“セクシー女優の娘”と母の対談が実現。母が明かす「知った日の本音」と現在の親子関係
父は大企業の重役、祖父は経営者という厳格な家庭で育ったと過去のインタビューでは語られた。
そして今回、彼女の実の母親が取材に応じ、奇跡の“母娘対談”が実現。娘がセクシー女優になったことを知ったときの心境、現在の“笹倉杏”に思うことなど、母親としての率直な気持ちを吐露してくれた。
――この対談、実は笹倉杏さんご本人からの持ち込み企画です。
笹倉杏(以下、杏):家族に関する話のインタビューが好評だったので、せっかくなら母にも語ってもらおうかな、と(笑)。父からも許可は得ています。
母:いつも娘がお世話になっております。
――すごく上品でスタイリッシュなお母様ですね。さっそくなのですが、笹倉さんがどんなお子さんだったのか、お聞きしたいです。
母:消極的な子でしたね。友達といるよりも一人、みたいな。どちらかというと、家の中で静かに遊ぶタイプでした。ちょうど父親の転勤で、周囲に同年代の子どもがいない環境で育っていたことも影響しているのですが。
――笹倉さんは幼少期から習いごとをたくさんしていたと伺いました。
母:1歳くらいから幼児教室とか、ベビースイミングには通わせていました。そもそも公園に行っても一緒に遊べる子どもがぜんぜんいない地域だったから、人と交わる機会を増やすために習いごとを始めたんです。
杏:まあ、交わらなかったけどね(笑)。
母:幼児教室内で仲良くなっても、住んでいるエリアが違うから、どうしてもね。ただ、それから引越しをして幼稚園に通うようになっても、持って生まれた性格は変わることがなく……積極性はあまりなかったように思います。
杏:だから、私だけ私立の小学校だったんですよ。ほかのきょうだいは公立なのに。
――私立の小学校に通いながら、週7で習いごとをしていたんですよね。確か前回お聞きしたのは、金管楽器のコルネット、ピアノ、テニス、ジャズダンス、バレエ……。
母:新体操もやっていました。水泳も続けていましたが、これは私自身が泳げないから、せめてクロールくらいはできるようになって欲しくて。でも結局、運動神経は今ひとつだったかな。
杏:というか、皆無だよ(笑)。
――母親目線で見て、わりと手がかかるお子さんでしたか?
母:お世話という意味では、まったくなかったですね。むしろ人間関係については気を揉んでいました。
杏:何を考えているのかわからない子だったと思うから……。
母:というよりも、何も言ってこない子だったから、ずっと心配していたんです。
杏:そうなの? 私はお母さんが過保護なんだと思ってた。
母:娘がそう感じていたのは、通わせていた学校がすごく厳しかったせいなのかもしれません。周りの親御さんも同様の育て方をしていたので、私としては普通のつもりでした。
杏:そう言われたらそうか。帰り道でファストフード店やコンビニに寄る子=不良っていう学校だったもんね。
◆「私の人生、楽しくなかった」とは言って欲しくない
――笹倉さんから『一人暮らしをさせてもらうためには大学への進学が必須だった』と聞きました。その真意は?
母:確かに当時は大学に行くべきだと思っていました。就職するといっても、その頃の娘からは何をしたいのかが見えてこなかったし、将来にいろんな方向があることを、大学に行くことで見つけて欲しかったんです。
杏:それが気付けば、えらい方向に(笑)。
母:今となっては、働かせるべきだったか(笑)。

