『妻が椎茸だったころ』中島京子/講談社
他の短篇にも「蔵篠猿宿パラサイト」など、「日本タイトルだけ大賞」を狙えそうな題名が。

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日本に数多ある賞の中でも、〈内容の優劣を問わず、タイトルのみのコピー、美しさ、面白さが際立つ書籍を表彰〉するという一風変わった賞が、書籍紹介サイト「新刊.jp」主催の「日本タイトルだけ大賞」だ。
今年1月10日に2013年度の選考会が行われ、その模様は「ニコニコ生放送」で放送された。

これまでの大賞作品は、

2009年『ヘッテルとフエーテル- 本当に残酷なマネー版グリム童話』
2010年『スラムダンク孫子』
2011年『奥ノ細道・オブ・ザ・デッド』
2012年夏の陣『月刊円周率2月号』
2012年『仕事と私どっちが大事なのって言ってくれる彼女も仕事もない。』

というラインナップ。

「日本タイトルだけ大賞」公式サイトを見てみると、受賞作品について講評などは掲載されていない。
タイトルのほか、著者名・出版社といった基本的な情報や、アマゾンへのリンクが貼られているのみ。
「興味があれば、中身は自分で検索してね」というノリの、とにかくタイトル重視の賞なのである。

ノミネート方法は、ツイッターでの投稿。
2013年に出版された書籍の中で今回エントリーしたのは、約300作品。
ノミネート作を見てみると、
『なぜ犬神家の相続税は2割増しなのか』・『クラーク博士は大志を抱きすぎて投資で大失敗した』など、偉人や名作・アニメのキャラクターに別ジャンルの要素をからめたタイトルは、読者との距離を縮めやすいからと重宝されているのか、ノミネート数も多い。
危機感煽り系のタイトルは『 40歳以上はもういらない』など、言葉の捻りより強さが目を引く。
『天才打者イチロー4000本ヒットの秘密 プロフェッショナルの守護霊は語る』といった、昨今話題の守護霊シリーズの躍進ぶりもすごいというか、1年でそんなに出ているのかと驚かされる。

そんな中、2013年栄えある大賞に輝いた一冊が、『妻が椎茸だったころ』だ。
著者の中島京子は、2003年に『FUTON』でデビュー。2010年には、『小さいおうち』で直木賞を受賞している。
『小さいおうち』は、「男はつらいよ」でおなじみ、あの山田洋次監督で映画化。1月25日から全国公開が始まっている。

そんな実績十分の作家による、『小説現代』で2008年から2013年にかけて掲載された作品、5篇をまとめた短篇集である本書。
読者を物語に引き込むのは、タイトルだけではない。どの短篇にもあらゆる場所に、あらゆる方法で仕掛けられている謎だ。

たとえば、タイトル作「妻が椎茸だったころ」の出だしはこう。
〈これはたがも。たがもじゃなくて、たまご。たがも。そうじゃなくて、たまご。(中略)しいたこ。しいたけ。しいたけ。〉
…わけがわからない。

何か異星人でも出てきそうな気もするけど、主人公は定年退職の2日後に妻を亡くした泰平という男だ。
妻の死から3週間ほど経っても、まだショックを引きずっていた泰平。彼は娘の勧めもあり、生前妻が予約していたという料理教室への参加を、渋々ながら決める。料理教室には、事前の課題があった。それは当日作る、散らし寿司の具として椎茸を煮てくること。
これまで料理は妻に任せきりだったし、知識などない。干し椎茸をそのまま切ろうとするなど、悪戦苦闘する。
水に戻さないまま、今度は醤油と砂糖を入れた鍋で煮始める泰平。手持無沙汰となり、料理本の並ぶ棚にあった古いノートを手に取ってみる。それは妻が書いたレシピ帳兼日記帳・雑記帳といったもので、料理のことだけでなく日々の生活の愚痴や自慢などが、思いつくままに書かれていた。
その中に、気になる一文を発見する。

〈もし、私が過去にタイムスリップして、どこかの時代にいけるなら、私は私が椎茸だったころに戻りたいと思う〉

そう、「妻が椎茸だったころ」は、本当に「妻が椎茸だったころ」についての話だったのである…って、何じゃそりゃ?

「妻が椎茸だったころ」の謎は、この後さらに深まっていく。
どんな謎か気になる方はネットで検索ではなく、ぜひ読んでお試しを。
(藤井 勉)