『近親性交 語られざる家族の闇』の著者・阿部恭子氏が、母親と性行為をしている山本裕人さん(仮名)の精神状態を分析する

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 70代の母親との行為を"儀式"と呼ぶ山本裕人さん(仮名)。彼は、母との行為の意義についてこう語った。

【写真】「2人だけの秘密だからさ...」70代の母親を”口説く”LINEのやり取り(一部、性的な表現が含まれます)

「倫理的に外れたことをやることによって、他のことが大したことなくなるっていうか。はじめは性欲に当てはめていたけど、本当は全部、過去のトラウマやストレスを昇華したかったんじゃないのかという結論に至りました」

 家族間の性交事例を描いた『近親性交 語られざる家族の闇』(小学館)の著者であり、犯罪加害者家族の支援団体「NPO法人World Open Heart」理事長の阿部恭子氏は、この事例をどう見るのか。【全3回の最終回。第1回の記事を読む】

 すでに報じたように、山本さんは幼少期に無職だった父親から日常的に暴力を受けていたという。母親は仕事で不在がちで、山本さんは常に孤独を感じていた。その孤独を埋めるように、高校生まで母と添い寝をし、体に触れることもあったという。

 そんな山本さんが母に行為を求めたのが22歳の頃。はじめは葛藤を覚えたが、現在は「自分のメンタルのために必要な儀式」と主張する。阿部氏は彼が行為そのものを合理的な行いであるかのように語る姿について、認知の歪みを指摘する。

「トラウマの治療は、本人が医師なり専門家と向き合ってやるもので、他人を巻き込んでやるものではない。母親が自分を犠牲にして許してしまうことは、間違った指針を示すことにもなる。『弱みにつけ込めば女性は要求をのむんだ』という誤った認知です」(阿部氏、以下同)

 ドイツでは刑法173条において近親相姦罪を定めている。兄妹の事案をめぐって2008年に「家族生活の尊重(プライバシーの権利)」を理由に合法化について争われたが、連邦憲法裁判所が近親相姦罪について合憲判断を示している。理由にあげられたのは、遺伝性疾患を持つ子が生まれるリスクと、家庭内弱者の保護だった。

 一方で日本の刑法に成人同士の近親相姦への罰則はない。阿部氏も近親相姦に対する法的な措置には懐疑的だ。親子関係の改善には向かわないから、という理由である。

「実際に家庭内の行為を取り締まるのは難しく、適用される案件は非常に限られているようです。法律で守ろうとしているのは家庭内の弱者ですから、今回のようなケースだとそもそも適用も難しいのではないかと思います」

 日本でも2023年、不同意性交等罪が新設され、「同意しない意思を形成し、表明し、全うすることが困難な状態を作る」として挙げられた8つの要件のひとつが、経済的・社会的関係上の地位に基づく影響力である。阿部氏は、この規定が家族間の行為を除外するものではないとも考えている。

「山本さんが"特異なケース"というわけではない」

 阿部氏はさらに山本さんのケースを「個人の自由」や「多様性の問題」では片付けられないとも主張する。

「同性愛のように"多様性"というポジティブなものではありません。生き別れて成人後に親族だと知らずに出会ったなどはともかく、親権を持つ親が子どもに対してそういうことをするのは虐待にもなりかねない。そこだけは、親がきちんと線引きをする必要がある。

 今回の事案に限ってではありませんが、性教育の不足も問題でしょう。胸や性器などのプライベートゾーンは、たとえ家族であっても正当な理由なく触ってはならないということが日本ではあまり周知されていません。だから、被害者が"被害"に気づけないんです」

 そのうえで、行為の"同意"については慎重だ。

 これまで阿部氏が扱った事例では、家族を悪者にしたくない一心から、自分が望んだことだったと思い込んでいる被害者が少なくなかったという。

 山本さんは、後から母に確認したところ「大丈夫だったよ」と言われたと語っていたが、着目されるべきは合意の有無ではなく、「何につけ込んだか」だ。

 阿部氏が支援活動の中で把握するに至った母子間の性交は18件。うち16件が母と息子間のものだ。父娘同様、双方が求め合うケースは非常に珍しく、ほとんどはどちらか一方からの性暴力だという。そのうち、息子から母への性暴力が8件で、すべて障がいのある息子によるものだった。母から息子への性暴力は同じく8件で、息子の性衝動を管理し、外部への性加害を防ぐ目的で始まるケース。残る2件は、子どもに売春を強要したものだった。

 山本さんのケースはこのどれにも当てはまらず、彼自身は「僕と母のオリジナルの、オンリーワンの関係」「人の数だけその関係の形がある」と語っている。ただ阿部氏によれば、山本さんのケースはそれほど珍しい事例ではないという。

「近親性交は、社会に居場所を見つけられず家庭にこもり、家族に依存した状況下で生じる"性の束縛"です。これまで会ってきた当事者のなかに、世間を敵に回してでも2人の関係を貫こうとするような人はいなかったことからも、そのように言えると思います」

 阿部氏は、こうした家庭の母親に共通する特徴も挙げる。

「夫への依存心が強く、交友関係がまったくないか極めて希薄であること。家庭を客観視する機会がなく、子との関係の異常性への認識が乏しいことが挙げられます。夫への従属が息子への従属に移った可能性もあるでしょう」

 だが家族間の性被害は、被害者が同時に加害者になり得ることもあり、当事者が自分を共犯者と位置づけてしまう。

 こうみると母親は"共犯者"としての責任を負わされているが、母親自身もかつては加害の側にいた。山本さんが幼稚園から高校生まで母の胸に触れながら眠り、やがて性器にも触れるようになったにもかかわらず、それを止めなかったからだ。

 山本さんの母親はすでに70代。体力面や生活面で息子に依存するようになれば、行為を拒否することはさらに難しくなる。阿部氏が続ける。

治療策はあるのか

「受け入れざるを得ないような状況であれば、高齢者虐待になる可能性もあります」

 このように家族間の性被害は、被害者が同時に加害者家族でもあるため、当人自身が自分を共犯者と位置づけてしまうことにより、外に発覚しづらいのである。

 では万が一、近しい人から突然こうした話を打ち明けられたら、どうすればいいのか。

 子どもへの虐待を告白された場合であれば、「それはよくない」「笑って話すことではない」などとはっきり伝えることができる。だが成人同士の近親性交は、明確に"悪いこと"としての線引きを引くのが難しい。そこで阿部氏が推奨するのは、いきなり否定しないことだ。

「否定も肯定もせず、『それは本当に必要なことなのか?』という優しい問いかけが最も有効だと思います。せっかく話してくれたのにいきなり否定されると、口を閉ざしかねません」

 幼少期から続く被害を打ち明けられた際、支援現場での原則は3つあるという。あなたは悪くないこと。仮に性的な快感を得ていたとしても、それは加害を正当化する理由にはならないこと。そして、自分の罪ではないと伝えることである。

「子どもからしたら、親が絶対的な決定権を持っているわけですから。親にされたということは、あなたのせいではない。それだけは伝えないといけない」

 そのうえで、刑事または民事裁判、あるいは逃げる、制裁を望まないといった選択肢が生まれる。阿部氏はいずれも当事者の意思に基づくという前提で、本人の決定を待つべきだと言う。

 近親相姦を打ち明ける相手が支援者や医療者ではなく、笑い話として受け止めてくれる相手や場であることは珍しくない。事実、山本さんは筆者には自身の体験を笑い話のように告白してくれたが、かつて通っていたメンタルクリニックでは、母親のことを一度も話せていない。

 阿部氏はこれを、社会の問題とも指摘した。

「自分の傷を怒りや攻撃で示す人もいれば、茶化して他人事のように語る人もいる。笑おうが刃物を突きつけようが、他者の関心を自分に向けるという点は同じで、手段が違うだけなんです。そもそも男性が性被害を告白するハードルは高い。

『マザーファッカー』という侮蔑語が存在するように、母親と行為をすることは屈辱を伴います。そのため、茶化すしかなくなるのは想像に難くありません。本人が話のネタにでもしなければ、そもそも苦しみを世に伝えることもできないという現実があるということです」

 阿部氏によると、こうしたケースが治療につながるのは、多くは別の問題に発展するか、最悪の場合は事件化してからだという。薬物依存のように、本人がやめたいと望んだとき、ようやく出口が開かれる。

 求められているのは、当事者が否定されず、安心して語れる場所なのだ。

(了。第1回目から読む)

◆阿部恭子(あべ・きょうこ)/特定非営利活動法人World Open Heart理事長。東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了。2008年、大学院在学中、日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。宮城県仙台市を拠点に、全国の犯罪加害者家族への直接的支援や啓発活動を行っている。著書に『息子が人を殺しましたー加害者家族の真実』(幻冬舎新書)、『高学歴難民』(講談社現代新書)、『近親性交ー語られざる家族の闇』(小学館新書)などがある。

<取材・文/安宿緑>

【プロフィール】
安宿緑/編集者、翻訳者、ライター。メンタルを軸に社会問題を分析するのが趣味。韓国心理学会正会員。