『トラウマのほぐし方』より(以下、同じ)
 ADHDに算数障害(数字、計算に困難を抱える学習障害)、双極性障害といった、生きづらさを抱えていた私。そんな私が2025年の夏、母になった。

 生きづらさはあるけれど、夫や行政の助けを借りて明るく育児をできている。この連載では生きづらさを抱えたまま母になった人にインタビューしている。

 今回、前後編にわたり話をうかがったのは一児の母である漫画家のあらいぴろよさん(42歳)。両親から虐待を受けながら育ったあらいさんは、38歳を過ぎた頃からケアレスミスが増えたり、物忘れがひどくなったりと、ADHDのような症状が出るようになったという。

 しかし、医療機関で検査をしたところ、ADHDではなく虐待によるトラウマ後遺症であったことが判明。新刊『トラウマのほぐし方』(光文社)ではトラウマ治療について詳しく綴っている。

◆虐待の後遺症で「男性依存」に

--子どもの頃、具体的にどのような虐待を受けていたのでしょうか?

あらいぴろよさん(以下、あらい):父からは殴る蹴る、暴言、性的虐待です。母からは女性性を否定されたり、愚痴のゴミ箱にされていました。

--女性性の否定というと年ごろになってもブラジャーを買ってもらえないとか?

あらい:それは王道ですよね。あとは生理用ナプキンを準備してもらえませんでした。初潮を迎えてすぐはまだ周期が安定せず、突然きちゃうことがありますよね。失敗して衣類を汚してしまったとき「そういうのできないんだ~、ふぅ~ん」と蔑むような感じで言われました。当時はとても恥ずかしかったです。母は私を同じ女性と見て、張り合っていました。父がわかりやすい暴力性を持っていたので、母の静かな毒具合には長いこと気づかずにいました。

--あらいさんは男性依存症であったことも描かれていますが、お母さんから女性性を否定されたことも影響しているんですか?

あらい:母による女性性の否定と父からの性的虐待の両方が絡み合っている感じです。父に復讐したい気持ちが「男性の気持ちを踏みにじりたい」と思ってしまうのでしょうし、男性に「可愛いね」とか「好きだよ」と言われると、私の女性性を認められている感覚があってどちらも満たせるというか。

私にとっては男性依存というのがカンフル剤でもあり救済でもあったんです。実のところは自分が親に復讐できない代償行為でしたが。

◆「結婚すれば家を出られる」中学生から始まった男性依存

--男性依存症はいつからですか?