「陛下はお三方で訪問することを望まれていますが…」天皇ご一家の震災15年ご訪問に“赤信号” 「いまだめどが立たない」
皇室典範改正案が7月17日、成立した。現行の典範が制定された1947年以降、実質的な改正は初めてとなり、公布から3カ月後に施行される。天皇陛下はご静養先で報告を受けられたというのだが、そんな折、「延期されたご訪問」の帰趨(きすう)が危ぶまれているという。
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宮内庁担当記者が言う。
「天皇ご一家は15日から那須御用邸で静養されています。ご到着後はお三方そろってかりゆし姿で取材に応じられました。陛下は、ちょうど100年前の同じ日に御用邸が建てられたことに触れられ、『その日に三人そろって来ることができたことをうれしく思っています』と述べられていました」

また、
「改正典範が成立したことは17日のうちに側近から陛下に報告がなされ、秋篠宮さまにも皇嗣職から報告されています。併せて黒田武一郎宮内庁長官は『(皇室の方々の)お気持ちを十分に踏まえながらできる限りの対処をしてまいります』との談話を出しました」(同)
「お風邪の症状があり、前日に中止に」
陛下は6月、オランダ・ベルギーご訪問前の会見で皇族数確保の議論に関して、
〈国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります〉
と、ご発言。とりわけ旧宮家の男系男子を養子にする案に懸念を示されていると受け止められてきた。
「陛下のご発言は、取りも直さず皇室全体の憂慮でもあります。結婚後の女性皇族の夫や子の扱いも含め、およそ『国民の総意』とは言い難い法案が成立したことで、皇族方をはじめ庁内でも“これからどうなるのだろうか”という戸惑いが広がっています」
とは、さる宮内庁関係者。新制度の運用については全く未知数なのだが、一方で、そうした先々の不安とは別に、当面のご心配事があるのだという。
「それは、延期されている岩手・宮城の被災地ご訪問に他なりません」(同)
先の記者によれば、
「陛下は今年2月、お誕生日に際した会見で、東日本大震災から15年の節目であることに触れられ、今後も心を寄せていきたいと述べられました。宮内庁はその直後、岩手・宮城・福島の被災三県をご一家が訪問なさると発表。岩手・宮城は3月25日から1泊の日程でしたが、数日前から両陛下にお風邪の症状があり、陛下はいったん治まったものの、前日になって中止となってしまったのです」
その後、福島には予定通り4月6日からご訪問。愛子さまが初めて来県されたこともあり、現地は歓声に包まれたのだった。
「陛下は延期となったことを心から残念に思われ、準備してきた両県の関係者に感謝されていました。今年はまた、2016年の熊本地震から10年の節目でもあり、9月末には両陛下のご訪問が予定されている。ところが延期された岩手・宮城については、いまだめどが立っていないのです」(同)
というのも、
「ご一家は那須からご帰京後、須崎御用邸で静養なさる予定で、8月15日には両陛下で戦没者追悼式に臨まれます。そして秋以降は、『四大行幸啓』に位置付けられる国民スポーツ大会や国民文化祭、全国豊かな海づくり大会へのご出席といった重要な日程がめじろ押しです(全国植樹祭は春開催)。その合間に熊本ご訪問や秋の園遊会、さらに11月には愛子さまのシンガポールご訪問も控えている。12月に入ると愛子さまや皇后さまのお誕生日が続くなど、全くスケジュールが見通せません」(同)
「おわびに菊の御紋が入った和三盆が」
“節目”に合わせるのであれば、年内のご訪問が待ち望まれるところである。実際に現地の人々に聞くと、
「両陛下と愛子さまがそろってお出でくだされば、地元の皆さんにとって大いに励みになります」
とは、ご一家が供花される予定だった岩手県大槌町の追悼施設「鎮魂の森」の担当者である。
「震災のあった3月、そして15年の節目にいらっしゃるとのことで町民も楽しみにしていました。延期というのは伺っていますが、宮内庁から次はいつ頃になりそうだ、といった連絡はいただいておりません」(同)
また大船渡市の魚市場では、被災者との懇談が予定されていた。市場を運営する「大船渡魚市場株式会社」の佐藤光男専務に尋ねると、
「中止が決まった日にも、町には警察官が100人以上入っていました。私は当日、両陛下と愛子さまを先導して建物にご案内し、大会議室で被災者と対面していただく段取りになっていた。立ち位置からどこを歩くかまで、すべて細かく決められていたのです」
ご訪問は夕刻が予定されており、
「魚市場なので朝が早いのですが、職員には“ご一家を拝見したい人は来てもいいよ”と言ってありました。キャンセルとなった後、宮内庁からはおわびに菊の御紋が入った和三盆が10箱ほど送られてきましたね」(同)
「あくまでお三方で」
さらに、ご訪問2日目に視察される予定だった宮城県でも、
「当ホテルでは、ご昼食を召し上がっていただくことになっていました」
そう話すのは、「石巻グランドホテル」の大槻武史支配人である。
「ちょうど前日、翌日のメニューが決まったばかりで準備に励んでいたら、取りやめになったとの連絡を頂きました。とても名誉ある機会なので、お越しになることを心待ちにしています」
また南三陸町観光協会が運営する震災伝承館「南三陸311メモリアル」の職員も、
「予定では、震災当時の佐藤仁・前町長がお三方を展望デッキへご案内し、復興した商店街や防災庁舎をご覧いただくことになっていました。町民からも『沿道でお出迎えしたい』という声が寄せられていたのです。愛子さまはお出でいただけるだけで全国から注目が集まる。うれしいことです」
としながら、
「3月のご訪問のために、遅くとも昨年暮れには県警の人たちが現場の確認などで何度も訪れていました。それほど念入りに準備にあたっていたのですが、今もって現地では、そうした動きはありません」(同)
先の関係者が言う。
「皇后さまは、今なおご体調の波がおありで、大きな行事に出席なさる際には当日のご体調をピークの状態に持っていかれるよう、数日間の“ご調整”が必要です。そのためには他のお出ましを控えることもある。こうしたローテーションを繰り返しつつ、年内に両県ご訪問の日程をはめ込むのは、極めて困難だと思われます」
「あくまでお三方で訪問することを望まれている」
2月時点での岩手・宮城両県の発表事項には、
〈皇后陛下の御体調に支障がおありの場合、天皇陛下には愛子内親王殿下を御同伴の上、行幸になります〉
そう記されていたのだが、皇室解説者の山下晋司氏は、
「陛下は、あくまでお三方で訪問することを望まれているでしょう。国民と苦楽を共にすることが皇室の基本であり、その精神を次世代につないでいきたいと考えられているからです。一方で皇室は『節目』を重んじます。毎年は無理だとしても、節目の年に訪れることで“皆さんのことは忘れていません”というメッセージにもなります。ですが次回は来年、震災から16年になってしまうかもしれません」
実現すれば、両県の人々にとってこの上ない喜びとなるのだが……。
「週刊新潮」2026年7月30日・8月6日号 掲載
