写真:左から天野喜孝、押井守/撮影:山本一人

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美しい映像と他の追随を許さない圧倒的な世界観で熱狂的なファンを生み、アート作品としても評価されるなど、伝説の作品としてアニメ史にその名を刻んだオリジナルアニメ『天使のたまご』(天たま)。日本国内のみならず海外でも高い評価を得ているが、この不朽の名作が40年の刻を超えてついに4Kリマスター版となって2025年に公開されることになった。
今回は本作で奇跡のタッグが実現した原案・脚本・監督を担当した日本を代表するクリエイター・押井守と、原案・アートディレクションを手掛けたアーティスト・天野喜孝に、当時の思い出や、今の時代に新たに4Kリマスター版を制作する意義などについて語ってもらった。

真っ先に4Kでリマスターをしたいと思っていた『天使のたまご』

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――4Kリマスター版の制作が決定したと聞いたときはどう思われましたか?

押井 「え?」って感じだよね。海外に売っちゃって権利者不在だったいきさつがあるじゃないですか。

天野 あ、そうなんだ。それは知らなかったなぁ。

押井 ヨーロッパの映画祭とか行く度に、プロデューサーとかデストリビューターから「『天使のたまご』を扱わせてくれ。ぜひこっちで出したいんだ」って話を毎回言われるの。
「追跡して権利者を見つけ出したら、あんたのところに任せるよ」と言ってはいたんだけど、結局音沙汰なしだったからね。映画とかではよくあることなんですよ、転売したり会社自体が消滅して権利者不在になるって話は。もちろん『天使のたまご』の原盤は日本にある。でも日本国内でしか保護してあげられないから発売も公開もできない。突然権利者が現れて裁判に訴えられたら一巻の終わりだから。
なので、とっくに諦めていたんだけど、突然「権利が切れて戻りました」と言われて、「え?」って。ホント「え?」としか言いようがなくて、「そんなことってあるんだ」と思ってしばらく反応できなかった。さらに話を聞いてみたら「改めてもう一回世に出したい」というんで、「是非にも。可能な限りのことをお手伝いしますよ」って答えたわけ。だから最初喜んだっていうよりも虚を突かれて、しばらく声が出なかった。「言っている意味がよくわからなかった」みたいな、そんな感じかな?

天野 こっちも「どっかにいっちゃった」という話だけは聞いていたので、セールス権を獲得したと知ったときにはとても驚きました。その上で「改めて仕切り直しができる」という話を聞いて、よかったなって。そんな風には思っていました。

――4Kリマスターでの復刻と聞いたときはどう思われましたか?

押井 僕も他の作品で4Kリマスターをやっているけど、真っ先に4Kでリマスターをしたいと思っていたのは『天使のたまご』だったからね。最もそれにふさわしい作品だと思っていたし、いまの技術でこそあの作品の真価が問えると思っていた。
残念ながら手を離れていたので、いままで手も足も出なかったんだけど、4Kリマスターという話は当然だと思ったし、それに耐える仕事をした自負はあった。これだけ手を掛けた仕事はそんなにないと思うので。特に不遇な作品になってしまったと思っていたからね。4Kでリマスターすることで、ふさわしい評価を受けられるクオリティにしてあげたい想いはありました。

――40年前の思い出話を教えてください。お互いのことをどう思っていたか憶えていますか?

押井 仕事自体はタツノコ時代に『ヤッターマン』と『科学忍者隊ガッチャマンII』とかで一緒だったけど、あんまり直接話をする機会はなかったかな。タツノコのキャラクター室って、吉田竜夫さん直轄というか誰も手出しできない独特の部署だったんで(笑)

天野 そうだね、真下(耕一)君とか西久保(瑞穂)君とかも現場にいたし。でも、押井君は当時の仕事のスケールには収まりきれない独特の雰囲気があって。「コイツちょっと違うな」という感じはしていたと思うよ。絵コンテの絵も可愛かったし(笑)

押井 (笑)

天野 他の人とは違う変なポジションにいるなって、いまでも印象に残っていますね。

押井 どうなのかな。多分態度がデカかっただけだと思うけど(笑)

天野 いや、ホント目立っていました(笑)

『天使のたまご』は押井作品のアーキタイプ!?

――お二人が『天使のたまご』でタッグを組むようになったきっかけは?

押井 鈴木敏夫と一緒に(徳間)康快さんに会いに行ったときに、「『ルパン』をやらないか?」という話があったんです。もちろんやりたかったので「いいですよ」と快諾して、天野ちゃんにお願いしてベースとなるボードを描いてもらったわけ。ルパンが一週間かけて登るバベルの塔みたいなのが東京にあるという、ガウディみたいな建築家の話なんだけど。

天野 そんなの描いたっけ?(笑)

押井 描いてくれた(笑)。当時から僕は天野ちゃんが好きだったし、一緒に仕事をするならキャラクターデザインだけでなく、アートデザインというかアートディレクションみたいなこともやってもらって、世界観についても作ってほしいと思っていたので、そこをお願いしようというのはあった。
結局『ルパン』は企画が流れて轟沈しちゃうことになるんだけど、「どないしてくれんねん、落とし前つけろ」と怒鳴り込んだら、敏ちゃん(鈴木敏夫)が「OVAやりません?」って言い出して。当時OVAというのが出始めた時期で、徳間も独自にいろいろOVAをやるって話になり、それが『天使のたまご』の企画の始まりですね。

――本作の企画は、どのように考えられていたのですか?

押井 いや、まさか作ることになるとは思ってなかった。企画書も自分で書いてないしね。敏ちゃんが一晩で書いたんだけど嘘八百並べていて、後で見てビックリしちゃって。絵柄も『うる星やつら』から引っ張ってきてベタベタ貼ってあるだけじゃなく、ハリアーまで飛んでんだよ(笑)。どう見ても違うし「嘘じゃん、これ」って言ったんだけど、恐ろしいことにそんな企画が通っちゃって「え? ホントにやるの?」って(笑)。

天野 さすが名プロデューサー(笑)

押井 だから中身についてはやると企画が通ってから真剣に考えました。そしてやる以上はパートナーが必要だということで、沈没した『ルパン』から引き続き天野ちゃんにお願いしようって流れになったわけです。

――どのように仕事を依頼されたのですか?

押井 敏ちゃんに仲介に立ってもらって「一緒にやんない?」って話をしてもらったんだけど、上手く伝わったかよくわかんないんだよね。多分「女の子描いて」って話はしたと思う。「お腹に卵を抱えている女の子を描いて」みたいな。でもそんな話しかしなかったかな。とにかくこの作品は脚本がないからね。脚本の換わりになるシナプシスみたいなのはいっぱい描いたんだけど。最初に仕事を頼んだときにコンテってあがっていたっけ?

天野 全く憶えてない(笑)

押井 でもあのコンテは女の子のキャラクターがいなかったら描けないと思う。何点かあったんじゃないかな?

天野 確かにキャラクターはあったかもしれない。

押井 もともと一人で考えているときは、ああいう世界観になる予定じゃなかったからね。ホームレスみたいな女の子がコンビニに流れ着いてきて、抱えていた卵を「私が温めて孵すんだ」ってわけのわからないことを言って、それに周りが巻き込まれてドタバタやっているうちに、コンビニの入り口に箱船が横付けするみたいな、そんな話をやろうと最初は思っていたの。
でも天野ちゃんが女の子を描いてから、全て話が変わっちゃって。コンテ切った時点では完全にいまの形に舵を切って、一晩の「日が落ちてから登るまで」の長い夜の物語で、男の子と女の子が出てきて、箱船も登場してと、そこまでは割とパンパンパンって一気に出来ちゃった。コンテも一ヶ月ぐらいで切っちゃったからね。あんだけ力を込めてコンテを切ったのは多分初めてだったと思う。美術の(小林)七郎さんとかにも拙いながら僕の気合いの入れようは伝わったみたいで、「俺が全部やる」みたいな話をしてくれたし。

天野 完璧にオリジナルだったもんね。押井君のいままで持っていた個人的な想いが全部そこに入っているのかな、そんな想いがコンテにはあったと思う。仕事じゃない、文学のようなものを感じたのはよく憶えています。僕としてはアニメというより実写のコンテのようなイメージがありました。

押井 『天たま』って自分の中で繰り返されている物語だというのがあって。いままでも似たような女の子をずいぶん出したし、箱船の話も何度かやったし、長い夜の物語というのもそうだし。実際現場でも「また『天たま』やっちゃったよね」とよく言われていたし。

天野 (笑)

押井 『イノセンス』のときにもそんなこと言われたからね。確かにこれだけ繰り返すってことは、僕の中で何か惹かれるものがきっとあるんだろうと思うんだけど。自分の中のアーキタイプというか原型みたいなものになっているのかなと思っている。

宮崎駿曰く、『天使のたまご』に足りなかったのはアクション!?

――実際の作業について教えてください。天野さんも膨大な量のイメージイラストを描いたと聞いています。

天野 連日泊まり込みで作業をしていましたね。アニメ業界入りたての頃に戻ったような感覚がありました。それが嫌で逃げたのに、また来ちゃったみたいな(笑)。ちょうどアニメをやめてイラストの世界に入って、一番忙しい時期と『天たま』の作業が重なっちゃって。押井君と同じように好き放題やっちゃった作品だと思っているんですが、とにかく大変でした。

押井 僕もこの仕事に関してはメチャクチャ苦労した記憶しかない。上から三番目までは確実に入ると思う。経済的にも大失敗だった。そもそも条件を付けていたんですよ、当時、映画監督は作家であるべきだと思い込んでいたから「ギャラはいらないから権利をくれ」って。いまでは自分の首を締めるだけだとわかっているけど、当時は「権利を持っているし、印税ももらえるし」とか思っていた。結局、全然売れなくて一年間無収入。これがホントに堪えて。

天野 そりゃそうだ(笑)

押井 まだフリーになったばっかりで貯金もないし、よく奧さんは我慢したなって思うよね。でも、いろいろなことに踏ん切りが付いた作品になったと思っている。自分の中のアート志向の部分に思いっきり全振りしてやるだけやって、その面白さを堪能することができたし、それがどういう結果を招くかっていうことも、痛いほどわかった作品でもあった。この経験を活かした結果が、エンタメを意識した『パトレイバー』に繋がっていったわけだしね。

天野 『パトレイバー』はエンタメ?

押井 エンタメエンタメ。って、いうか『天使のたまご』のときも「自分はエンタメの作家だ」って言い続けたんだけど、周りが信じてくれなくなっちゃって。全然仕事をもらえなくなったのはさすがに不味いなと思った(笑)。『(うる星やつら2)ビューティフル・ドリーマー』のときもエンタメの逆をいっていたので、けっこう腹をくくってはいたんだけど、あれは上手くいっちゃったじゃない。でもそれって『うる星』というベースがあったからなんだよね。海のものとも山のものともわからないオリジナルの『天使のたまご』とは、やっぱり全然違うわけ。
『パトレイバー』もちゃんとシリーズがあったし、そもそもロボットものだったので、それでお客さんを掴んで楽しませることができたし、いいものを見せれば「望んでいたものとは違うけど、これはこれで面白いじゃん」って許してもらえたわけ。そう考えると、やっぱり『天たま』はアクションが足んなかったのかなって(笑)。

天野 いやー、あれでいいと思うけどな(笑)。

押井 宮(宮崎駿)さんに言わせると、「デカい戦車出して、なんで一発もぶっ放さないんだ」というわけ。確かに、いま思えば街半分ぐらい吹っ飛ばしておけばよかったのかなと思うけど(笑)。あの頃はこれっぽっちも思わなかった。男の子が抱えているバズーカみたいな十字架もね。あれは背負っていることに意味があるのに、宮さんは「なぜあれで一発も撃たないんだ。出した以上は撃て」って。

天野 でも『天たま』は、そういうことをやらなかった作品だからこそ、たくさんの人の心に残っているんだと思うよ。

押井 そうなんだけどね。実際エンタメと逆方向に全振りしちゃったわけだけど、そのことで得られた良さというのは確実にあったと思うし、それをやりきったからこそ言えるようになったことも、もちろんあるわけで。だから作ったということに後悔はしてないんです。生活に困窮はしたけどね(笑)。

※「宮崎駿」の「崎」は「大」の部分が「立」になる字が正しい表記。

『天使のたまご』は、デジタルという新しい革袋にもう一度入れる価値のある作品

――そんな苦労を経て制作された『天使のたまご』を、この時代の皆さんに見てもらう意義はどこにあると考えていますか?

押井 それこそ旧約聖書じゃないけど、「新しい酒は新しい皮袋に」っていうところかな。いまの時代には4Kリマスターという技術があって、HDRがあって、5.1チャンネルがある。そうした技術革新によって、いままでは無理だった作品の潜在力みたいなものが引き出せるようになった。『天たま』は、そんなデジタルという新しい革袋にもう一回中身として入れる値打ちがある作品だと思うしね。
もともとアニメーションって情報量が少ないから、実写なんかに比べて4Kにするメリットはそこまで大きくないんだよね。それでも『天たま』は4Kリマスターにする価値があると僕は思っていて。というかむしろこの作品こそ4Kリマスターにふさわしいと確信している。

――そんなポテンシャルのある作品だと?

押井 そもそもこの作品については、DVDでもレーザーディスクでも、Blu-rayさえも、40年前の35ミリネガフィルムに込められている情報量を、全然引き出し切れてないっていう歯がゆさがあった。4Kリマスターならではの高精度の画像と、もっと広い音域で体験してほしいとずっと考えていたんだけど、僕の手を離れていた経緯から、それについてはずっと諦めていたわけ。その懸念が解決されて技術的にも可能となれば、そりゃ4Kリマスター版を作るよね。
作品の需要というのは、時代性や作る側の想いとか、見たいと欲している人の情熱で決まると考えているけど、40年の時を経て、生き残ってきた『天たま』という作品には、そうした要望に耐えうる力がある、そんな風に思ってはいた。

天野 僕としては、いままで『天使のたまご』という作品は、それを欲していた世の中の人たちには、それなりに行き渡ったと思っているんですよ。国内外のクリエイターやプロデューサー、スタッフをはじめ、思った以上に『天使のたまご』を知っている人が多くて。ニューヨークで個展やったときなんかも、壁にシーラカンスとか描いたら、それが何なのか皆わかるんですよ。アートが好きな人にも、浸透しているのにはビックリしました。認識としては「わかる人にはわかる」作品だと言ったらいいですかね。
そんな『天使のたまご』に対して、新たにリリースされる4Kリマスター版は、いままでの『天たま』を知る人や、何度も見てきたものとはまた違う、新鮮な驚きを感じられるものになっていると思います。その衝撃は、『天たま』という作品について聞いたことがあるけど、実際の映像は見たことがない、そんな新しい層の方たちにも感じてもらえるはず。「こんな作品だったんだ」という、そんな意外性にあふれる出会いの機会になるのではと、期待感はありますね。

押井 4Kリマスター映像になったことで、いままでのDVDやBlu-rayでは、見えなかったものが見えるようになると思っています。あとは、もう音響が決定的に違うんで。かつて、この作品を見たことがある経験者の方々は、あの当時の記憶とともに、新しく生まれ変わった『天使のたまご』を追体験してもらいたいですね。あとは、いまのアニメファンやサブカル好きな人たちに、どのように見てもらえるのかな? ということに興味があるかな。
僕としては「名前だけは知っている、押井という監督が作ったとんでもない作品があって」というところで立ち止まっている人たちには、怖いもの見たさでもいいので、ぜひ見てもらえたらなと思っています。最悪70分耐えればいいんだから(笑)

天野 そうだね(笑)

押井 『紅い眼鏡』みたいに、二時間耐えろと言っているわけじゃないので(笑)。そうしてでも、一見するべき価値はあると思うよ。