感覚・体験を共有する タッチ・インターネットが拓く未来(完)【テレスコープマガジン】
ライフジャケットのような服が ぎゅっと体を締め付けると、まるで誰かに抱きしめられているような気分になる。これは、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科のエイドリアン・チェオク(Adrian Cheok)教授が開発した、遠く離れた者同士でハグする「ハギー・パジャマ」という装置だ。チェオク教授は、触覚を始めとする五感を使ってコミュニケーションを行う「タッチ・インターネット」の研究を進めている。ネットで感覚や体験を共有できるようになった時、はたして社会はどう変化するのだろう。
──とてもユニークで面白い研究ですね。教授の研究スタイルは、一般的な日本の研究者とずいぶん違うように思いますがいかがでしょう。
私が海外で講演すると、「そんな研究は欧米では聞いたことがない」と言われます。知能ロボットを開発している大阪大学の石黒浩教授や、キスでコミュニケーションする装置を開発した電気通信大学の梶本研究室など、世界のどこより、日本はこうした分野の研究を行っていますよ。海外の研究者は、私の研究スタイルをとても日本的だと思っています(笑)。
──何だか、教授は映画制作者のように見えます。
おっしゃる通りかもしれません。私の研究は映画を作ることに似ています。映画を作るのは、ある意味、夢を現実にすることですから。
私は40歳になりますが、子どもの頃、映画『スター・ウォーズ』に衝撃を受けました。レイア姫がオビワン・ケノービに助けを求めるホログラムを実現したいと思ったのが、拡張現実に興味を持ったきっかけです(笑)。拡張現実に取り組んでいる研究者の多くは、スター・ウォーズに影響を受けていますね。
世界を変えられるか? 夢を現実にできるか? 人々をインスパイアできるか?
社会をよりよくし、人々に夢を与えることが重要だと私は考えています。
──以前教授はシンガポールの国立大学で研究されていましたが、シンガポールは、国家戦略として拡張現実などの研究を進めているのでしょうか?
インタラクティブなデジタルメディアの研究は、国家的なプロジェクトとして進めています。しかし、これはシンガポールに限らず、日本や韓国、台湾でも同じですね。
香港の人たちも今や"Made in Hong Kong"ではなく、"Designed in Hong Kong"を目指しています。
これからの世界で、経済成長するためには、クリエイティブな何かをデザインすることが重要です。日本も アップルのような企業を生み出すべきでしょう。アップルは、クリエイティビティによって企業価値を高めました。
──学生達がクリエイティブになるためには、どうすればよいと思いますか?
「これだ」という回答はわかりませんが、クリエイティビティは内面的な欲望から生まれるものです。
快適な状態にある人は、何かを変えたいという欲望を持つことはないでしょう。クリエイティブになるとは、何かを変えたいと願うことです。
学校では、一般的に数学や語学などを通じて、論理的、言語的な能力を磨きます。しかし、そのように脳の一部を使っているだけだと、クリエイティブになるのは難しいでしょう。
潜在意識や手を動かすことも含めて、脳のあらゆる部分を活用しなければなりません。アイデアを出そうとするなら、いろんな分野(取り組んでいる課題とはまったく違う分野)の本を読み、絵を描き、モノを作り、人に話し、そして他人からさまざまなフィードバックを受けること。多様で大量のインプットなしに、面白いアウトプットはできません。
これまでとは違った脳の部分を使うことが、クリエイティビティの引き金となります。
学校で知識を学んだら、その知識をあえて捨て、無心になってみる。いわば「禅」がクリエイティブになるための道ではないでしょうか。
Profile
エイドリアン・チェオク(Adrian D. CHEOK)
シンガポール国立大学 電気・コンピュータ工学科准教授、Mixed Reality Lab所長を務め、現在は慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 教授。拡張現実、ヒューマン-コンピュータインターフェイス、ウェアラブルコンピュータ、ユビキタスコンピュータなどの分野で研究活動を行う。代表的な研究としては、CGと現実空間を合成した先駆的拡張現実の「3d-live」や、拡張現実を活用した体験型ゲーム「ヒューマンパックマン」、離れた場所にいる人同士がハグを行う「ハギーパジャマ」などがある。
Writer
山路達也
ライター/エディター。IT、科学、環境分野で精力的に取材・執筆活動を行っている。
著書に『日本発!世界を変えるエコ技術』、『マグネシウム文明論』(共著)、『弾言』(共著)などがある。
Twitterアカウントは、@Tats_y
記事提供:テレスコープマガジン
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