ゴールデンウイーク真っただ中の5月2日、衝撃のニュースが飛び込んできた。北京で会談した中国と韓国の政府首脳が、お互いの関税撤廃に向けた自由貿易協定(FTA)の締結交渉を始めることで合意したと宣言。日本は中国、韓国と3カ国のFTA交渉を目指してきたが、その煮え切らない態度にあきれた両国が「日本外し」の出し抜け作戦を敢行したのである。
 「テレビの関心は関越道のツアーバス事故に向かっていましたが、中韓がガッチリ握手したインパクトは絶大です。巨大な中国市場を、関税撤廃の恩恵を受ける韓国企業が席巻すれば、日本企業は奈落の底。いま日本の電機産業は束になってもサムスン電子にかないませんが、それと同じことが他産業で続出するのは必至で、日本経済が一気に衰退しかねないのです」(経済記者)

 韓国は昨年7月に欧州連合(EU)とFTAを発効させ、今年の3月15日には米国とも結んでいる。その余勢を買って最大の輸出先である中国(24.1%=昨年実績)と締結すれば、輸出比率7.1%の日本を除く主な貿易相手国とのFTAが完了する。
 昨年実績で対中国の輸出額は日本が12.9兆円、韓国が10.7兆円だった。日本貿易振興機構(JETRO)の試算によると、中韓FTAが発効した場合に韓国は約2.2兆円増え、数字的には日本の昨年実績と肩を並べるが、日本からの輸出品のうち約4200億円が韓国製に置き換わって日本を逆転する。これを機に韓国が中国市場で存在感を増せば増すほど、日本企業が巨大市場でシェアを奪われ、悲鳴を上げる図式が透けてくるのだ。

 それにしても、日本を置き去りにしてまで何が中韓をFTA交渉に突き動かしたのか。
 「実を言うと日本と韓国は9年前にサービスや投資も含めた経済連携協定(EPA)交渉を始めたのですが、1年足らずで中断してしまった。バブル崩壊後の日本企業が輝きを失って内向き志向を強めたうえ、韓国の対日輸出が減少したこともあって韓国側が魅力を感じなくなったことが大きいようです。そこでEU、米国と相次いでFTAを締結した韓国が中国にラブコールを送り、戦略的思惑から中国がパクッと飛びついたのです」(経産省担当記者)

 中国は日本が参加を検討している環太平洋経済連携協定(TPP)に対し「米国主導の中国包囲網」として警戒心を募らせている。そこで東南アジア諸国連合(ASEAN)に日中韓を加えた「ASEANプラス3」構想を掲げ、日本に「こっちの水は甘いぞ」と呼びかけているが、TPP参加で国論が二分する日本は日中韓にオーストラリア、ニュージーランド、インドを加えた「ASEANプラス6」を主張するなど「TPPを主導する米国への恭順の意と中国への警戒心に揺れている」(関係者)のが実情。そんな日本政府の腹の内を承知の中国にとって、韓国のラブコールは「渡りに船だった」と前出の担当記者は指摘する。
 「韓国は米国やEUなどと独自にFTAを締結しているからTPPに加わる気などサラサラありません。アジアで存在感を発揮したい中国とすれば、TPPと一線を画す韓国からの誘い水は、自陣に取り込むためのチャンス到来です。含み笑いをこらえるのに苦労したはずですよ」

 一方の日本は標榜する3カ国FTAが早々に頓挫し、世界に「優柔不断だから出遅れた」のイメージを植えつけた。それどころか野田佳彦首相は、4月30日のオバマ米大統領との日米首脳会談でも、結局、TPPの交渉参加の表明にまでは踏み切れず、国内調整に手間取る“毎度おなじみのパターン”を見せ付けた。繰り返せば中韓のFTA交渉開始宣言は、日本がそんな醜態をさらした直後のことだ。
 「日本もEU、米国などとの貿易協定を模索しているのですが、農産物の関税撤廃などを巡る意見集約がサッパリ進まず、交渉のテーブルにさえつけていない。自由貿易圏作りで大きく水を開けた韓国企業のトップは『もう日本企業、恐れるに足らず』と豪語している。堪りかねた日本の最先端企業が、韓国に製造拠点を移す動きが加速しそうです」(大手商社マン)

 実際、FTA効果で韓国からの輸出が恩恵を受けるのを見据えたように、旭化成や帝人はリチウムイオン電池の主要工場を韓国に建設、住友化学はスマートフォン向けタッチパネルの韓国工場を近く稼動させる。EUとのFTA締結を機に韓国の現代自動車が欧州への輸出を加速させていることから「日産・ルノー連合が韓国に巨大工場を計画している」との情報も飛び交っている。その延長に日本産業の空洞化=経済大国崩壊のシナリオさえ見えてくる。国家として満足に貿易政策さえ描けないのは、それだけ致命的なのだ。

 そんな中、国家の無策を何とか追い風にしたいと願っているのが、皮肉にも値引き合戦に明け暮れてきた牛丼業界だという。業界トップである『すき家』はこの4月まで売上高が8カ月連続で前年割れ。『吉野家』も4月は前年割れで、客数は4カ月連続の前年割れだった。もはや値引きで集客できなくなったジリ貧の状態に、なぜ追い風なのか。
 「外食産業は安さだけでは勝ち抜けないということ。TPPに加入すれば農産物が安くなり、その分コストが大幅に下がるが、売り上げをカバーする保証はない。つまり一番大事な味がおろそかになる可能性がある。TPPから鼻つまみになって不参加ならばコスト削減に結びつかず、一応は現状維持できるということです」(業界ウオッチャー)

 米国の属国としてTPP参加か、3カ国FTAで中韓連携阻止か−−。日本経済に暗雲が垂れ込むことに、どの道変わりはない。