――そこから、すぐにタレントデビューしたのでしょうか。

大原:いえ、最初の1〜2カ月は事務所で事務員をしていました。電話番をしながら、マネージャーさんがどのように動いているのかを見て、礼儀も含めて学んでいった感じですね。

◆デビュー当時の過酷な番組撮影

――テレビデビューは『出動!ミニスカポリス』だったのでしょうか。

大原:最初は『邦子にタッチ』(テレビ朝日)という、土曜日のお昼12時から生放送されていた番組でした。ぽっちゃりした女の子20人がオーディションで選ばれ、ダイエットに挑戦する企画だったんです。毎週、本番前に体重を測り、前の週より100gでも増えていたらイエローカード。それが3回続くとレッドカードでクビになってしまいます。みんな、本当に必死で1週間ダイエットし、太らないように頑張っていました。

――かなり厳しいルールですね。

大原:私は日野市から通っていたので、朝は電車に乗るギリギリまでお風呂に入って汗をかき、少しでも体重を減らしてから駅まで走っていました。そして、スタジオでは20人全員がサウナスーツを着ているのですが、「じゃあみんな、今日も脱ぎましょう」という流れで、生放送中に脱いで水着になっていました。

――えっ。

大原:しかも土曜日のお昼で、主婦の方がたくさん見ている時間帯でした。

――今では考えられませんが、そこから“巨乳ブーム”の流れに乗り、人気を博すわけですね。

大原:私は20歳でデビューしましたが、26歳の時には「もう歳だからグラビアは難しい」と言われました。当時は16歳くらいでデビューする子が多かったんです。

――今は30歳を過ぎても第一線で活躍している人がたくさんいます。2020年代にデビューしていたほうがよかったと思うことはありますか。

大原:「今のほうが楽なんだな」と思うことはあります。でも、今は人数が圧倒的に多いので、上に行くのは逆に大変じゃないですか。昔はグラビアをやっている子自体が少なかっただけではなく、「グラビアなんて」と言われることもありました。

――大原さんたちの世代が、グラビアアイドルの地位を高めてきた面もあるのではないでしょうか。

大原:私は巨乳ブームの波に、ちょうど乗れたんだと思います。巨乳アイドルの次は高校生ブーム、その後は芸人ブーム、さらにハーフタレントブームと、時代ごとに流行はめぐっていきました。そのタイミングに、たまたま自分がいただけなんです。パチンコでいうと、偶然Vに入って16連チャンしたようなものですね(笑)。

――例え方がおじさんですね(笑)。

大原:本当は32階くらいの大理石のマンションで、暑くも寒くもない部屋で犬と暮らしたかったんですけど、全然違う人生になりました(笑)。生まれ変わったら、港区女子みたいな生活をしてみたいですね。

◆謙虚な姿勢で挑む今後のタレント業

――今もお話がとても面白いですし、テレビで再び活躍できるのではないでしょうか。

大原:今はコンプライアンスが厳しいので、どこまで話していいのか分からないんです。たまにいるじゃないですか。1年に1人くらい、ストンと足元をすくわれる芸能人。ああはなりたくないんですけど、私も調子に乗り始めたら、同じような立場になりかねないと思っています。

――生放送で不用意なことを言ってしまうと、SNSで拡散されてしまいますしね。

大原:私は父や事務所に厳しく育てられてきたのに、初心を忘れてしまうことがあるんです。怒られて「明日から気をつけよう」と思っても、1年くらいたつと、また調子に乗って余計なことを言ってしまう。だから、発言には気をつけながら、地に足をつけてやっていきたいですね。

<取材・文/千駄木雄大 写真/荒熊流星>

【大原かおり(おおはら・かおり)】
1976年2月17日生まれ、東京都出身。90年代、『出動!ミニスカポリス』や『ギルガメッシュないと』(共にテレビ東京系)で人気を博す。2017年に事務所に内緒で「大原がおり」へ改名し、8年後の25年に再び「大原かおり」に戻す。デビュー30周年記念『キケンなカオリ♡ 大原かおり写真集』(双葉社)が発売中。

【千駄木雄大】
編集者/ライター。1993年、福岡県生まれ。出版社に勤務する傍ら、「ARBAN」や「ギター・マガジン」(リットーミュージック)などで執筆活動中。著書に『奨学金、借りたら人生こうなった』(扶桑社新書)がある