若松英輔さんによる、無宗教の人にこそ読んでほしい「宗教」入門【学びのきほん 生きる教室】

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若松英輔さんが見つめ直す、宗教の本質

宗教とは、教義や知識として理解するだけで終わるものなのでしょうか。批評家・随筆家の若松英輔さんは、宗教の本質に迫るためには、「知る」だけでなく、「考える」「信じる」、そして「生きる」という営みが欠かせないと語ります。

『NHK出版 学びのきほん 生きる教室 大人のための宗教入門』では、ガンディー、パウロ、『コーラン』、『歎異抄』を手がかりに、宗教を単なる知識としてではなく、人生を深く考え、生きるための問いとして読み解いていきます。

今回は、本書の序章「真に生きるために必要なもの」から、宗教を見つめ直す際に念頭に置いておきたい「四つの動詞」についての一節を公開します。

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四つの動詞を念頭に置く

  宗教の本質に迫ろうとするとき、私たちはいつも四つの動詞を念頭に置いておきたいと思います。

 一つ目は「知る」です。

 深く知ろうとすることは重要です。しかし、知るだけでは本質にふれることはできません。知るという行為だけでは、ある深みまでしか行くことはできないのです。たとえるなら、宗教において単なる知識は燃えない薪(まき)のようなものです。そこから火が出ることはない。

 燃えない薪は、なかなか厄介なものです。火の中にくべると、燃えないだけでなく燃えていた火を消すのです。

 身に付けた知識は、それをしっかり生きることを通じて燃える薪に変わっていきます。

 二つ目は「考える」です。

 知ったことをわがこととして考える。思索するのです。

 ドイツの哲学者ショーペンハウアー(一七八八~一八六〇)は読書にふれて辛辣(しんらつ)な言葉を残しています。ここでの読書は「知る」ことの象徴でもあります。

 書物から読みとった他人の思想は、他人の食べ残し、他人の脱ぎ捨てた古着にすぎない。

(『読書について 他二篇』斎藤忍随訳、岩波文庫)

 ここでショーペンハウアーが食事をたとえにしているのは、言葉が私たちの魂の糧(かて)になり得ることを彼が熟知しているからです。言葉と私たちの関係は食事と似ています。単に多く食べるよりも適量を深く味わう方がずっと重要です。また、私たちは誰かが食べ残したもので空腹を満たすのではなく、自分に必要なものを必要なときに食べることができます。

 ショーペンハウアーは、さらに厳しい言葉も残しています。

読書は言ってみれば自分の頭ではなく、他人の頭で考えることである。

(同前)

 読書を通じて、単に「知る」ことを繰り返しても、それは他者に代わりに考えてもらっているに過ぎない。私たちは「知った」ことを引き受け、自分で考えてみなくてはならない。ショーペンハウアーがこの本で再三にわたって述べているのは「考えること」、つまり「思索」の重要性なのです。

 ここでの「考える」は、意味的には「感じる」ことを含んでいます。「考える」が言葉とともに営むことであるとしたら、「感じる」は、言葉にならない生ける意味の経験を深めていくことになります。

 世界宗教と呼ばれるものは、どれも特徴ある宗教芸術の歴史を有しています。それは単なる鑑賞の対象ではありません。私たちは宗教画や聖像、寺院、教会などの聖なるものを前にしたとき、言葉を超えた意味を扉に、大いなるものとつながろうとします。そのとき「感じる」という行為を通して、言葉によらない思索が深まっているのです。

 三つ目は、「信じる」です。

 ここで重要なのは、真の意味で「信じる」という営為(えいい)が実践されるとき、「知る」ことと「考える/感じる」ことを否定しないということです。むしろ、信じることは、「知る」「考える/感じる」こととともにあるとき、生きたものになる。盲信(もうしん)や狂信という状態では「知る」ことも「考える/感じる」ことも機能しなくなるのです。

 「考える/感じる」という営みの道程には「疑う」という経験もあるでしょう。しかし、真の意味で「信じる」とき、疑いを拒(こば)んだりはしません。むしろ、そのことを契機(けいき)にして信じるとは何かを問い直すのです。

 四つ目は「生きる」です。それはヴィヴェーカーナンダ*のいう「成る」**を含んでいます。「生きる」には持続的な時間が必要です。そして、理論を積み上げるだけでは対処しきれない、さまざまな問題にも直面します。自分の弱さを経験し、落胆することもあるでしょう。そうしたときにどうすることができるのかを、これから考えてみたいと思います。

 知る、考える、信じる。この三つの動詞を土壌にしながら、「宗教」とは何かを経験していく。そこに「生きる」という地平が開かれてくるのです。

(編注)
*一九世紀末から二〇世紀初頭に活躍したインドの聖者。
**ここでは「誰かのようになるのではなく、その人に内在する可能性を開花させること」といった意味

本書『NHK出版 学びのきほん 生きる教室 大人のための宗教入門』では、以下の各章を通して、宗教を単なる知識ではなく、真理、信仰、聖典、救いをめぐる生きた問いとして考えます。

序章 真に生きるために必要なもの
第1章 ガンディー 「真理」とはなにか
第2章 パウロ 「信じる」とはなにか
第3章 『コーラン』 「読む」とはなにか
第4章 『歎異抄』 「救い」とはなにか

著者紹介

若松英輔(わかまつ・えいすけ)
1968年新潟県生まれ。批評家、随筆家。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。2007年「越知保夫とその時代 求道の文学」にて第14回三田文学新人賞評論部門当選、2016年『叡知の詩学 小林秀雄と井筒俊彦』(慶應義塾大学出版会)にて第2回西脇順三郎学術賞受賞、2018年『詩集 見えない涙』(亜紀書房)にて第33回詩歌文学館賞詩部門受賞、『小林秀雄 美しい花』(文藝春秋)にて第16回角川財団学芸賞受賞。著書に『イエス伝』(中公文庫)、『生きる哲学』(文春新書)、『悲しみの秘義』(ナナロク社/文春文庫)、『詩集 見えないものを探すためにぼくらは生まれた』『あなたが言わなかったこと』(亜紀書房)、『詩と出会う 詩と生きる』『14歳の教室 どう読みどう生きるか』『考える教室 大人のための哲学入門』『はじめての利他学』(NHK出版)など多数。
※刊行時の情報です

■『NHK出版 学びのきほん 生きる教室 大人のための宗教入門』より
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