プーチンは動揺し、言葉を失ったとの指摘も…習近平に見放され、側近も友好国も停戦を迫る独裁政権の末期症状

■側近の進言を一蹴したプーチン大統領
プーチン政権では、ロシア軍が現在の前線で戦闘を凍結すべきか、それともドンバス地方全域の制圧を目指すべきかが争点になっている模様だ。
英ロイター通信は7月9日、クレムリンに近い複数の情報筋の話として、大統領側近らが戦争長期化を防ぐため、現在の前線で戦闘を停止するよう大統領に進言したと報じた。
ロシア軍はこれまでに、クリミア半島と南東部4州というウクライナ領土の約2割を実効支配しており、これを成果に停戦に持ち込むよう提言したものだ。
しかし、プーチン大統領は戦争凍結を訴えた側近らを叱責し、ドンバス地方の完全制圧を命じたという。ロイターによれば、ウクライナ軍のドローン攻撃が大統領の怒りを高め、「強力な反撃」を軍に指示したという。
報道が事実なら、戦争が泥沼化する中、クレムリン内部で早期停戦論をめぐり、意見対立があることを意味する。
■ロシア国内に広がる停戦論
停戦論をめぐっては、カザフスタンのトカエフ大統領が7月25日、西シベリアのオムスクでプーチン氏と会談し、「この紛争の性質を理解するのは難しい」「若い人々が命を落としており、止めるべきだ」と述べて注目された。トカエフ氏は各国からこの旨進言するよう要請を受けたと述べ、二人のやりとりはロシア国営テレビで報じられた。
ロシアのSNS・テレグラムで発信する新興の独立系情報チャンネル「クレムリンのたばこ入れ」(7月27日)によると、トカエフ発言はロシアのエリート層を動揺させ、停戦支持派が急増した。軍内部でも、生きたいという気持ちから、特別軍事作戦の終結を求める声が増えているという。
同チャンネルはまた、トカエフ氏の呼び掛けの背後に、中国の習近平国家主席がいる可能性があると指摘した。
■習近平がプーチンについて語ったこと
習主席は5月の米中首脳会談で、トランプ大統領に対し、「プーチン氏はウクライナ侵攻を後悔するだろう」と述べたと英フィナンシャル・タイムズで報じられた。習主席は、中国語が堪能で個人的に親しいトカエフ大統領を通じてプーチン氏にメッセージを送ったかもしれない。
トカエフ発言に対して、プーチン大統領は一瞬戸惑い、言葉を失った様子だった。ペスコフ大統領報道官は会談後、「プーチン大統領は戦場での目標を達成するには、現在の戦線で凍結できないことを説明した」と述べたが、トカエフ発言は意表を突くもので、やりとりが公開されたのは異例だ。

ウクライナのゼレンスキー大統領も7月初め、「ロシア大統領の側近に停戦を支持する勢力がいる」と述べた。プーチン政権の攪乱を狙った発言とみられるが、プーチン氏周辺の調査が行われたとの情報もある。
政権内では大統領の長年の腹心、ドミトリー・コザク大統領府副長官が昨年秋、早期停戦や民主化、情報機関改革を直訴して政権を去っている。ただし、コザク氏は公の場で発言せず、政権への打撃はなかった。
■対ウクライナをめぐって分裂する政権
テレグラムの別の情報チャンネル「インサイダーT」によれば、政権内部で停戦を支持しているとみられるのは、ナンバー2のミシュスチン首相、経済閣僚らテクノクラート、ソビャーニン・モスクワ市長、それに多くのオリガルヒ(新興財閥)らだという。
一方で、政権内強硬派からは徹底抗戦論も高まる。「クレムリンのたばこ入れ」(7月25日)によれば、ロシア国防省はプーチン大統領に対し、ウクライナ軍の攻撃強化で現在の状況下ではロシアを守り切れないとし、戒厳令発動を提案したという。この提案は、モスクワ郊外の大手通販ワイルドベリーズの倉庫が最初にドローンで爆破された直後に行われた。
ベロウソフ国防相も大統領に個人的に接触し、全土でなくとも、重要インフラのある防衛困難な地域に戒厳令を発動するよう要請したという。
憲法規定では、戒厳令が施行されれば、戦時体制が導入され、選挙や集会は禁止。動員や軍需関連の労働が国民に義務付けられる。プーチン大統領は2022年10月、ロシアが実効支配するウクライナ南東部4州に戒厳令を施行した。
しかし、動員には国民の反発が予想され、政権にとってリスクは大きい。
■軍と国防省トップは“犬猿の仲”という指摘も
ウクライナ侵攻が難航する中、暴力装置内の権力闘争説も伝えられる。
ロシアの軍事ブロガーによれば、軍制服組トップのゲラシモフ参謀総長と背広組トップのベロウソフ国防相は犬猿の仲で、国防相が頻繁に軍事作戦を大統領に報告することに、参謀総長が激怒しているという。
国防相は逆に、参謀総長が大統領に戦況を大幅に水増しして報告していることに激怒しているという。ベロウソフ国防相は経済学者出身で、大統領の信頼が厚く、首相に転出するとの憶測もある。
大統領のボディーガード出身で強硬派のゾロトフ国家親衛隊長官が次期国防相ポストを目指して猟官運動をしているとの未確認情報もある。
また、情報分野で失態が続いたボルトニコフ連邦保安庁(FSB)長官が更迭され、後任にコロリョフ第一副長官が起用されるとの憶測も独立系メディアで報じられている。この2年、側近らが次々に検挙されたショイグ安保会議書記(前国防相)に対しても捜査が進み、刑事事件の被疑者になる可能性があるという。

■開戦後初の下院選が今後最大の焦点に
8月1日、モスクワ中心部の高級レストランでのチャイコ航空宇宙軍総司令官の誕生日パーティーで爆弾が爆発、5人が死亡、20人以上が負傷した事件は、軍部や情報機関を震撼させた。モスクワではロシア軍高官が爆殺される事件が続発しており、軍内部にウクライナへの協力者がいるとの憶測が出ている。
こうした中で、9月18から20日にかけて実施される、開戦後初の下院選が注目される。
ロシアの選挙は毎度「官製無風選挙」ながら、今回は戦況長期化やインフレ、税金・公共料金値上げへの国民の不満が高まっている。全ロシア世論調査センター(VTsIOM)の世論調査によれば、与党・統一ロシアの支持率は30%程度で、開戦後最低水準。与党はプーチン氏を前面に立てて選挙戦を乗り切る構えだ。
野党第1党の共産党は反戦を前面に掲げつつあり、マルハエフ下院議員はブログで、「現在の状況が続けば、社会不安や混乱が拡大し、社会的爆発を招く」と警告。ジュガーノフ共産党委員長も「このままでは、1917年のような革命が起きる」と予測した。
ウクライナ戦争の展開を探る上で、下院選前後の展開が要注意だ。
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名越 健郎(なごし・けんろう)
拓殖大学客員教授
1953年、岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社に入社。バンコク、モスクワ、ワシントン各支局、外信部長、仙台支社長などを経て退社。2012年から拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授。2022年から現職(非常勤)。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『ゾルゲ事件80年目の真実』(文春新書)、『ジョークで読み解く「ロシア近現代史」』(PHP新書)などがある。
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(拓殖大学客員教授 名越 健郎)
