独占インタビューに応じてくれた桑田真澄氏

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 阪神と熾烈な優勝争いを展開する巨人だが、5月末に阿部慎之助氏が電撃辞任して以降、「監督」は空席のままだ。そうしたなか、昨季まで巨人の二軍監督を務め、直近の発言でも注目を集めた桑田真澄氏が「週刊ポスト」の独占インタビューに応じた。【前後編の前編】

【写真】桑田真澄氏が「充実していた」と振り返った二軍監督時代

何かダメなところありましたか?

 阿部体制下で二軍監督を務めた桑田氏は昨季、独走でイースタン・リーグ優勝を果たしたものの、オフの2025年秋に突如、退任。現在はオイシックス新潟のCBO(チーフ・ベースボール・オフィサー)を務める。

 その発言が注目されたのは、謎の退任劇から約10か月後の8月末、文化放送『生島ヒロシの日曜9時ですよ~!』にゲスト出演した時のことだ。桑田氏は、球団側から「来年も(二軍監督を)頼む」と言われて続投するつもりでいたにもかかわらず、その後に突然、「ユニフォームを脱いでくれ」と告げられたと告白。「僕がいるとやりづらいということだったらしい」と舞台裏を明かし、大きな反響を呼んだ。

 オイシックス新潟の本拠地・HARD OFF ECOスタジアム新潟で取材に応じた桑田氏は、ラジオでの発言について「なぜ退団したのかと、取材や講演、プライベートまで、どこに行っても聞かれました。いつかちゃんと話をしなければと思っていたので、今回はありのままを話しました」と振り返り、淡々と退任までの詳細な経緯を明かした。

「2025年10月、みやざきフェニックス・リーグに行く前に巨人の球団側から『来年も頼むよ』と言われて、リーグ開催中には『今と同じコーチ陣で来年もやりたい』という話までしていました。でもフェニックス・リーグが終わって帰京する前日に『明日、帰京したらすぐ会いたい』と言われて、なんだろうと思いながら面会すると『ユニフォームを脱いでほしい』と告げられました」(以下「」内は桑田氏)

 あまりに突然のことで「理由を聞きたい」「僕、何かダメなところありましたか?」とその場で尋ねたという。

「それに対して、『育成ができていない』と言われたんです。でも、昨季は二軍から90人近い選手を一軍に上げました。二軍には勝利と育成の両立が求められますが、イースタン・リーグで優勝してチーム防御率、打率、盗塁数で1位になりました。それでも『育成ができていない』という評価なら仕方ないですよね。面会の最後には僕がいるとやりづらいとも言われ、そう思われたのなら自分がいる意味はないと感じてユニフォームを脱ぐ決断をしました」

阿部氏との不仲説については否定

 現役引退後、早大大学院スポーツ科学研究科ではスポーツビジネスを学び、現在も東京大学大学院総合文化研究科で動作解析について研究。効率的な打ち方や投げ方を、科学的な根拠に基づいてわかりやすく説明できるよう、研究と学びを続ける。2021年に巨人の一軍投手チーフコーチ補佐、2024年からは二軍監督を務めた。

「二軍監督の2年間は選手やコーチを育てることがジャイアンツの財産になると考えてチームをマネジメントしていました。

 プロ野球界の多くはトップダウン型ですから、監督が『こうする』と言ったら『はい』で終わりで、コーチ陣から意見やアイデアが出ないんです。"意見してくれよ"と言っても誰も言わない。まずはそこを変えるために役割分担を徹底したところ、コーチ陣の意識が変わっていきました」

 たとえば、二軍監督に就任する前年のチームの盗塁数は47個だったが、「今年は100個やりたい」と走塁担当のコーチに伝えた。最初は驚かれたが、練習法からサイン出しまで「すべてを任せる」と役割を明確にした。

「すると盗塁数は103個になりました。翌年にはコーチが自ら『130個いきます』と言って、実際に達成してみせた。いわゆる心理的安全性を確保しながら任せただけで、こんなに変われるということを実感しました。

 二軍監督の2年間は本当に充実していました。特にコーチ陣がものすごく成長したからです。このコーチ陣が一~三軍で選手を育てれば中長期的に強くなれるという確信があり、阿部にも『ジャイアンツは永遠に続くから、勝利と育成の両輪を回すことが大事だ』とよく話していました」

 そこまで情熱を注いてきただけに「育成ができていない」という評価はショックだったという。

 ただ、阿部氏との不仲説については否定する。

「全然、全然(仲が悪かったわけではない)。阿部とは連敗中などによく電話をして『そうか、でもここは踏ん張りどころだな』とか言いながら30~40分も話していたこともありました。『二軍にいる選手を来週一軍に戻したいんですけど』と言われて『まだ調子が上がっていないので、もう少し二軍で調整したほうがいいのでは』と返すといった提案もしていました」

 二軍監督退任時、巨人からはフロント入りを打診されたが「現場」にこだわった。

「フロントは10年後でもできるけど、体が動くうちはグラウンドでコーチしたい。選手と話して、プレーを実演して見せて、また話すというアプローチができるのもあと数年。グラウンドで"桑田が考える野球"を伝えたい」

(後編に続く)

※週刊ポスト2026年10月9日号