感覚・体験を共有する タッチ・インターネットが拓く未来(2)【テレスコープマガジン】
ライフジャケットのような服が ぎゅっと体を締め付けると、まるで誰かに抱きしめられているような気分になる。これは、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科のエイドリアン・チェオク(Adrian Cheok)教授が開発した、遠く離れた者同士でハグする「ハギー・パジャマ」という装置だ。チェオク教授は、触覚を始めとする五感を使ってコミュニケーションを行う「タッチ・インターネット」の研究を進めている。ネットで感覚や体験を共有できるようになった時、はたして社会はどう変化するのだろう。
──教授の父はマレーシア人で、母はギリシア人、教授自身はオーストラリアで生まれ育ったとお聞きしました。このような博士の経歴は、タッチ・インターネットの研究に影響を与えているのでしょうか?
私は両親とオーストラリアで暮らしており、親族はヨーロッパとアジアにいました。子どもの頃から、親族同士が遠く離れて暮らしていて、彼らとコミュニケーションを取っていた経験は、私のアドバンテージかもしれません。
この研究を始めた時、私の念頭にあったのは、非常に多忙なライフスタイルで長時間働いている人々でも、親子がお互いに触れ合えるようにすることでした。
また、初期に取り組んだ研究の1つに、インターネットを通じてペットと触れ合うシステムがあります。ペットと電話で話すことはできませんよね。触れ合いが唯一のコミュニケーション手段です。そこで、仕事中や旅行中でも自分のペットを抱きしめられるシステムを作りました。対象にしたのは、ニワトリです。家禽(ニワトリやアヒルなど家畜として飼育される鳥) は触れ合いを好み、そうすることで卵もよく産むようになります。ニワトリを対象にしたもう1つの理由は、私が子どもだった頃、祖父の飼っていたニワトリとよく遊んでいたからです。
[図表2] ニワトリの模型をなでたり触れたりすると、インターネット経由でその感覚がニワトリに伝わる。
集中治療室にいる娘を抱きしめたい
──しかし、インターネット経由で触れ合うテクノロジーよりも、働く時間を短くしたり、家の近くで働くなどして、実際に触れ合う機会を増やした方がよいと考える人も多いのではないでしょうか?
よい質問ですね。親によっては、触れ合いの 信号さえネット経由で子どもに送ればいいと考え 、ますます長時間働いたり、家を空けるようになることもあるかもしれません。
しかし、私はタッチ・インターネットが実際の触れ合いを置き換えるとは思っていません。もしかしたら、 いつかは現実世界を完全にシミュレートすることができるようになり、仮想世界でのコミュニケーションと区別が なくなるかもしれませんが、少なくとも現在あるいは近未来では、いかなるテクノロジーも人間の存在を置き換えることはできないのです。
私は、あらゆるメディアには善悪の両面があると考えています。例えば、本です。かつてキリスト教の教会は、本が人に悪影響を与えるとして禁じようとしました。しかし、当然のことながら本にはたくさんの長所がありますし、ビデオにしても、ポルノもあれば、知的ですばらしい作品もあります。
メディアは、社会を反映しています。もし人々がタッチ・インターネットのテクノロジーを使うことで、子どもと触れ合う時間を減らすのであれば、社会の根本的な問題点として批判すべきでしょう。時には、法的な規制が必要なこともあるかもしれません。
私はタッチ・インターネットの提唱者として、このテクノロジーにポジティブな意義を持たせようとしています。しかし、他のメディアと同様、このテクノロジーも「人を病みつきにする」(addictive)可能性はあり、ネガティブな使い方がされないようにすべきでしょう。TwitterやFacebookもそうですよね。「気づいたら何時間も経っているけど、結局何にもしてない!」ということはよくあるでしょう?(笑)
食事でも酒でも、摂りすぎれば害になります。メディアも同じですから、摂りすぎないよう自制することが大切です。
(つづく)
記事提供:テレスコープマガジン
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