G橋上代行の発言に「これはない」と嘆いた…キャベッジにも感情がある 新打線は組み方の根拠がいまひとつ見えない【柴田勲のコラム】
得点力に欠ける巨人
巨人が首位・阪神(東京D)、5位・中日(バンテリン)との6連戦を2勝4敗と負け越した。阪神に3タテを喫して3ゲーム差になった時はこりゃヤバイと思ったが、中日には2勝1敗と勝ち越した。
阪神が広島に1勝2敗と負け越したから、巨人は2差で2位をキープすることができた。
今月末には巨人が甲子園に乗り込んでの3連戦がある。そこまでなんとか2差、あるいは1差で追走していくことだ。もちろん、首位に立っていれば言うことはなしだが。
それにしても巨人は得点力に欠ける。この6連戦の得点を見ると次の通りだ。1・1・2・1・2・11。
16日の中日第3戦は8回に10点を奪って大勝した。11点は今季最多タイだった。得点に目を奪われがちだ。でもこれは中日投手陣の4死四球や守備の乱れが絡んだものだ。柳裕也を攻略したわけではない。参考にならないし、してはいけない。

この試合は1回、浦田俊輔のヒットと足で1点を先制し、8回にボビー・ダルベックの犠飛で2点目が入ったところで勝負の行方は決まった。
つまり、実質的には6試合連続2点以下だ。
打線の組み方の根拠がわからない
橋上秀樹監督代行はこの16日の試合で1番・浦田、2番・佐々木俊輔、3番・中山礼都の新打線を組んだ。6番に松本剛、7番に泉口友汰が入った。
3年前の打線と比べると現在も入っているのは大城卓三くらいだ。若返っているし、おそらくフロントから若手を育ててほしいと言われているのだろう。
やり繰りをしていじっているが、その組み方の根拠がいまひとつわからない。データ重視なのか。でも去年は去年、過去は過去だ。1シーズンを通してどの選手をどの打順に置いたら働けるかではないか。
浦田が1番に定着して得点源になっている。ならば2番はバントやエンドランを仕掛けることができる松本剛だ。3番は泉口だろう。巨人の打者の中で最もボール球を振らない。安定感があるし勝負強い。
1番・浦田、2番・松本剛、3番・泉口、そして4番にはダルベックが座る。従来の打順がスッキリくる。いまは坂本勇人、丸佳浩がスタメンから使いづらい状況だし、トレイ・キャベッジの不振もあって苦心している。
キャベッジだって感情がある
橋上監督代行がそのキャベッジに関して気になる発言をしていた。
3日に2軍に降格していたが、13日の阪神第3戦から昇格して6番・中堅でスタメン出場した。結果は併殺打を含む3三振の4タコだった。
これに橋上監督代行は「正直こちらの判断ミスだったのかな」と話した。これはない。指揮官がこんなことを言うか。
話すなら「ファームで調整させていい成績を残していた(3日、不振によって降格し2軍では打率3割6分8厘、1本塁打、6打点の成績を残して最短での昇格)。きょうはちょっと打てなかったなあ」くらいだろう。
キャベッジだって感情がある。私なら「最初から使うな!」と言い返す。第一、判断ミスとしながらこの後も2試合続けてスタメン起用していた。おかしい。
ミスだと思ってもグッと飲み込むのが指揮官だ。
フォークの使い方に問題ありか
巨人の原動力はやはり投手陣だ。中日第1戦(14日)はスペンサー・ハワードの好投が光ったし、第3戦も小笠原慎之介がリズムよく投げて中日打線を寄せ付けなかった。
竹丸和幸がファーム落ちした。このところ大量失点が続いていた。プロ1年目で疲れもあるのだろう。いまは制球力が悪すぎる。ストライクとボール球がハッキリしている。
ボール球が先行しストライクを取りにいった甘い球を打たれている。投手の生命線は制球力だ。乗り越えてほしい。
先週の本コラム、阪神との第1戦(10日)を見て、両軍の先発投手である山崎伊織と村上頌樹の制球力の違いを挙げた。この3連戦に限って言えば、巨人投手陣は「本塁打恐怖症」にかかっていた。
それは第1戦の近本光司の先制弾から始まった。3連戦で巨人投手陣は9本の本塁打(阪神・佐藤輝明4本、森下翔太3本、近本光司1本、坂本誠志郎が1本)を浴びた。いくらなんでも打たれ過ぎだ。
フォークのすっぽ抜けが多かった。追い込んでからフォークを使うのはいいが、カウント球でフォークを使っている。落ちなかったら半速球だ。打たれたくない。この意識が強いから手が縮こまる。どうしても委縮する。
村上は追い込んでストライクからボール球になるフォークを振らせていた。巨人投手陣はフォークを勉強していると聞く。使うのはいいが、使い方が問題なのだと思う。
最低2勝1敗のペースで
真夏の4週連続6連戦は前半戦が終了した。巨人は6勝6敗だ。阪神とのデッドレースは続く。今週は18日から横浜でDeNA3連戦、東京ドームに戻って広島3連戦だ。
最低2勝1敗のペースを守ってもらいたい。
(記録は17日現在)
柴田 勲(しばた・いさお)
1944年2月8日生まれ。神奈川県・横浜市出身。法政二高時代はエースで5番。60年夏、61年センバツで甲子園連覇を達成し、62年に巨人に投手で入団。外野手転向後は甘いマスクと赤い手袋をトレードマークに俊足堅守の日本人初スイッチヒッターとして巨人のV9を支えた。主に1番を任され、盗塁王6回、通算579盗塁はNPB歴代3位でセ・リーグ記録。80年の巨人在籍中に2000本安打を達成した。入団当初の背番号は「12」だったが、70年から「7」に変更、王貞治の「1」、長嶋茂雄の「3」とともに野球ファン憧れの番号となった。現在、日本プロ野球名球会理事を務める。
デイリー新潮編集部
