「昼の生放送中に脱いで水着に」元ミニスカポリス・大原かおり(50歳)が振り返る、今とは一味違う“90年代の芸能界”
◆スカウトから始まった芸能界入り
――そもそも、大原さんはどのようなきっかけで芸能界に入ったのですか。
大原:六本木に遊びに行った際に、スカウトマンの方に「君はおっぱいが大きいから芸能人になれるよ」と言われたんです。思わず、「おっぱいが大きいと芸能人になれるんですか?」と聞き返したら、「なれるよ」と言われました(笑)。
――本当になれましたね。それまでは、どのような生活を送っていたのでしょうか。
――社長ではなく、部長だったんですね。
大原:責任の重さが違いますからね。ちなみに、その店の制服はタイトな黒いスカートに白いシャツだったので、胸の大きい私は、もうパツパツでした。
――少し怪しいお店にも聞こえますが……。
大原:違います。普通のステーキ店です(笑)。ちょっと怖そうなお客さんから「あの子に全部持ってこさせて」と言われて、帰り際にチップのようなものをいただくこともありました。
――そこから、すぐにタレントデビューしたのでしょうか。
大原:いえ、最初の1~2カ月は事務所で事務員をしていました。電話番をしながら、マネージャーさんがどのように動いているのかを見て、礼儀も含めて学んでいった感じですね。
◆デビュー当時の過酷な番組撮影
――テレビデビューは『出動!ミニスカポリス』だったのでしょうか。
大原:最初は『邦子にタッチ』(テレビ朝日)という、土曜日のお昼12時から生放送されていた番組でした。ぽっちゃりした女の子20人がオーディションで選ばれ、ダイエットに挑戦する企画だったんです。毎週、本番前に体重を測り、前の週より100gでも増えていたらイエローカード。それが3回続くとレッドカードでクビになってしまいます。みんな、本当に必死で1週間ダイエットし、太らないように頑張っていました。
――かなり厳しいルールですね。
大原:私は日野市から通っていたので、朝は電車に乗るギリギリまでお風呂に入って汗をかき、少しでも体重を減らしてから駅まで走っていました。そして、スタジオでは20人全員がサウナスーツを着ているのですが、「じゃあみんな、今日も脱ぎましょう」という流れで、生放送中に脱いで水着になっていました。
――えっ。
大原:しかも土曜日のお昼で、主婦の方がたくさん見ている時間帯でした。
