21万トンの"古いコメ"を買い戻すのに、価格は非公表…新農水大臣が就任翌日に示した「JAファースト」の異様さ
■大臣が替わっても方針は変わらない
第2次高市改造内閣が17日に発足し、備蓄米買戻しを決定した鈴木憲和農林水産大臣から、簗和生(やな・かずお)氏に交代した。

政府備蓄米の買戻しについて方針転換を期待する声もあったが、就任の記者会見で簗新農水大臣は「食料安全保障の観点から、適正備蓄水準への回復を進めていく必要があります。このため、令和7年産米21万トンの買戻しを着実に実行してまいります」と述べた。
翌18日、農水省は、江藤拓農水大臣(2025年3~4月当時)が昨年放出した31万トンの備蓄米のうち21万トンを買い戻し契約を結んだと発表した。さらに、簗農水大臣は20日に追加的な買い戻しにも言及した。
食料安全保障の観点であるならば、新米(2026年産)が出回っているこの時期に、わざわざ2025年産米という史上最高値だった「古くて高いコメ」を買い戻す必要はない。
ほかにも「農林水産政策として、御承知のように、価格に対して直接にコミットしないということ、これは、前大臣も申しておりましたとおり、私もその考えを引き継いでおります」と言いながら、「ただ、政策としては、しっかりと需給の安定化を図ると、これによって価格の安定も図ると、(中略)しっかりとした適正な価格を作ってまいりたい」と語っている。
私には、価格が高いときは市場に任せ放置するが、下がりそうになると買戻しで下支えするという、前大臣の方針を引き継いだように見える。
また、「主食用米については(中略)、しっかりと需要に応じて生産をしていくということであります。ですから、それは今、消費が減っているということであれば、それに合わせて、生産側も生産をしっかりとそこに合わせていく」と述べた。コメ農家がコメをつくりすぎて価格が下がることがないように「水田活用の直接支払交付金」などの減反政策を継続する姿勢と受け取れる。
総括すると、これまで農林族議員が進めてきた伝統的な「既得権保護」農政の踏襲であり、ただ顔を挿げ替えただけの交代人事だった。
■備蓄を増やす一方で水田を減らす
食料安全保障の最大の要は「農地資源」である。ところが日本は1961年以降、中国地方の面積を上回る340万haもの農地を失っている(※1)。
最大の要因の一つが、減反政策だ。日本は1970年以来、半世紀にわたり「補助金を出して主食用のコメ作りを減らす(減反)」という異常な政策を続けてきた。需要が減っても、米価を高く維持するためだ。コメ作りを制限され、代わりの転作作物も見つけられない水田(特に条件の悪い中山間地域など)は、次々と耕作放棄や転用されていった。
減反開始前(1969年)に344万haあった水田面積は、現在230万haへと3割も減少している。畑の減少ペースをはるかに上回る猛スピードで、日本の水田は姿を消しているのだ(図表1参照)。

本来、水田には「水資源の涵養」や「洪水防止」といった多面的な国土保全機能がある。それにもかかわらず、農政は「水田を水田として使わないこと(減反)」に補助金をばらまき、結果的に水田そのものを消滅させてしまった。
政府は今回、備蓄米買戻しにあたって「食料安全保障」を高らかにうたっている。しかし、実際には有事が起きれば国民を養うことができない水準まで、生産基盤である水田を自らの手で破壊し続けているのだ(参考記事)。私が許せないのは、この二枚舌だ。
※1 農地面積は1961年に609万ヘクタールとピークとなった後、160万ヘクタールの農地を公共事業等で造成した一方で340万ヘクタールの農地を半分は転用、半分は耕作放棄で喪失し、2025年現在424万ヘクタールとなっている。

■放出米の約98%がJA系統へ
2025年3~4月当時、江藤大臣時代の備蓄米放出の経緯を振り返りたい。
江藤氏は米価が上昇しても備蓄米の放出に抵抗していたが、石破官邸に要求されてしぶしぶ放出に応じた。だが、その際に、放出しても米価が下がらない仕組みを二つ組み込んだ。
一つは、消費者にコメを届けるのが放出の目的なら、消費者に近い卸売業者や小売業者に売却するのが筋なのに、集荷業者に売り渡したことだ。集荷業者として圧倒的なシェアを持つのはJA農協(中でもその全国組織であるJA全農)である。JA全農は31万トンのうち94.8%を買い受けた。JA福井県など県レベルのJA農協を含めると、ほぼ全量(97.7%)がJA農協系統に売却された。商人系の集荷業者の全国組織である全集連(全国主食集荷協同組合連合会)の買受け量は4316トンで、わずか1.4%に過ぎない(※2)。
集荷業者が消費者から遠いだけではない。備蓄米の放出による米価低下に反対していたJA農協に売り渡したのである。3~4月に売却された備蓄米がすべて消費者や実需者に届いたのは11月だった(※3)。この遅れは、あらかじめ想定できたはずだ。
もう一つの仕組みは、備蓄米を放出しても1年以内に買い戻すという特例付きの売却にしたことである。これでは市場への供給量を増やすことにならない。世論の批判を受けて1年を5年に延ばした。しかし、今回、昨年3~4月に売ったものを9月に買い戻すなら買戻し期日が半年延びたに過ぎない。もっと価格が下がるのを待ってから26年産米を買い入れた方が財政負担は少なくて済むのに、わざわざ史上最高値をつけた25年産米を指定して買い戻すことにしたのである。
※2 令和7年3月~4月までの「政府備蓄米の買戻し条件付売渡しの契約数量」の合計より
入札実施日:令和7年3月10日から12日
入札実施日:令和7年3月26日~28日
入札実施日:令和7年4月23日~25日
※3 「政府備蓄米の買戻し条件付売渡しの販売数量等報告結果」より
■集荷は増えたのに販売は減った
マスコミ等は「消費が減少したから在庫が積み上がった」という説明をしているが、もしそうなら米価を下げて、在庫処分をするのが通常の商売なのではないだろうか。25年産米は高止まりを続け、スーパーでは25年産の古米より26年産の新米が安いという不思議なことが起こった。
因果関係はマスコミの説明とは逆なのではないか。
次の資料(図表2)を見ると、JA農協などの集荷業者は、過去2年に比べ、農家からの集荷量や卸売業者との契約数量を増やしている一方、実際に卸売業者に引き渡した販売数量は減っている。
全国の卸売業者や小売業者に販売される集荷全体270万トン(年間の玄米仕入数量が5000トン以上の調査対象者内)のなかで、JAは全農だけでも208万トンで、約8割と圧倒的なシェアを占める。そのJAが在庫を抱えても販売価格を下げない姿勢が、米価の高止まりを長引かせているのではないか。なお、高米価は高関税の下でも輸入(10万トン)を呼び込むことになり、意図しない在庫増加につながった面もある。

JA農協の在庫増加行動の前提に、農水省による備蓄米買戻しがあった(在庫を増やしても農水省は買い取ってくれる)と考えれば整合性がとれる。だが、物価高対策を理由に高市官邸は買戻しに難色を示した。在庫が積み上がったままでは高い概算金を農家に払っている25年産米を投げ売りしなければならなくなるので、JA農協は自民党農林族を突き上げ、買戻しに抵抗する高市官邸を黙らせたのだろう。
JA農協は、表向き、食料安全保障のために100万トンの備蓄水準へ回復すると主張しているが、備蓄米買戻しが米価下落防止対策だということは、明らかではないだろうか。民間在庫がジャブジャブで相当な不作が起きても供給には不安がない時に、コメを買い入れる必要はない。
■買戻し価格は非公表
私は以前の記事で、農水省が備蓄米を買い戻すのは、価格が低下して財政負担が少なくなる26年産米だろうと予想した。これが市場介入する際の常道だからである。
しかし、今回は史上最高の米価となった25年産米を買い入れるという。実際にはいくらで買い戻したのだろうか。
昨年の江藤米放出では落札価格を公表した農水省が、今回は8業者と21万トンの買戻し契約を結んだと発表しただけで、肝心の買戻し価格は明らかにしていない。

■3万円でも2万円でも批判を招く
想定される価格水準は2つある。
一つは、25年産の米価(相対取引価格)である。直近8月の3万2000円か年産平均の3万5000円とするか、幅はあるが、3万円台の価格とする考えである。これは26年産米でなくあえて25年産米と農水省が指定したことからも推測できる。また、JA農協としては在庫を縮小したうえで、赤字の投げ売りにならない。農水省は自民党農林族議員に褒められる。
しかし、3万円で買い戻すと、莫大な財政負担が生じてしまう。少し待てば、価格は下がるのに、なぜわざわざ国の財政でJA農協救済をするのかという批判が起きる。これについて、私は何度も警鐘を鳴らしてきた。国民の批判が気になるはずだ。また、高い価格とすることには、後述するように、JA農協にとって別の意味で不都合な事情が出てきた。
もう一つは、今年5月に一般競争入札にかけた26年産米の備蓄米買い入れ落札価格の2万円とすることである。江藤米の売り渡し価格は2万2000円だったので、差益が生じる。財務省としては異存ない。
しかし、この場合は、25年産米の価格が今の3万2000円から2万円に低下することを農水省が容認したことになり、一気に値崩れ、投げ売りが進んでしまう可能性がある。JA農協は昨年秋に25年産米について農家に3万円近い概算金を払っている。農家から米価低落分の返還を求めなければならなくなる。
いずれにしても批判は免れず、価格を非公表としたのだろう。
■買戻し価格をどう推測するか
以下は筆者の推測である。今後のコメ政策がどのように進むのか、考えを示したい。
今回の買戻し(21万トン)は、農水省が提示した条件に対し、より安い価格を提示した業者から契約される仕組みだ。圧倒的なシェアを持つJA農協も多くを契約するだろうが、世間の批判を避けるため、価格はある程度下げざるを得ない。すでに在庫を抱えた卸業者は損切り(2万円程度)で25年産米を手放し始めており、一部のスーパーでは精米5キロ2500円で売られ始めている。
これから流通の主役となる26年産米について、JA農協が死守したい「防衛線」は玄米60キロあたり2万円だ。今年5月に26年産の備蓄米が落札された水準であり、農家の反発を招かないギリギリの適正価格でもある。
実は、過剰在庫を国に買い取らせるためにも、この「2万円」という設定が必須となる。農水省の推計では、来年6月末時点で約95万トンの過剰在庫が発生する見込みだ(※4)。「備蓄米100万トン体制」を満たすなら、およそ80万トンの追加買戻しが必要で、この過剰在庫を吸収できる。

だが、国の予算(備蓄米関連予算)には限りがある。筆者の試算では、買戻し価格がバブル米価のまま(3万円など)では予算オーバーで買い切れず、「2万円」まで下げて初めて80万トンの過剰在庫を国に処理してもらえる計算になるのだ(※5)。
バブル米価(25年産)を2万円で政府に売れば、農家へ支払い済みの概算金(前払い金)を取り戻すなどの調整が必要になる。だが、JAは今回のコメ騒動でマージンを急拡大させており、子会社の全農物流は前期比235%の営業利益を計上した。さらに金融事業(信用・共済)の黒字で補填できる懐の深さもあるため、この程度の調整は十分に乗り切れるはずだ。
※4 従来から6月末時点の在庫の適正水準は180万~200万トンとされてきた。「食料・農業・農村政策審議会食糧部会 資料(令和8年9月2日開催)」には、今年産の生産見込み等から来年6月末の水準を267万トンから304万トンと推計。中間値で95万トンの過剰在庫がある。
※5 26年度予算では備蓄米に1998億円計上している。現在政府が保有している32万トンの在庫保管に必要な費用は32億円。これをエサに処分すれば100億円の益が生じる。すでに26年産米の買い入れに700億円(買い入れ価格2万円÷0.06=33万円〔トン当たり〕×21万トン)使う予定なので、1360億円ほど残りがある。今回の21万トンを入れて、 3万円(トン当たり50万円)で買い戻すとすれば27万トン、2万円(同33万円)の時は41万トン。2万円の場合でも79万トンには届かないが、農水省は27年度備蓄米対策として1838億円の予算要求を行っている。通常の備蓄運営でも、売買差損と保管費を合わせた年間負担は、私の試算では約533億円になる。買い入れ価格が2万円で1300億円を買い入れにあてるとすれば39万トン買い入れることができる。合わせて80万トン買戻し(買い増し)できる。
■5キロ2500円を下回らないと見る理由
いずれにしても、これでJA農協としては過剰在庫処分のメドはついた。

以前の記事で予測したように、買い戻しがなければ26年産も増産によって供給は増加する見通しなので、米価は輸出可能価格の1万円から1万1000円まで低下し、小売価格は精米5キログラム1200円から1400円まで下がる可能性もあった(参考記事)。少なくとも2000円以下となり、消費者はコメ騒動で被った不利益を取り戻すことができたはずだった。
買戻しでJA農協は在庫を気にしないで、相対取引価格を決めることができるようになった。今後市場で供給されるのは26年産米である。その価格は以前にも指摘したように、相対取引価格玄米60キログラム当たり2万円、小売価格精米5キログラム当たり2500円~3000円となるだろう(参考記事)。
水田を減らされながら、本来ならもっと安くできる「高いコメ」を買わされる国民の不幸が続くのだ。
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山下 一仁(やました・かずひと)
武蔵野大学国際総合研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2026年5月より現職。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)、『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)など多数。近刊に『コメ高騰の深層 JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)がある。
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(武蔵野大学国際総合研究所研究主幹 山下 一仁)
