日テレNEWS NNN

写真拡大 (全15枚)

44人が亡くなった東京・新宿歌舞伎町のビル火災から1日で25年となりました。この火災は消防法を改正するきっかけにもなりましたが、救助活動にあたった消防隊員が当時の状況を語りました。

■「携帯電話鳴っていて…ついさっきまで皆さん生きていた」

2001年9月1日(土)の未明。東京・歌舞伎町の雑居ビルで起きた火災。

記者「午前3時、歌舞伎町の現場です。現場では懸命な救助活動が続けられています」

仕事が終わり、休みに向けて多くの人でにぎわっていた夜の歌舞伎町。しかし、飲食店などが入るビルの3階から出火したとみられ、4階に延焼。客や従業員などあわせて44人が亡くなりました。死因の多くが一酸化炭素中毒でした。

消防隊員「まだ4階部分に多数、要救助者が残っています。鋭意その救助にあたっています」

当時、カメラが捉えていたのは、お互い水をかけあいながら救助活動にあたる消防隊員の姿。あのとき、中で何が起きていたのか。3人の隊員が“25年忘れたことはない”という過酷な現場を明かしました。

救助活動にあたった川越貴史さん「『ビルから飛び降り』という救急指令が流れて、そのときは嫌な予感がするなという認識で無線を聞いていて、ほどなく出火報が流れて出場した。出場途上で、指令センターから逃げ遅れが多数いると」

現場に到着し、3階へ向かいますが…

救助活動にあたった川越貴史さん「金属が液体になって溶け出して、それが上から降ってくる。防火衣を着ているが、防火衣を伝って熱が体に感じる状況で。消火で前にも放水するんですけど、後ろの隊員のほうにも水をかけてやると」

行く手を阻んだのは熱気だけでなく…

救助活動にあたった川越貴史さん「階段部分には、更衣ロッカー、カラーボックス、ゴミ袋とか、階段の体をなしてない状態で置かれていて」

この火災では、階段に置かれた荷物などが救助を妨げました。15分かけて2階から3階へ。そこで目撃したのは…

救助活動にあたった新谷昭洋さん「私が確認したのはゲーム麻雀のお店だったが、通路部分に3~4人倒れているのを確認しました。奥を確認したところ、厨房部分に10人近くの方が山積みになっているのを確認した。こんな現場があるのかと率直に思いました」

このとき、一緒に行動していたという新谷さんと平井さん。

救助活動にあたった平井太さん「『新谷来い』と、要救助者を助けるというよりも『新谷、おれのことも助けてくれよ、この精神的な状態を』と、そういう気持ちで新谷係長を呼んだ覚えがある」

救助活動にあたった新谷昭洋さん「レスキュー隊として人を助けないといけない意識・自覚はあったが、これどうやって出したらいいんだろうと率直に思いました。どうやって救出したらいいんだろう」

さらに4階へ行くと…

救助活動にあたった新谷昭洋さん「ガールズバーのような店だったが、女性の上に男性が折り重なって、女性を守るような姿勢で皆さん倒れていたのが印象に残っている」

救助活動にあたった川越貴史さん「ところどころで携帯電話が鳴っていて、時が止まったような感じだけど、ついさっきまで皆さん生きていた、そういう様子が非常にリアルに覚えています。今でも」

■いまだ検査時には違反行為が続いている建物も…

絶望感に襲われながら救助活動にあたったという隊員たち。この火災を教訓に翌年、消防法が改正。飲食店や地下街など管理者に対して、廊下、階段などでの避難や防火戸の閉鎖の支障になるような物が放置されないように管理することを義務付けました。

先月には、東京消防庁が歌舞伎町の雑居ビルなどおよそ300棟に一斉立ち入り検査を実施。階段や共用の廊下などに物が置かれていないかなどを確認しました。

1日、「news zero」が近隣の店舗を取材すると、「防火扉や非常階段に荷物を置かないようにしている」と話す店も複数あった一方で、いまだに検査時には違反行為が続いている建物も残っていました。

1日夜、火災現場には手を合わせる人の姿が。悲劇を繰り返さないため、この火災を風化させてはならないと隊員たちは訴えます。

救助活動にあたった川越貴史さん「避難路に物件が置かれているとか、消防設備が働いていないとか、そういった予防行政の課題はいまだにあるので、いたちごっこ的なところはあるが、どこでもありえるんだと意識を高めてもらって、街の安全安心につなげてもらいたい」

(9月1日放送『news zero』より)