猪木VSアリは「格闘技の原点」50周年展で初代タイガーマスク、前田日明、藤波辰爾、藤原喜明が懐古「本当の意味で真剣勝負」「(世に)通じない歯がゆさも」
1976年6月26日に新日本プロレスのアントニオ猪木とプロボクシング世界ヘビー級王者のモハメド・アリが戦った世紀の一戦から50年を記念した展覧会「格闘技世界一決定戦50周年記念アントニオ猪木VSモハメッド・アリメモリアル展」が9日、東京・京王プラザホテルで開幕した。オープニングセレモニーでは猪木の弟子である藤波辰爾(72)、藤原喜明(77)、初代タイガーマスクの佐山サトル(68)、前田日明(67)が出席し、当時の思い出や秘話を明かした。
当時、猪木とともに団体のシリーズを休んでアリ戦に向けた練習パートナーを務めていた藤原は、師匠がナイーブになっていたと明かし「万が一負けたら新日本もつぶれるし、猪木さんもプロレスラーとして生きていけない。本当の意味で生か死かという真剣勝負だった」と懐古。また、試合前の会見でアリから絡まれていたことを聞かれ、「今から考えれば、アリに“あり”がとう」と舌を出した。
また、佐山は「(お互い)若くて30代で、戦う勇気にビックリしたし、偉大な人。(実現までの過程や考え方も含めて)猪木イズムが格闘技の原点。すごい試合だった」と振り返った。
当時高校3年生だった前田は、通学時間が1時間半だったため、学校を早退してテレビ生中継にかじりついて見たという。「よく総合格闘技は誰がつくったのかという話になるが、自分は猪木さんだと思う。パキスタン(ペールワン戦)でも経験があったし、自分たちにも『相手になめられたらダメだ』と。米国のショープロレスじゃなく、『どの分野の格闘技選手が見ても参考になるような技術と技術の応酬をするように俺は変えてるんだ。だからシュートの練習もしないとダメだよ』と、ずっと言われていました」と明かした。
藤波は当時、米国遠征中のため帯同はできなかったものの、現地の会場の控え室では猪木−アリ戦の話題で持ちきりで、普段は用意されていないモニターで流れていた世紀の一戦に群がって見ていたという。「誰もなし得ないことをやり遂げた。当時のアリを日本に呼ぶことですら大それたこと」と功績をたたえつつ、試合はスリリングな膠着状態が続いてのドロー決着で、当時は“世紀の大凡戦”などと不評だっただけに「なんで猪木が勝たないんだとか(批判された)。エキシビションじゃなくお互いがプライドで戦っているので、それが(世の中に)通じなかったのは歯がゆさもあった」と振り返った。
◆猪木−アリ戦 1976年6月26日、日本武道館で開催。3分15ラウンド制の異種格闘技戦として行われたが、猪木が仰向け状態で蹴りを狙う展開(猪木−アリ状態)が続き、フルラウンドの末に引き分けに終わった。当時は「世紀の大凡戦」などと不評だったが、非公表だったルールの一端が明らかになったことや、後に総合格闘技が隆盛するにあたって再評価されるようになった。

