだということだ。
(本記事は2014年10月31日に掲載されたものを再編集しております)