没後40年、”昭和の絵師”、上村一夫氏(写真提供:上村一夫オフィス)

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 本年は、上村一夫(かみむら・かずお、1940~1986)の没後40年にあたる。1970年代から80年代にかけて、『修羅雪姫』(小池一夫原作)、『同棲時代』、『しなの川』(岡崎英生原作)、『悪魔のようなあいつ』(阿久悠原作)、『サチコの幸』、『関東平野』などの名作で一世を風靡した劇画家・イラストレーターである。多くが映画化・TVドラマ化でも親しまれた。

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 劇画のみならず、表紙絵、挿絵、レコードジャケット、ポスターなどの商業グラフィック全般でも大活躍。最盛期には月産400枚以上を描きつづけ、咽頭ガンにより45歳の若さで亡くなった。

 美しい描線で描かれた女性はもちろん、艶っぽいシーンにも上品な香りが漂い、“昭和の絵師”と呼ばれた。劇画作品には文芸テイストが感じられ、上質な文学作品に触れるような味わいがあった。画力が抜群なので、何度でも再読に耐え、芸術絵画を鑑賞するような気にさせられた。オリジナルはいうまでもなく、どんな原作でも見事に“上村劇画”に仕上げてしまう。まさに「不世出」と呼ばれるにふさわしい天才絵師であった。

没後40年、”昭和の絵師”、上村一夫氏(写真提供:上村一夫オフィス)

 実は近年、上村一夫は人気が再燃し、ほぼ毎年、日本のどこかで原画展が開催されている。高精度のジークレー版画やグッズ、さらには一般流通していない自主制作本も完売してしまう人気なのだ。

 それどころか、いま、ヨーロッパでKazuo Kamimuraは、熱狂的ともいえる人気なのである。なぜ40年たっても、上村一夫は、これほど愛されつづけるのだろうか。再燃ブームの仕掛け人ともいえる、上村氏のひとり娘で、現在、上村一夫オフィスの代表をつとめる、上村汀(かみむら・みぎわ)さんに、お話をうかがった。

きっかけは、映画「キル・ビル」だった

「海外での人気のきっかけは、クエンティン・タランティーノ監督の映画『キル・ビル』(2003年)です。特に第1作(Vol.1)は、梶芽衣子さん主演の映画『修羅雪姫』のオマージュ作品だったので……」

 と、上村汀さんが語る。映画「キル・ビル」は、設定や雰囲気だけでなく、梶芽衣子がうたう映画主題歌《修羅の花》が流れるなど、単なる「修羅雪姫」オマージュを超越しており、まるで「修羅雪姫」の再映像化のようであった。

「これがきっかけで、映画『修羅雪姫』だけでなく、その原作劇画(戯作・小池一夫、絵師・上村一夫)も注目され、2005年にアメリカ版が出版されることになったんです。タイトルは『LADY SNOWBLOOD』です。装幀は、映画『キル・ビル』に合わせて、イエロー・デザインでした」

 すると、このアメリカ版がたいへんな人気となり、すぐにドイツ版、スペイン版、フランス版、ブラジル版、イタリア版などが続々と出版され、あっという間に上村一夫は“世界的なマンガ家”として知られることになるのだった。

「同時に、ほかの作品についてもオファーがつづきました。『しなの川』『同棲時代』『狂人関係』『凍鶴』『関東平野』……」

 特にフランスで刊行された『Le Club des Divorcés』 (離婚倶楽部、1974年初出連載)が、2017年のアングレーム国際漫画フェスティバルで「Prix du Patrimoine」(遺産賞)を受賞したことで、さらに知られるようになった。

「『離婚倶楽部』は、離婚した女性が営むバーでの人間模様が面白かったようで、そういった女性の生き方に共感が寄せられたと聞いています。父は、いまの日本では“なつかしい昭和の絵師”ですが、海外の方々は初めてなので、まったくの新作として新鮮な目で読んでくださるようです」

自主制作本1000部が完売

 大ヒット作『同棲時代』のころ、汀さんは小学校低学年だった。

「そのころ、夜、電気を消して、家族全員で“居留守”を装った記憶があります。編集者さんが次々に原稿取りにやってくるのですが、とうてい間に合わないので……。やがて自宅とは別の仕事場を構えるようになりますが、徹夜の連続でしたから、めったに帰ってきません。たまに帰ってきても明け方で、すぐに寝てしまいますから、学校に通っているわたしとは、ずっとすれ違いでした」

 ピーク時には、7人ほどのアシスタントの協力を得ていた。『寄生獣』の岩明均氏、『静かなるドン』の新田たつお氏、『孤独のグルメ』の谷口ジロー氏……錚々たるマンガ家が、上村スタジオから巣立っている。

 1986年に上村氏が亡くなったとき、汀さんは20歳だった。女子美術短期大学を卒業後、一般企業に就職する。

「没後、しばらくは大手の版元さんが、旧作を復刻刊行してくださっていました。その対応は母がやっていたのですが、次第に出版不況で刊行も減ってきました。2000年代に入ってからは、インディーズ系の版元さんが出してくださるようになりましたが、それも次第になくなってきます。わたしは、会社に勤務しながら、すこしずつ原画の整理などをやっていたのですが、もう、このまま父の作品は忘れられてしまうのかなあ……と思っていました」

 ちょうどそのころ、未整理の原画の山を整理していた汀さんは、おどろくべき「一枚絵」の束を発見する。

「どこにも発表されたことのない、初めて見る“絵画作品”ともいえる大判イラストでした。1980年代に入ってブームが落ち着いて、手があいた時期に描かれたようです。大半はいわゆる美人画で、下絵やデッサンですが、一部、色がついているものもありました。いったい何のために描かれたのか……。そもそも父は、下絵を残さないひとでした。あまりに忙しいので、下描きはすぐに廃棄していたのだと思います。もしかしたら将来、個展を開きたかったのではないか……。ただ、このころから父は体調を崩しはじめており、大半がデッサンのままに終わったようです」

 この「一枚絵」は、2008年に小池書院から、画集『一枚絵』となって刊行された。

「その刊行を記念して、同年、神楽坂のギャラリーで〈幻の一枚絵展〉を開催しました。神楽坂は、父がはじめて事務所をかまえた土地なんです」

 これがたいへんな評判となった。上村一夫は、忘れられていなかった。各地で個展がつづき、劇画研究家・森田敏也氏の編集協力で、2011年に、A4判300頁超、3800円の豪華版資料集『リリシズム 上村一夫の世界』(まんだらけ出版)を刊行。先述のように、海外版も続々と刊行されるようになった。かくして汀さんは、会社をやめて上村一夫オフィスの仕事に専念するようになる。

 そのなかで、特に汀さんが力を入れているのが、あまり知られていない上村作品の初単行本化だ。その第一弾が、2025年に刊行された『あなたのための劇画的小品集』である。

「1974年から76年にかけて、通販の千趣会が会員向けに出していた女性向け情報誌『COOK』に連載された、毎回7ページの掌編シリーズです。特にストーリーもなく、女性の日常を描写したポエムのような作品ですが、いままで本になったことがないので、ご存じない方がほとんどだと思います。これをぜひまとめたかったのですが……」

 どこを探しても原画は見つからない。そこで汀さんは、ヤフオクへの出品を落札したり、知人やマニアの協力を得たりして、なんとかバックナンバーを入手。2色印刷の劇画ページを分版スキャンすることで見事に再現、初単行本化にこぎつけた。上村一夫オフィスの自主制作本なので一般流通はなく、一部書店と公式サイト通販のみの販売。2750円と高価だったが、限定1000部は完売、いまでは“まぼろしの本”となっている。全26話、のちの名作『街の灯』の原型のような作品もある、まさに“珠玉の掌編集”である。

 そしてこの10月1日には、自主制作第2弾『浮世絵 1974-1980 』が刊行される。これは、1974年から80年にかけて、スポーツニッポンに連載された、イラスト+ミニ・エッセイを、すべて収録したものだ。

「とても力強いイラストで、しかもミニ・エッセイが、当時の風俗や世相に触れていて記録性も高いので、ぜひ本にまとめようと思いました。しかしこれも、原画は少ししか残っておらず、新聞の切り抜きも一部しかありません。そこで国会図書館へ通い、不明分をコピーして、なんとか全326回を収録することができました」

 この第2弾は、税込み4950円の豪華版。まさに執念の刊行だ。

 この刊行を記念して、10月1日から、初台のギャラリー「Open Room」で原画展が開催される(10月31日まで。すでに第1期〈青のムード〉展は開催中)。

1970年代に描かれていた“美少女”〈銀子〉は……

 ところで、先述の海外での人気ぶりだが、近年はフランスだけでなく、イタリアで熱狂的な人気となっている。

「実は、カターニャ大学人文学部で日本文学の研究をされている、パオロ・ラ・マルカ教授が父の大ファンで、おどろくほど詳しいんです。来日された際に、うちの書庫を見ていただいたのですが、原画を見て、家族でもわからないような作品の題名を判定されるので、びっくりしてしまいました」

 このパオロさんの協力もあり、イタリアでの出版が続々と進むようになった。『同棲時代』『しなの川』『関東平野』などの名作のほか、『怨霊十三夜』『ラブ』といったマニアックな作品の刊行もつづいている。

 実は新潮社では、筆者が編集担当で、1989年に名作『関東平野』全4巻を復刻刊行している。1976年に「ヤングコミック」(少年画報社)で連載、上村氏自身が自らの半生をモデルに描いた自伝的戦後史である。作中には、広告代理店時代に知り合い、盟友となる阿久悠氏を思わせる人物も登場する。さらに特筆すべきは、子ども時代の親友に〈銀子〉という美少女(実は男の子)が登場することだ。おとなになって東京に出てからも、ゲイバーにつとめながら、主人公・金太(上村氏がモデル)とつかず離れず、互いに励まし、慰め合いながら生きていく。

「いまでこそ、LGBTQということばが生まれ、マンガでもふつうに描かれるようになりましたが、1970年代に、このようなキャラクターを描いていたことにおどろきます。それだけに『関東平野』は、海外では“いまの作品”として読まれているようです」

 主としてヨーロッパ圏では、マンガを電子書籍で読む習慣が日本ほど普及していないので、紙の本が中心である。そのせいか、上村作品の海外版は、どれも立派な造本と美しいデザインで刊行されている。

「父はよく、『ひと(との関係)を大切にしろよ』と言っていました。そのことばの意味がわかってきたのは、つい最近のことです。不思議なことに、さまざまな方々が自然と寄ってくださり、新たな仕事につながっていくのです。父は早くに亡くなってしまったので、生前は、あまり深い付き合いができませんでした。それが、いまになって、本格的なコミュニケーションをとっているような気がするんです」

 上村一夫、没後40年--海外のみならず、来年には、国内で画集の刊行も予定されているという。“昭和の絵師”は、時代を超えて、愛されつづけていく。

森重良太(もりしげ・りょうた)
編集・ライター/1981年新潮社入社、週刊新潮を皮切りに、コミック編集室長などを歴任。『夕やけを見ていた男 評伝梶原一騎』(斉藤貴男)、『ニーベルングの指環』(松本零士)、『関東平野』(上村一夫)、『俺の後ろに立つな さいとう・たかを劇画一代』『手塚治虫 原画の秘密』などを企画・編集担当。「芸術新潮」2025年7月号の松本零士特集も担当執筆した。

デイリー新潮編集部