「新NISA、増えないじゃないか…」老後不安から一念発起し、〈貯金200万円〉を投資に全振りした53歳男性。現金ゼロで直面した「想定外の出費」【FPの助言】
金融庁の「NISA口座の開設・利用状況(2025年12月末時点・速報版)」によれば、2025年12月末のNISA口座数は約2,826万口座となっており、2024年に新NISAがスタートして以降、資産運用を始める人が増えています。しかし、なかには一部のメディアでみられる「非課税枠をいかに早く埋めるかが勝負」といった情報を真に受け、いわゆる「NISA貧乏」に陥るケースも……。50代独身男性の事例をもとに、FP兼税理士の秋口千佳氏が「NISA貧乏」のリスクと、その回避策について解説します。
老後不安から一念発起…貯金200万円を「新NISA」に全振り
都内のメーカーに勤務する独身のAさん(53歳・男性)。年収は約600万円で、月の手取りは約35万円です。これまで家計管理とは無縁で、趣味の車や一人旅などにお金をかけては、入った給料を使い切るような生活を送ってきました。
そんなAさんも50代に入り、定年後の生活に不安を覚えるようになりました。口座残高を確認すると、貯金は200万円。「このままでは老後破産だ」と焦ったAさんがすがりついたのが、世間で話題になっていた「新NISA」でした。
「S&P500やオルカンなら、長く持てば絶対に儲かる」「現金で持っているのは損」という情報を真に受けたAさんは、極端な行動に出ます。貯金200万円を、すべて新NISAの成長投資枠に一括で投入したのです。
これで手元の現金はほぼゼロになりましたが、非課税枠をさらに埋めるために手取り35万円の給与からも毎月10万円をつみたて投資枠に回す設定にしました。
家賃や車の維持費、日々の生活費などを支払うと、手元にはほとんど現金が残りません。それでもAさんは「老後のため」と、日々のちょっとした楽しみを我慢しながら「投資ファースト」の生活を続けていました。
愛車の修理代で50万円…現金がなく、含み損のNISAを泣く泣く解約
しかし数ヵ月後、想定外の事態が起きます。
投資生活のなかでも唯一手放さずにいた趣味の愛車が故障し、約50万円の修理代が必要になってしまったのです。「いっそ車を手放せばいい」と頭ではわかっていても、愛車への執着だけはどうしても捨てきれず、Aさんは修理を決断しました。
50万円という急な出費を前に、Aさんは頭を抱えました。貯金をすべて新NISAに入れてしまったうえに、毎月の給与もギリギリまで投資に回していたため、預金口座には数万円しかありません。
新NISAの口座から50万円分を売却しようとしましたが、運悪く米国株は一時的な相場調整の下落局面でした。Aさんが一括投資したS&P500の評価額も下がっています。
「ボーナスの時期もまだ先だし、やむを得ないか……。新NISA、増えないじゃないか」
修理代の支払いは待ってくれません。Aさんは50万円の現金を確保するため、泣く泣く一部売却し、損失を確定させることになりました。
「こんな我慢をして何の意味があるんだ」…“損切り”で心が折れた
無事に愛車の修理は終わったものの、Aさんに残ったのは虚無感でした。
「毎月節約して投資に回してきたのに。手元に現金がないから、こんなにあっさり損を確定させてしまった……」
現金不足による不本意な損切りを経験したことで、「こんな我慢をして何の意味があるんだ」と、Aさんの投資に対するモチベーションは下がってしまいました。
「老後のために」と始めた投資でしたが、現金の備え(生活防衛資金)を持たず、今の生活を犠牲にしすぎた結果、お金も気力もすり減らしてしまいました。
【FPの助言】50代は最低100万円…投資の前に「生活防衛資金」の確保を
Aさんの事例は、決して他人事ではありません。新NISAの普及に伴い、一部メディアの「早く枠を埋めるべき」という煽りに乗せられ、手元の現金をすべて投資に回してしまう「NISA貧乏」の相談が、私たちファイナンシャルプランナー(FP)の元にも多く届いています。
投資をするにあたって、絶対に忘れてはならない鉄則があります。それは、「投資は余剰資金で行う」ことです。
では、具体的にどうすればAさんのような悲劇を防げたのでしょうか。ポイントは2つあります。
1.まずは「生活防衛資金」を確保する
投資を始める前に、人生の不測の事態(病気、ケガ、失業、急な冠婚葬祭など)に対応するための現金を確保しておく必要があります。これを「生活防衛資金」と呼びます。金額の目安は以下のとおりです。
・会社員の場合……生活費の3ヵ月〜6ヵ月分
・自営業・フリーランスの場合……生活費の6ヵ月〜1年分
50代ともなれば、自身の健康リスクだけでなく、親の介護や家のリフォームなど、突然の出費の可能性が若い世代よりも格段に高まります。最低でも100万円〜200万円程度は、いつでも引き出せる普通預金に残しておくべきです。
2.ライフプランに合わせた「資金の分類」
手持ちのお金は、以下の3つに分けて管理するのが基本です。
[図表]資金分類の種別と目的、保管方法 出所:筆者作成
Aさんは、上記の(1)と(2)を完全に無視して、すべての資金を(3)に突っ込んでしまったことが失敗してしまった最大の原因といえます。
資産形成はあくまでも「いま」を犠牲にしない範囲で
新NISAはたしかに優れた制度ですが、あくまで「手段」であり、「目的」ではありません。
老後のためにいまを犠牲にし、日々の生活が破綻してしまっては、元も子もありません。特に50代からの資産形成は、20代〜30代のように「時間を味方につけた無理な運用」がしにくい年代です。だからこそ、焦りは禁物です。
まずは手元の現金をしっかり守ること。そのうえで、家計を圧迫しない金額から一歩ずつ着実に積み立てていくことが、本当の安心につながります。
秋口 千佳
えふぴ〜癒し庵・秋口税理士事務所代表
FP/税理士

