(※画像はイメージです/PIXTA)

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かつては当たり前だった「長男が実家を継ぐ」という価値観は、親と別居して持ち家を構える多くの現役世代にとって、いまや大きな負担となっているのかもしれません。「実家を残したい」という親の想いと、「負動産を抱えたくない」という子の苦悩が衝突したとき、家族の関係はどうなってしまうのでしょうか。本記事では、山村法律事務所の代表弁護士・山村暢彦弁護士が、築40年の実家の処分を巡り、年金月11万円で暮らす78歳の母親から絶縁を言い渡された54歳男性の事例をもとに、実家の相続問題と親族間の法的な対応について解説します。

年金月11万円・78歳母が一人で守る「築40年の実家」

都内のIT企業で部長を務めるマサヒコさん(仮名・54歳)は、月に一度、千葉県内にある実家を訪れています。8年前に父親が他界し、現在は母親・ヨシエさん(仮名・78歳)が一人で暮らしているためです。

築40年を迎える実家は、外壁の塗装が剥がれ、庭には雑草が生い茂っています。ご近所から「庭の木が道路にはみ出している」と苦情を受けたこともあり、マサヒコさんが休日に手入れに行く状態が続いていました。

ヨシエさんの収入は、自身の基礎年金と遺族年金を合わせて月に約11万円。日々の生活費はまかなえていますが、家の修繕や庭の管理に回すほどの余裕はなく、少しずつ貯金を取り崩して生活しています。

一方のマサヒコさんは月収60万円ほどありますが、都内に購入したマンションのローン返済に加え、私立大学に通う子どもの学費負担もあり、実家の維持費まで援助する余裕はありません。

「お前なんて息子じゃない!」実家売却を提案した長男への非情な通告

ある日、マサヒコさんはヨシエさんに対し、実家の売却と、マサヒコさんの自宅近くにある高齢者向けマンションへの住み替えを提案しました。

「この家を売って、僕の家の近くに引っ越さないか。家の管理も限界だし、一人暮らしを続けるのも心配だから」

マサヒコさんが切り出すと、ヨシエさんは不機嫌そうに顔をしかめました。

「ここは、お父さんが苦労して建てた家だよ。長男のお前が継ぐのが当たり前じゃないか」

ヨシエさんにとって、思い出の詰まった実家を手放すという選択肢はありませんでした。しかし、マサヒコさんにも自分の生活があります。

「都内に家があるし、ここに戻ってくるつもりはない。僕が相続してもいずれ空き家になるんだから、今のうちに売却して母さんの老後資金にしたほうが現実的じゃないか」

マサヒコさんの言葉に、ヨシエさんは激昂しました。

「家を継ぐ気がないなら、お前なんて息子じゃない。さっさと相続放棄してちょうだい!」

ヨシエさんはそれきり口を閉ざし、奥の部屋へ引きこもってしまいました。

修復不可能な親子の溝…「負動産」が引き裂く家族の縁

相続放棄は亡くなったあとに家庭裁判所で手続きするものであり、生前に親が子に対して強制できるものではありません。ヨシエさんの言葉は法的な効力を持たない単なる感情のぶつけ合いですが、マサヒコさんは重く受け止めました。

数日後、マサヒコさんのもとに親戚から電話があり、ヨシエさんが「息子には家を渡したくないから、相続させない方法はないか」と相談して回っていることを知らされました。

生前に特定の相続人の権利を完全に奪うことは難しく、現実的には遺言書を書く程度しか方法はありませんが、実家を巡る親子の溝はもはや修復不可能なほど深まってしまいました。

マサヒコさんのもとには、現在もヨシエさんからの直接の連絡はなく、実家の管理問題も手つかずのまま放置されています。親が守り抜きたい「過去の思い出」と、子が直面する「現実的な負担」。実家の相続問題は、ときには家族の縁すらも断ち切りかねません。

このように、実家の相続を巡って親子の意見が対立し、親から「相続放棄」を迫られた場合、法的にはどのような対応が考えられるのでしょうか。

【弁護士が解説】親が生前に「相続放棄」を強要することはできるのか

まず、相続放棄は相続開始後に相続人自身が家庭裁判所で行う手続きであるため、親が生前に「相続放棄しろ」と求めても法的な効力はありません。

息子に相続させたくないのであれば相続人の廃除も考えられますが、虐待や重大な侮辱、著しい非行などが必要で、本件のように「実家を継ぐ意思がない」という程度で認められる可能性は低いでしょう。

そうなると、親戚など第三者に財産を遺贈する方法も考えられますが、遺留分の問題も残りますし、長年守ってきた実家を「息子には渡したくないから第三者へ」という結末も、どこか寂しいものです。

結局、この問題は法律だけでは解決しにくいように思います。実家を維持する経済的負担と、そこで暮らし続けたいという親の精神的な満足を、家族でどう折り合いをつけるかが中心になります。

基本的には親自身の財産ですから、子どもとしては可能な範囲で維持を手伝い、相続後に自分の代で売却や処分を検討する、という現実的な選択肢もあるでしょう。親の希望と子どもの負担、その双方を踏まえて生前に話し合っておくことが重要です。

山村 暢彦
弁護士法人山村法律事務所
代表弁護士