(※写真はイメージです/PIXTA)

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不安定な時代。「もしものときのために、1円でも多く残しておかなければ」――そう考える人も多いでしょう。しかし、その考えのまま年を重ね、結局使い切れずに「やりたいことをやれなかった」と後悔をのぞかせるケースも少なくありません。今回は、60歳で1億円の資産を手に入れ、旅行、車、住まい、趣味に惜しみなくお金を使った男性の事例から、老後のお金の使い方について考えていきましょう。

「もう働かない」60歳、資産1億円で退職

「60歳になったら仕事はきっぱり辞める。そう決めていました」

そう話すのは、東京都内で暮らす佐々木さん(仮名・73歳)。長年勤めた会社を60歳で退職。人間関係もよく仕事に大きな不満はない。それでも再雇用で働く道は選びませんでした。

というのも、当時の金融資産は約1億円。会社員時代の貯蓄や退職金に加え、相続した遺産などを合わせたものです。独身で子どももいなかったため、老後の生活費としては十分すぎる金額だと考えていました。

何より佐々木さんには、現役時代から温めてきたやりたいことがありました。国内外へ旅行をする。好きな車に乗る。家を快適にする。そして時間を気にせず暮らす――。

「60代なら、まだ元気に動ける。70代になってからではできないこともあるから、思い残すことなく生きようってね」

老後のために貯め込むより、元気なうちに使いたい。そう思い、多くの同僚に見送られながら、職場を去ったのです。

家、車、旅行…「60代を楽しむ生活」へ

最初に手を入れたのは自宅でした。築年数が経っていたため、キッチンや浴室などを含めて大規模にリフォーム。家具や家電も一新し、総額約1,700万円をかけました。さらに、ずっと憧れていた輸入車も約1,000万円で購入しました。

「家を新しく買ったわけじゃないし、車だって資産からすると“桁外れの贅沢”という感覚はありませんでした」

実際、ここまでで約3,200万円。手元にはまだ約7,300万円あります。そして、ここから佐々木さんの「60代を楽しむ生活」が始まりました。

海外旅行、国内旅行、外食、ゴルフ。現役時代には仕事を優先して我慢していたことにも、お金を使うようになっていきました。

65歳、年金を受け取るころには資産4,000万円弱に激減

60歳から65歳までの5年間、佐々木さんには仕事の収入がありませんでした。公的年金の受給も65歳からです。一方で、生活費は年間350万円を超えていました。

固定資産税車の維持費、税金や社会保険料などもかかります。そこに旅行、外食、ゴルフ、衣服などの支出が重なりました。

5年間の生活費だけで約1,750万円。さらに旅行や趣味などにもまとまったお金を使ったことで、60歳時点で約7,300万円あった金融資産は、65歳になるころには4,000万円前後まで減っていました。

60歳で1億円あった資産が、わずか5年で半分以下になったのです。それでも、佐々木さんに焦りはありませんでした。

「さすがに減ったなとは思いましたよ。でも、4,000万円あるわけです。年金もこれからもらえる。まぁ大丈夫だろうっていう気分でした」

65歳からは公的年金を月約16万円受け取るように。これで日々の生活費の一部を年金でまかなえるようになりましたが、生活水準は下げ切らず、年間180万円前後を取り崩す生活が続きます。

8年間で取り崩した金額は約1,450万円。そのほかにも、車の維持費や買い替え、旅行、家電の買い替え、医療などの支出が重なりました。

こうして73歳になった現在、佐々木さんの金融資産は約1,800万円を切るところ。60歳のときに1億円あった金融資産は、13年間で約8,000万円以上も減ったことになります。

「資産の8割強を13年間で使った。でも、やりたいことはやれた」

このままのペースでいったらどうなるのか……そう心配になるペースでしたが、結果的に佐々木さんの支出はすっかり落ち着くことになります。

その理由は「健康」です。

会社員時代には行けなかった高級店に足を運び、値段を気にせず好きなものを注文する。佐々木さんにとって、食事で贅沢をすることは人生の大きな楽しみでした。

ところが、長年の食生活運動不足も重なり、体重は若いころから25kgほど増加。72歳のころ、糖尿病と診断されたのです。

「好きなものを好きなだけ食べられるのも、健康あってこそなんですよね。病気になって初めて、やりすぎたなと思いました」

糖尿病をきっかけに食生活を見直し、外食の回数も減りました。旅行や趣味についても、「これから先、どこまでお金を使うべきか」と考えるようになったといいます。病気がきっかけと考えれば皮肉ですが、ここで佐々木さんの生活にブレーキがかかったのです。

「1億円が1,800万円……振り返れば本当にあっという間でしたよ。“老後が暇だ”と思う暇もなく、やりたいことができたのは、『お金が減る』ことを承知の上で使ってきたからです。でも、それももう潮時。これからは健康第一に、残ったお金を守っていこうと思っています」

そう笑う佐々木さん。存分に旅行を楽しみ、住まいを快適にし、憧れだった車にも乗りました。今は年金を生活の軸にしながら、病院通いとともに健康に気を付けながら、静かな生活を送っているといいます。

「無駄遣い?」それとも「使ってよかった?」

佐々木さんのケースを見て、「お金を使って楽しんだのなら、それでよかった」と思うか、あるいは「そんなに無駄遣いをして、健康を損ねて」と思うかは、人それぞれでしょう。

実際、1億円以上の金融資産を持つ人は、決して珍しい存在ではなくなっています。

野村総合研究所の推計によると、2023年時点で、預貯金や株式などの金融資産から負債を差し引いた「純金融資産」を1億円以上保有する「富裕層」と「超富裕層」は、合わせて約165万世帯。うち1億円以上5億円未満の富裕層は153.5万世帯に上ります。

つまり、1億円という資産は、もはや一部の特別な人だけが持つものとは言い切れません。一方で、日本人はお金をうまく使えず、「死ぬときが一番お金持ち」と言われることも少なくありません。

佐々木さんの場合、少なくとも「60代にやりたいことを我慢しすぎた」という後悔はありません。

もちろん、これはあくまで佐々木さんのケースです。佐々木さんは独身で、子どももいません。夫婦2人で生活するのであれば、当然、必要な生活費は変わります。さらに、子どもや孫に財産を残したいという希望があれば、自分のために使えるお金はもっと限られます。

そして何より、佐々木さんには、偶然にも「もう十分楽しんだ」と思えるタイミングで、生活にブレーキがかかりました。病気にならなければ生活を振り返ることもなく、資産はマイナスに転じるところまで行っていた可能性もあるでしょう。

「もっと使えばよかった」と後悔する人もいれば、「あんなに使わなければよかった」と後悔する人もいる。佐々木さんが教えてくれるのは、そのどちらでもなく、お金を使うタイミングと、自分にとっての「十分」を見極めることの難しさなのかもしれません。