軍の特殊作戦部隊の訓練基地を視察する金正恩総書記

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 北朝鮮はロシアの軍事同盟国としてウクライナに軍を派遣し、事実上の参戦に踏み切った。改めて経緯を振り返ってみよう。10月21日、国連安全保障理事会はウクライナ情勢を協議する公開会合を開催。イギリスが「北朝鮮が部隊派遣に合意した可能性が高い」と指摘し、アメリカは「危険で非常に懸念すべき展開だ」と強い憂慮を示した(全2回の第1回)。

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 一方のロシアは「恐怖をあおるデマを流すのに夢中になっている」と部隊の派遣を完全否定。だが、既にウクライナと韓国は“動かぬ証拠”を発表していた。

 まずウクライナが10月18日、北朝鮮の兵士がロシア国内の訓練場で装備品を受け取っている様子だ──と主張する動画を公開した。

軍の特殊作戦部隊の訓練基地を視察する金正恩総書記

 さらに韓国も同日、ウクライナで撮影された北朝鮮軍人の写真を発表した。韓国は北朝鮮の人物イメージデータベースを使い、軍人の写真をAIの画面認識技術を使って照合。すると80%以上の類似度で北朝鮮軍のミサイル技術者と一致したという。

 韓国の情報機関である国家情報院も18日に「今月8日から13日までの間、北朝鮮特殊部隊ロシア海軍の輸送船でロシアに送られた」とのプレスリリースを公表した。

 このプレスリリースを元に朝鮮日報(日本語電子版)は19日、「北朝鮮がウクライナ戦争に参戦…特殊部隊『暴風軍団』1万2000人を露に派遣、韓国情報機関が正式確認」との記事を配信した。

 記事によると、北朝鮮で最強の特殊部隊として知られる「暴風軍団」から、1500人以上の兵士がロシア領内の基地に送られた。国家情報院はロシア太平洋艦隊所属の艦艇が北朝鮮の港に入港し、1500人以上の兵士を乗せるとウラジオストックに向かったことを確認したという。軍事ジャーナリストが言う。

テロを実行する特殊部隊

「北朝鮮は国力が著しく弱体化しているため、軍も正攻法の作戦が行えないことは理解しています。例えば半島有事が起きた際、陸軍や空軍が連携しながら38度線を突破して韓国に攻め込む、といった作戦は実行不可能なのです。軍全体の戦力を向上させる余裕はなく、そのために核ミサイルの開発に軍事費を集中させるなど、かなり偏った軍備計画を選択してきました。同じ理由から北朝鮮は特殊部隊を最重要の戦力と位置づけ、テロ作戦の研究を積み重ねてきたのです」

 特殊部隊といえば、イギリス陸軍の空挺部隊SASやアメリカ陸軍のデルタフォースが有名だ。2001年に公開されたアメリカ映画「ブラックホーク・ダウン」ではデルタフォースとレンジャー部隊がアフリカのソマリアで軍事作戦を遂行する様子が描かれ、話題作となった。

 現代はテロの時代とも呼ばれる。SASやデルタフォースも対テロ作戦に力を入れている。だが暴風軍団が行っている「テロ作戦の研究」は意味が正反対だ。テロ組織の壊滅を目指しているのではなく、自分たちがテロ作戦を遂行するための訓練を積み重ねている。担当記者が言う。

「暴風軍団はゲリラ戦を得意とする軽歩兵部隊、情報・破壊工作を担当する狙撃部隊、空挺作戦を担当する航空陸戦部隊などから構成されています。2010年に朝鮮日報は暴風軍団の兵員は約4万人と報じました。半島有事が起きれば、暴風軍団は38度線の南進トンネルや上陸用舟艇などで韓国に侵入。韓国国内でゲリラ作戦やテロ作戦を実行すると見られています。2016年には暴風軍団が韓国大統領府の襲撃と要人を拉致する訓練を行い、北朝鮮の国営メディアが大々的に報じました」

食糧を与えられない兵士

 1500人という兵士は、いわゆる先遣隊のようだ。最終的には暴風軍団を中心に1万人を超える兵士がロシアに送られ、戦場でウクライナ軍と戦う可能性があるという。

 ところがどうも、ロシア側は暴風軍団をあまり“歓迎”していないようなのだ。朝鮮日報の日本語電子版は10月22日、「『ロシア当局が脱走した北朝鮮兵18人を拘禁…食糧を受け取れず陣地を離れる』 ウクライナ・メディア報道」との記事を配信した。

 記事によると10月18日、ウクライナ軍は朝鮮日報に「ロシアのクルスク州とブリャンスク州の間、ウクライナ国境から約7キロメートルの地点で北朝鮮兵士が集団脱走し、ロシア軍が彼らを捜している」と伝えていたという。

「注目ポイントは脱走した場所がクルクス州と報じられたことです。クルクス州は8月にウクライナ軍が奇襲作戦で越境攻撃を行い、今も州の一部を占領しています。これまでロシア軍はなぜかクルクス州で反撃らしい反撃を行わず、謎とされていました。軍事の専門家が様々な分析や推測を発表してきましたが、今回の脱走騒動でロシア軍が暴風軍団にクルクス州のウクライナ軍を攻撃させようとしている可能性が浮上しました。これが本当だとしたら、ロシア軍の兵員不足は深刻なのかもしれません」(同・記者)

 朝鮮日報の取材によると、暴風軍団の兵士が本気で脱走したかどうかは分からないようだ。脱走の嫌疑がかけられているのは暴風軍団の兵士約40人。彼らはロシア国内で訓練を受けた後、クルクス州内の森林地帯に配備された。ところが何の指示もなく、数日にわたって食糧さえ与えられなかった。

囚人兵よりはマシ!?

 約40人の兵士は陣地を離れていたところを発見され、“脱走兵”として拘束された。だが、彼らはロシア軍に「ロシア軍司令部を探すために陣地から離れた」と反論しているという。もし本当に数日にわたって放置され、食糧も届かなかったとしたら、彼らの気持ちも理解できないではない。

「これまでの北朝鮮軍は文字通りの“井の中の蛙”でした。国自体が国際的に孤立していたので、北朝鮮軍はロシア軍や中国軍と合同の軍事演習を行ったことがありません。さらに末端の兵士となると、農業に従事させられたり、暖を取るために燃やす流木を川で拾わされたりしているという情報が多く、軍としては崩壊しているとの指摘も根強かったのです。暴風軍団がどの程度戦力になるのか、これは北朝鮮軍の幹部でも『やってみなければ分からない』のが本音でしょう。ただしロシア軍は以前、恩赦を条件に囚人を兵士とし、激戦地に投入したことがあります。『囚人兵よりは戦力になるはず』と考えているのかもしれません」(前出の軍事ジャーナリスト)

 これまで北朝鮮はロシアに軍事支援を行っており、北朝鮮の弾薬や砲弾、対戦車ミサイル車両「火の鳥4号」などがウクライナの戦場で確認されている。

ウクライナは朝鮮語で「死ぬな」と呼びかけ

「それがとうとう兵士を“輸出”することになりました。ロシア軍はウクライナで自軍の人的損害を無視した突撃作戦を繰り返していますが、同じことを暴風軍団の兵士にも命令するのかは要注目です。ただし、暴風軍団に相当の被害が出たとしても、ひょっとすると北朝鮮は兵士の派遣を続ける可能性があります。というのは北朝鮮が参戦を決めた理由は、見返りとしてロシアのロケットや核開発の技術供与を求めている可能性が高いからです。もしロシアが要請に応じ、北朝鮮の核ミサイル技術が飛躍的な進歩を遂げた場合、極東の軍事バランスが大きく崩れることは間違いありません」(同・軍事ジャーナリスト)

 ウクライナは10月23日、北朝鮮の兵士に向けて朝鮮語で投降を呼びかける動画を公開した。共同通信が24日に配信した「ウクライナ、北朝鮮兵に呼びかけ 朝鮮語の動画で『死なないで』」との記事によると、「外国の地で意味もなく死んではいけない」というメッセージを強調した内容だという。

 他にも満足な食糧すら与えられていない暴風軍団の兵士がいて、もしその動画を目にする機会があったなら、彼の胸中にはどのような想いが去来するのだろうか?

 第2回【北朝鮮のロシア派兵に専門家は「病人同士が手を組んだ」と指摘…懸念すべきは北朝鮮の“核ミサイル技術”が飛躍的発展という悪夢】では、ロシアと北朝鮮が密接な軍事同盟を構築することで、北朝鮮の核ミサイル技術が飛躍的向上。日本全土を高い精度で核攻撃するという“悪夢”の可能性を、安全保障の専門家に分析してもらう──。

デイリー新潮編集部