ナイフを手に上京しようとしていた容疑者(写真はイメージです)

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 7月12日、富山県警は殺人予備の疑いで、同県滑川市に住む無職の男(53)を逮捕した。無差別殺人を企図し、東京行きの高速バスを予約してリュックサックにナイフを入れるなどの“準備”を進めた容疑である。調べに対し男は「物価高による生活苦から死にたいと思い、東京で無差別殺傷事件を起こせば、射殺されるか死刑になって死ぬことができると考えた」とおおむね容疑を認めているという。

 事件化を防いだ発端は、2008年に東京・秋葉原で通り魔事件を起こした加藤智大死刑囚(事件当時25)の元同僚として知られ、現在は保護司として活動する大友秀逸さんに届いた、男からのDMだった。

【高橋ユキ/ノンフィクションライター】

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【写真】うなだれる秋葉原連続殺傷事件の加藤智大死刑囚。富山「無差別殺人計画」犯が模倣しようとした

死刑になろうと思っている

 事の始まりは7月1日。大友さんが出演したABEMAの番組を見たという男から、X(旧Twitter)に「アベマ見ました」というメッセージが届いた。文面には「タヒる」という、「死ぬ」という意味のいにしえのネットスラングが使われていた。

ナイフを手に上京しようとしていた容疑者(写真はイメージです)

 大友さんは振り返る。

「最初は2ちゃんねる世代のノリで冗談を言っているのかなとも思った」

 やりとりがDMに移ると、男のメッセージには、日々のいらだちや生活の苦しさに加え、「秋葉原のような事件を起こして7人以上を殺し、死刑になろうと思っている」といった主旨の内容がつづられていた。

無差別殺人計画を確認

 冗談とは思えない切迫した書きぶりだったと感じた大友さんは、頭ごなしに否定するのではなく「会って一緒に飯を食おう」と持ちかけた。すると7月10日夜、男から「もう踏ん切りをつけるため、片道切符で東京に行く」という連絡が入る。「事件を起こすつもりですか」と率直に尋ねた大友さんに対し、男は「言及は控えます」と答えた。

 過去15年にわたり同種の相談を受けてきた大友さんにとって、上記の問いに対し、肯定も否定もせず「回答を保留する」反応は初めてだった。理路整然とした文面と合わせ、「これは本気で準備している」と、無差別殺人の意図を確信したという。

富山県警の迅速な対応

 7月11日土曜日の午前、大友さんは警察相談するため、居住地近くである警視庁管内の警察署に電話をかけた。すると警察署からは「110番にかけて、富山県警につないでもらい、そのことを伝えてほしい」と指示され、110番経由で富山県警に男性のアカウントから推測される居住地や生年月日を伝えた。

 ところが電話を切った直後、先ほどの署からから6件の着信が入る。折り返すと、防犯課の担当者から「詳しい事情を聞きたいので、こちらから向かう」と言われた。大友さんは「まだ事件は起きていない段階の相談だから」と、自ら出向くことを申し出た。

 身支度をして電車に乗り込む寸前、再び電話が鳴る。「あと10分ほどで着きます」と伝えたその2分後、今度は「来なくても大丈夫だと思います」という電話がかかってきた。

 過去にも、相談者からの具体的な犯行内容を伝えた際に「わけのわからない話を持ち込むな」と一方的に電話を切られた経験がある大友さんは「電車に乗ってしまったので、行くだけは行きます」と押しかけた。結果、対応した署員に経緯を説明し、DMのスクリーンショットなどを提示。記録として残してもらうことができたという。

 警察署は当初「大友さんが(Xの運用元の)X社に連絡をして、違法であると伝えて対応してもらっていいですか」とアドバイスしてきたというが、DM上の発言は、Xによる通報機能の対象外。最終的に「情報を富山県警に引き継ぐ」形にまとまった。大友さんは、男が14日に新宿バスターミナルに到着する予定であることを警察署にも伝えたが「富山の警察に伝えてほしい」と言われたという。富山県警に同じ情報を伝えると、迅速な対応で捜査が動いた。

相談から逮捕までわずか1日

「本当にフルスピードで動いてくれた」と大友さんは富山県警の対応を振り返る。11日の相談から、逮捕までわずか1日というスピード対応だった。

 大友さんのもとには、加藤智大死刑囚と面識があったことを公言して以降、毎日のように「死にたい」「自分も同じことをしてしまうのではないか」といったメッセージが届いている。その多くは、毒親育ちなどの複雑な家庭環境への言及とともに、内向きの絶望感を吐露するものだ。実際に他者への加害を口にするケースは全体のごく一部にとどまるといい、大友さんの感覚では「100人に1人程度」だという。だが、やり取りの頻度が上がるにつれて、その矛先が自分ではなく外に向いていく人がまれに現れる。今回のケースは、まさにその境界線上にあったと大友さんは振り返る。

「本当に起きてしまったら」

 自殺や殺人をほのめかす相談者に対して大友さんは、あえて「会って話す」という選択肢を提示するようにしているという。「言葉が届けば、少なくとも決行日を1日でも後ろにずらせる」との考えからだ。今回も、7月14日朝に新宿に到着する予定だった男と、翌15日に会う約束を取り付けていた。

 とはいえ、男は本当に事件を起こすつもりがあるのだろうか。本気なのだろうか……そんな状況で警察相談することは、誰しも躊躇することだろう。しかし大友さんは“もし本当に起きてしまったら”と考え、行動したという。

「知ってしまって関わった以上、やっぱり僕は放置はできない。『まあ大丈夫だろう』と楽観視しているなかで本当に事件が起きたら、自分自身どうなっちゃうんだろうというか、立ち直れないぐらいショックは受けると思うんで」

警察相談することの難しさ

 大友さんが今回あらためて痛感したのは、警察の対応が担当者によって大きく左右される現実だった。過去には「お前みたいなおかしいやつが、おかしいやつの話を聞くから余計におかしくなるんだ」と一方的に電話を切られたこともあるという。保護司という肩書きを名乗ってなお「来なくていい」と言われる状況を踏まえ「一般の人だったら、まず相談すらしないだろう」と、事前に警察相談することの難しさを語る。

 一方で、警察が日々多くの事案を抱え、実際に起きた事件と「起きるかもしれない」段階の相談とでは優先順位が異なるのもやむを得ない面があるとも理解を示す。相談を受けた側からすれば、寄せられる情報の大半は結果的に「事件化しない」ものであり、その一つひとつに人員を割いて詳細な調書を取ることが現実的に難しい事情も分かるという。

「何件かに一件、本当に危ういものが混ざっている。それを見分けろというのも酷な話ではある」と大友さんは言う。それでも、ストーカー事案などで対応の遅れが被害につながる例が後を絶たない現状に対し「根本的な仕組みを変えないと、同じことが繰り返される」と警鐘を鳴らす。今回のケースでは、たまたま大友さんが「保護司」という肩書きを持ち、15年にわたる相談対応の経験から危険度を見極める勘を培っていたことなどが功を奏した面が大きい。「一般の人が同じ立場だったら、最初の『来なくていいですよ』で引き下がってしまうと思う。相談することへのハードルが、そもそも高すぎる」と指摘する。

 逮捕に至った男に対し、大友さんは「事件が防げてよかった、で終わりではない」と話す。

「要は僕がチクッたことで、これだけ大々的に報道されちゃったわけなので。支えてあげなきゃなと思う」

 弁護士を通じて連絡を取り、定期的に会っていきたいという意向を示している。

高橋ユキ(たかはし・ゆき)
ノンフィクションライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗劇場』(共著)、『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』など。

デイリー新潮編集部