2022年11月のインタビューで、デビュー当時の思い出を語った楳図かずおさん

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 「漂流教室」や「まことちゃん」などで知られ、ホラーやギャグ漫画の新たな世界を切り開いた漫画家の楳図かずお(うめず・かずお、本名・一雄=かずお)さんが10月28日、東京都内のホスピスで死去した。88歳だった。関係者によると胃がんを患っており、療養中だった。葬儀は関係者で執り行われた。10月2日には小学館集英社プロダクションから最新作となる「連作絵画」を作成中であると発表されたばかりだった。

 独特のタッチで描いた作品で、多くの読者を恐怖と笑いの渦に巻き込んだ楳図さんが、生涯現役のまま静かにこの世を去っていた。

 8月に設立された「一般財団法人 UMEZZ(うめず)」は「葬儀は関係者のみで執り行った」とした上で「生前、楳図は自分の作品が世界中の人々に届いてほしい、永遠に読み継がれてほしいと願っていました。これまでご愛読、応援いただいた読者の皆様、お世話になりました関係者の皆様に深く感謝申し上げます」とコメント。自宅近所の住民によると、数週間前までコンビニに買い物に行ったり散歩をする楳図さんの姿を見かけたという。

 小学4年から漫画を描き始めた楳図さんは、高校3年時にデビュー。当初は少女誌向けの漫画を描いていたが、1960年代に入って「へび少女」「おろち」など、おどろおどろしい世界を創り出し、ホラー漫画の第一人者として注目され始める。その後、72年に連載が始まった、荒廃した未来の世界へ小学生らがタイムスリップする「漂流教室」が人気を集めた。

 一方で、76年から始まった幼稚園児が主人公の漫画「まことちゃん」は、ハチャメチャなギャグ漫画。中指と小指を折り曲げる「グワシ」のサインは、子どもたちの間で大流行した。楳図さんは2022年のスポーツ報知のインタビューで「『グワーッ』だと叫び声になっちゃうから、『シ』で締める。それで決めぜりふになった」と明かしていた。

 トレードマークは、高校卒業後から着るようになった紅白のボーダーシャツ。縞(しま)の太さを変え、全部で約30着を所持し、気分によって選んでいたという。もともとはやせた体形をごまかすためだった。

 95年に「14歳」の連載を終えた後は漫画から離れ、映画やバラエティー番組に精力的に出演。特長的な甲高い声でのトークは、タレント顔負けの面白さで人気を博した。22年に27年ぶりとなるアクリル絵画による101点の連作の新作「ZOKU―SHINGO 小さなロボット シンゴ美術館」を発表。現在は連作絵画「JAVA(ジャワ) 洞窟の女王」を制作中だったが、70年にわたる漫画家人生の幕を下ろした。

 ◆楳図 かずお(うめず・かずお)本名・一雄。1936年9月3日、和歌山県高野町生まれ、奈良県五條市育ち。小学校4年生で漫画を描き始め、高校3年生の時「別世界」「森の兄妹」をトモブック社から単行本で出版し、デビュー。75年に「漂流教室」などで小学館漫画賞受賞。2014年に映画「マザー」で初監督。18年「わたしは真悟」で仏アングレーム国際漫画祭の「遺産賞」、19年文化庁長官表彰、23年手塚治虫文化賞・特別賞を受賞。