新規事業における素朴な疑問 (2) ”多重兼務”担当者が多過ぎる/日沖 博道
小生がアーサー・D・リトル(ADL)という戦略コンサル会社に勤務していた20数年前にも、新規事業の開発や見直しの支援プロジェクトを毎年数件は手掛けていた。
その頃のプロジェクトでは、コンサルタント側はもちろん、クライアント側のメンバーも専任が少なくなかった。少なくともプロジェクトリーダーと事務局メンバーは専任にしてもらうパターンが典型的だった。
ところが昨今の新規事業開発プロジェクトでは、期間は大幅には変わらないが、専任メンバーが非常に少なく(時にはゼロ)、大半のメンバーは現業を持つ上に、他の新規事業プロジェクトにも幾つも関与している、といった事態が普通になっている。もちろんクライアント企業が同じではないので単純な比較はできないが、他のコンサル会社の知人に聞いても、この「掛け持ち」度の高止まり傾向は同じようだ。
時には苦笑するような場面にも遭遇する。
あるクライアント企業での新規事業の開発プロジェクトが完了し、(同じ企業内で)次のテーマに移ったら、1/3くらいのプロジェクトメンバーが前回と同じ顔ぶれだった、という事態だ。ある意味やりやすい側面はあったが、ちょっと考えさせられた。
ことほど左様に、ほんの少数(ときには0人!)の担当者だけが専任で、あとのメンバーは現業と複数の新規事業テーマを兼任しずっと薄い関与のまま、ということが実に多い。その兼任数も二つ程度ならともかく、大小合わせて三〜四つということがざらで、いわば大半のメンバーが「多重債務者」ならぬ「多重兼務者」なのだ。
各メンバーの「掛け持ち」度合いが高いと何が不具合かというと、プロジェクトの質もスピードも劣化するのだ。
第一の問題は、個々のプロジェクトへの深い思い入れが生じにくくなることから発する。他にも幾つかのテーマを抱えて忙しくなると、「自分だけが頑張らなくとも」という他力任せの依存心が強くなってくる。そうなると人は楽をしたくなるもので、脳みそをぎりぎりと絞って考え、懸命にユーザーや関係者の真意を汲み取ろうとする努力から遠ざかる。自らの責任で外部と交渉したりリスクを取ったりすることにも及び腰になる。
要は主体性がなくなり、サラリーマン根性が露骨に出るのだ。こんなメンバーばかりで思い切った新規事業を開発できますか?
もうひとつの問題はスピード感が絶対的に不足し、プロジェクト完了までの期間が長くなることだ。
ほぼ専任化したメンバーだけで構成されるプロジェクトであれば毎日でも簡単な打ち合わせができ、状況と課題を素早く共有し、対策を協議することで着実かつ迅速に進捗できる。
それに対し幾つも兼任しているメンバーばかりのプロジェクトチームでは、精々1週間に1度の打ち合わせで各自に振った「宿題」の結果を確認し、次にどうするかを考える、といったペースになりがちなため、進捗は4〜10倍程度遅くなる。弊社がお手伝いすることでそのペースを倍以上に引き上げることはできるが、それでも兼任メンバーばかりのプロジェクトというものは厄介だ。
どんな新規事業プロジェクトにも、クライアント企業メンバーしかできない部分が厳然と存在する。幾ら外部コンサルタントがしゃかりきに調査・分析しようとも、兼任者ばかりのクライアント企業メンバーが定期打ち合わせまでに「宿題」をきちんとやってこないことが繰り返されるとプロジェクトの進捗はままならず、スケジュールや課題担当の変更が繰り返され、非常に効率が悪くなることは間違いない(もちろん小生のプロジェクトでは、そんな事態に陥らないようきっちり仕切らせていただきますが)。
中小企業であれば、こうした「専任化は無理」といった事態はある程度は仕方ないかも知れない。そもそも人材の層が薄く、新規事業を担当させる人材がもともと少ないからだ。ただし、この場合、新規事業のテーマ数も絞られるというのが現実だから、実際には「掛け持ち」度が極端に高くなることもないと思える。
でも小生が問題視しているのは、むしろ大企業のケースだ(現実に弊社が支援している対象の大半が大企業なので)。なまじ企業体力があるせいかテーマを絞り切れておらず、むやみに新規事業テーマが多いため、担当者の「掛け持ち」が減らないのだ。
不透明さを増す経営環境ゆえに、「保険」として常に新規事業テーマを開発していないと不安になる企業経営者の心理も強く働いていると小生は感じている(この問題を指摘したのが弊著「フォーカス喪失の罠」<日経BP企画>)。
もう1つ、企業側が「掛け持ち」を増やしてきた理由がありそうだ。それは「失われた20年」の間、じりじりと人減らしを進めてきた結果、新規事業を担当させることができそうな人材の絶対数が減っているという観点だ。少なくない企業でそうした理由を聞いている。
しかしこうした「掛け持ち」度合いが高いままでは、先に挙げた不具合な点は何ら改善されない。どうすれば下げることができるだろうか。大きく2つの側面で手を打つべきだ。
まずひとつには、優先的に検討する新規事業テーマを絞ることだ。
少なくともある程度調査・検討してみたら、事業性が高いのか、事業化のハードルが高いのかは比較的早い段階で評価できる。そして時代が希求する要素が強いか、競合に先手を打たれる懸念が強いか、などで緊急性も評価できる。それらに基づいて検討の優先度を経営者が決めるのだ。
もうひとつの視点は、特定の担当者たちばかりに兼任させるのではなく、もっと広い範囲で(できれば専任の)担当候補者を探すことだ。
必ずしも社外から採用せよという話ではない。大企業であれば、社内で埋もれている人材は少なくない。誰でも構わないとはいわないが、例えば「直属上司との相性が悪くて真価を発揮できない」「性格的に地味でアピールできないまま黙々と現業をこなしている」等々、「磨けば光る玉」が隠れているはずだ。
いない訳じゃないけどそんな器用な人材じゃない?一人で新規事業開発に必要な役を全部こなす必要は全くなく、他の担当者たちとチームを組めばよい。要は組み合わせを考えるのだ。
もちろん彼らに新規事業担当の経験は不足しているだろうが、上長が期待を掛けて、やる気を持ってもらえば、人間は相当な力を発揮するものだ。少なくとも「多重兼務者」が片手間でやるよりは、事業の良し悪しの見極めは素早くできるはずだ。
あとは経営者が大きな方向性を示すことができるか、そして適切な助言を与えるなどのサポート体制次第だ。
(本記事は2014年10月22日に掲載されたものを再編集しております)