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90歳の女性が捨てられなかった品々を集めた企画展が、板野町で開かれています。

彼女が捨てられなかったのは物だけではなく、そこに詰まった思い出や愛情でした。

子どもの晴れ着を縫ったミシン、陶器の湯たんぽは大正時代のもの。

みなさんにはありますか?

宝物ではないけれど,、捨てられない物。

これは、1人の90歳の人生が詰まった作品展です。

赤澤ハツヱさん90歳です。

洋裁学校を出て、70年前に板野町唐園の地に嫁いできました。

そんなハツヱさんには、ある口癖があるそうで。

(ハツヱさんの義娘・赤澤貴子さん)
「『まだ使える』って言葉をよく母が言っていた、『まだ使えるから置いといて』と」

物にはその人が大切にしてきた時間がある、そう思った貴子さんは、ハツヱさんが捨てられなかった物を展示する企画展を開くことにしました。

(ハツヱさんの義娘・赤澤貴子さん)
「たらいなんですけど『これ処分していい?』って聞いたら、(母が)『これだけはあかん』って言う」

2人の息子を生み育てたハツヱさん。

このたらいは、赤ちゃんを初めて産湯に入れた時に使ったものでした。

(ハツヱさんの義娘・赤澤貴子さん)
「満州に行って帰ってきた鞄。これも母が『捨てたらあかん、おじいさんの思い出が入っとるから』って」

ハツヱさんの義理の父親・五郎さんは、満州鉄道の経理業務を担っていました。

五郎さんが亡くなって50年が経った今でも、捨てられずに置いてあります。

(記者)
「ハツヱさんの嫁入り道具の重箱、子どもが生まれた時に、この中に赤飯を入れて近所の方や親せきに配って回ったそうです」

縁起の良い帆船が描かれた重箱、子どもの誕生を喜んだ思い出が詰まっています。

(赤澤ハツヱさん)
「豆を叩っきょるわ。大豆があったらこれをくるくる回して叩いて、豆をよくこなし(大豆を殻から取り出す)ていた」

(記者)
「牛を飼っていたんですね、どうやって運んでいたんですか」

(赤澤ハツヱさん)
「重たいけど転がしていた」

(ハツヱさんの義娘・赤澤貴子さん)
「母の思い出や思い入れ、人生の歴史が詰まっているのが見えてくると」
「私も愛着が湧いてきて、展示してよかったなあと思っている」

「赤澤ハツヱの捨てられなかった物展」は、6月末まで、板野町の唐園藝術群で開かれています。