スマホのカメラロールには同じ構図の自撮り写真が何枚も並んでいた

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「誰よりもかわいい」と思いたいわけじゃない。完璧ではなくても自分の顔を受け入れ、普通に暮らしたい――大学2年生の小渡結稀(おど・ゆうき)さん(19歳)は、長年苦しみを抱え続けてきた。
自分の容姿に激しい劣等感を抱いていた小渡さんは学生時代、4時間もヘアメイクして登校。整形も計3回行ったが、苦しみが和らぐことはなかった。彼女はどのようにしてルッキズムの呪縛から抜け出し、自分の外見を認められるようになったのだろうか。話を伺った。

◆「スクールカースト上位」に目を付けられ…

幼少期の小渡さんは、活発な性格で、むしろ小学校中学年までは自分のことを「かわいい」と思っていた。だが、小5の頃にスクールカースト上位の男子から嫌われたことを機に、自分の容姿への評価が変わる。

「明確な理由が分からないまま嫌われ、同級生の女子からは「ブス」「ぶりっ子」と陰口を叩かれるようになりました」

小学6年生の頃から、心身は本格的に壊れていく。体重が気になりだし、夏休みには親が仕事で不在なのをいいことに食べているふりをして食事を抜く日が増えた。気づけば3日間、何も口にしていないこともあったという。

夏休みが明ける頃、体重は10kgほど落ち、30kg台前半に。もともと太っていたわけではなかったが、元の体重に戻ることは怖かった。

中学時代、世間はコロナ禍。着用が日常化したマスクは、小渡さんにとって下着のような存在になった。この頃、初めて自分のスマホを持つ。朝5時に起き、夜中の1時すぎまでスマホを触り、美容の情報を収集するようになった。

「メイクには3時間、髪を下ろすだけのヘアセットに1時間かけていました。そうしないと、近所の郵便局に行くことも宅配を受け取ることもできませんでした」

マスクが手放せなかった学生時代

4時間のヘアメイクをしても、自信は持てない。すっぴんよりは外に出るハードルが少し下がる程度だった。カフェなど、若い女の子がたくさんいる場所では惨めになり、恥ずかしくなったそうだ。

耐えがたかったのは、学生時代の卒業アルバムだ。嫌いなパーツはもちろん、目の位置や骨格など、自力ではどうにもできない部分までもが気になり、絶望した。

「一眼レフは実物に近い」と見聞きしていたため、マシに思える自撮りとの差に落ち込み、「こんな顔で生きていたくない」と思った。

「無加工の自分が写った卒アルをみんなが持っていることが嫌でした。卒アルが配られること自体が怖かったです」

小渡さんは、卒アルに写った自分の顔を油性ペンで黒く塗り潰したそうだ。

高校生になると、校内でマスクが外せなくなり、学校で昼食を摂らなくなった。マスクをするのに、朝5時に起きてメイクしなければ学校には行けない。体育の授業もマスクをしたまま受けた。高校の卒アルは、掲載自体を拒否したそうだ。

「学生時代、一番辛かったのは孤独だったこと。親にもなかなか苦しさを分かってもらえず、毎晩泣きながら『辛い』と伝え続けました」

◆7軒の美容外科を回り、整形を決意

やがて、母親に連れられ、心療内科を受診。だが、小渡さんは「ただ話を聞いてもらっているだけ」と感じ、1年も経たないうちに通院を辞めてしまう。小渡さんが助けを求めたのは、精神的な治療ではなく、物理的に顔を変える整形だった。

「顔のパーツは全部嫌いでしたが、特に鼻が嫌でした。正面から見た時の形や比率が悪く、目と目の間に収まってもいなかったから。写真を撮って自分で数値化しては、結果に落ち込んでいました」

かねてから家族に「整形をする」と宣言していた小渡さんは高3の頃、受験を早期に終わらせ、7ヶ所の美容外科でカウンセリング。母親は当初、反対したが、最終的には「それで楽になるなら……」と同意書にサインしてくれた。