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 ドジャース佐々木朗希投手(24)が、24年1月の能登半島地震で被災した石川県珠洲市で野球教室を開いてから、約9カ月が過ぎた。昨年12月にメジャーリーガーと触れ合った少年たちは今も能登で白球を追い、成長を続けている。震災の影響で野球環境にも苦労が残る中、あの日の出会いは新たな目標や日々の行動につながっていた。佐々木が能登に残したものと、子供たちの現在を追った。(取材・構成=柳原 直之)

 夏の甲子園決勝が行われた8月22日。能登半島の先端に位置する石川県珠洲市では、約8カ月前に佐々木とロッテ・高野脩が野球教室を開いたグラウンドで「珠洲ベースボールクラブジュニア」の子供たちが白球を追っていた。公式戦を終えたばかりだったが、フリー打撃、シートノックと練習を続けた。普段は十分なスペースで打撃練習ができないだけに、限られた時間を惜しむようにバットを振った。

 小学5年の上野煌心(きしん)君(10)は、その野球教室で遠投44メートルを記録して3位に入った。9カ月たった今も鮮明に覚えているのが佐々木の遠投だ。右翼線付近から中堅方向へ投じた一球はフェンスを越え、どこまでも伸びていった。「凄い球を投げていた」。現在は一塁と投手を務め、夢は「佐々木選手みたいに、メジャーで活躍できる先発ピッチャー」だ。

 同じ光景を、主将を務める小学5年の久田大叶(ひろと)君(10)も忘れていなかった。「遠投の時にフェンスを越えて、めっちゃびっくりしました」。角朋樹監督(32)も「生で見る遠投やボールの凄さには本当に衝撃を受けた」と振り返る。普段から子供たちに高い目標を持つよう伝えているだけに、メジャーリーガーの圧倒的な姿を生で見られたことは「大きな経験になった」という。「子供たちはキラキラした顔をしていました」。佐々木が投じた一球の衝撃は、全く色あせていなかった。

 野球教室には珠洲市だけでなく、車で約2時間離れた七尾市から参加した少年たちもいた。「石川ボーイズ」の笠谷慎之助君(13)は質問コーナーで佐々木に直接、睡眠時間を尋ねた。「7~8時間くらい」と聞き、それまで午後10時ごろだった就寝を午後9時台に早めた。「睡眠ってそんなに大事なんだなって分かったし、しっかり食べることも大事なんだと思った」

 七尾東部中に通い、左の横手投げで投手を務める笠谷君の目標は甲子園。ただ、憧れはプレーだけではない。「佐々木投手のように、人としても成長できて、子供たちのことも思って練習を教えてくれるようないい人になりたい」。もし再会できたら、次は「小学生時代にどんな投球練習をしていたのか」を聞いてみたいという。

 「能登リトルシニア」の西村晴乃介君(12)にも、あの日の教えは残っている。睡眠や食事に加え、キャッチボールでは「胸を見せないで投げる」ことを意識するようになった。将来の夢は「WBCに出て、活躍できる選手」と目を輝かせた。

 子供たちの日常には、震災の爪痕も残る。上野家は地震後、約半年間も断水が続いた。笠谷家も約3カ月半にわたって断水し、父・慎太郎さん(41)は職場で給水を受け、毎日約300キロの水を車で運んで生活を支えた。珠洲市や七尾市ではグラウンドがひび割れ、学校のグラウンドに仮設校舎が建てられるなど、野球を取り巻く環境も大きく変わった。

 それでも、子供たちは今も能登で白球を追っている。佐々木の一球に驚いた少年はプロやメジャー、甲子園やWBCを目標に掲げ、交わした言葉を生活や練習に生かす少年もいる。佐々木との出会いはそれぞれの中で前へ進む力になっていた。

 《感謝の寄せ書き》佐々木と触れ合った子供たちは、感謝を込めて海の向こうで戦う右腕へ「寄せ書きメッセージ」を記した。上野君は「ピッチングを教えてください。また、来てください」と書き込み、笠谷君は「将来高校で活躍できるようにがんばります。また能登に来てください」とつづった。再会への願いや自らの目標を、佐々木への言葉に込めた。

 《教育委事務局・前田さん「本当に来た!」》野球教室を現地で支えた珠洲市教育委員会事務局の前田保夫さん(63)は、佐々木による野球教室の打診を受けた当初について「信じられなかった」と振り返った。開催が近づくにつれて企画も具体化し「前々日くらいには、本当に来るんだという実感が湧いてきた」と話した。それでもまだ半信半疑だったそうで、当日朝に佐々木らの姿を目にして「本当に来た!と思いました」と笑った。

 《印象に残った「毛ガニ」ジョーク》石川県七尾市に本社を置く、カニカマを世界で初めて開発した水産加工品メーカー「スギヨ」をはじめ、地元企業も野球教室をサポートした。同社広報の田畑梨里さんは、カニカマにちなみカニのコスプレ姿で登場。高野脩も「かぶりたい」とカニをかぶったが、佐々木は衣装から毛が飛び出ているのを見つけ「毛ガニ」とジョークを飛ばしたそうで、田畑さんは「こんなにユーモアのある人なんだ」と笑顔で振り返った。

 ▽ドジャース・佐々木の能登復興支援野球教室 昨年12月7日に古巣・ロッテの高野脩と、石川県の珠洲市営球場で地元の小学生約170人に野球教室を開催した。キャッチボールを指導して、自ら遠投も披露し「子供たちと触れ合い、楽しそうな姿に元気をもらった」と話した。岩手県陸前高田市出身の佐々木自身、小3時に東日本大震災で自宅が津波で流され、家族も亡くした。被災後にプロ野球OBらの野球教室を体験しており、そうした経験も佐々木の背中を押した。