yutoriは現在32ブランドを展開。5年で70に増やし「若者帝国」を築くことが目標だ(撮影:尾形文繁)

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小嶋陽菜さんのブランドを買収したyutoriの片石社長、ファッションに高い熱を持つ人物だ(撮影:尾形文繁)

アパレルブランドを複数展開するyutoriは8月、タレントの小嶋陽菜さんが代表取締役を務めるheart relation社の株式を51%取得し、子会社化した。

heart relation社は女性向けアパレルブランド「Her lip to(ハーリップトゥ)」などを手がける。小嶋さんは同社のオーナー・創業者で、現在はCCO(チーフクリエーティブオフィサー)として商品監修などを行っている。

買収金額は17億円と、昨年12月に東証グロースに上場したyutoriにとっては過去最大規模のM&Aとなる。今回の買収の経緯や狙いについてyutoriの片石貴展社長(30)に聞いた。

上場してから「大喜利」をしたかった

――heart relation社の前期売上高は29億円。yutori(前期売上高43億円)にとって、会社の規模でも金額でも過去最大の買収です。なぜheart relation社に目を付けたのですか。

僕の中では、大きなお金を伴う「大喜利」をしたかった。昨年にグロース市場へ上場し、次に買収するとしたら、大喜利みたいなものじゃないですか。上場の時期は審査の制約もあって大きな動きは取りづらいから。

買収先としてheart relation社は最高。みんなの想像をはるかに超える規模感で、お互いの戦略上の納得感もあった。こんなによいタイミングとチャンスはなかった。

狙い通り、反響はすごかった。ありとあらゆるところで拡散されて、シンプルに「こじはるすげぇ」という声が多かった。歴史上、アイドルから起業家に転身して、17億円のバイアウトをした人はいないんじゃないかな。

しかも、俺もこじはるさんも30代。若者同士がビッグディールをするのか、と。

――小嶋さんとはそもそも知り合いだったのでしょうか。

yutoriを創業したばかりの2018年に、共通の知り合いを通じてお会いしたのが最初で、こじはるさんは前のブランドをやっていた頃だった。

めちゃめちゃフラットな方で、成功体験にとらわれず、時代を見ながら新しいことを始めようとしていた点にフィール(共感)した。それからはお互い事業に集中していたが、SNSでの交流はずっと続いていた。

なので、創業時から今に至るまでのストーリーを近いところで見て、長い時間軸でお互いがどういうことをやっていたのかを把握していた。その意味で、今回の買収では互いに懸念はなく、かなりスムーズに進んだ。

――すると、声を掛けてから割とすぐに提携の話もまとまった?

今年になって急速に距離が接近したイメージ。当社の瀬之口和磨副社長と先方の安倉知弘社長の間で提携のきっかけになる話が立ち上がってから、4〜5カ月くらいかな。

heart relation社は経営も順調で、あくまでM&Aはオプションだった。自分たちの事業をより加速させるきっかけになるパートナーがいれば組むけど、そうじゃなければ組まないという。そこに僕らがズバッときた。


片石社長は歴史ある大手の傘下ではなく、同年代で一緒にやっていく点を強調する(撮影:尾形文繁)

こじはるさんだけでなく、会社全体として、僕たち「若者帝国」の連合軍というワードにすごく反応してくれた。これまでオールドスクールの大手企業の傘下に入ると、どうしても「守りに入った」という文脈で回収されてしまう。

今回のM&Aはそうではなく、同年代で同じ志の仲間になってむしろ切り開いていく側面が強い。買収額で協業が決まったわけではなかった。

こじはるの知名度は関係ない

――heart relation社をどういう点で評価していますか。

この5年でトップクラスで強烈に伸びた会社だ(2023年12月期実績は売上高29億円、営業益3億円)。それがどうやってできているのか、当社の1ブランドでも売上高が10億円程度なので、参考になる。

あれだけ熱狂的な世界観、熱狂的なファンを作れるのはすごい。それってこじはるさんの芸能人としての知名度とは関係ないですからね。

知名度のある人がやったからうまくいくかというと、そうではない。かなり細部にこだわったクリエイティブのチェックをして魂を吹き込み、自ら(ブランドと商品の)細部に神を宿らせにいっている。

――芸能人が手がけるアパレルブランドは過去にもありましたが、ここまで成功したケースは珍しいです。細部に、とのことですが、小嶋さんは具体的に商品開発などでどう関与されているのでしょうか。

僕も全部を見ているわけじゃないが、会社の成り立ち自体、(本人が)リスクをとって作られている。これまでのライトな関係性で芸能人が作るようなものとはまったく違うし、比べるのも失礼だ。

経営陣にもITベンチャーなどから来た人たちが入って、ビジネス的にスマートだ。若くて、クリエーティブも見ることができる人材もいて、組織として統率がとれている。その結果、創業者のこだわりと組織としての再現性を両立できている。

─今後、heart relation社をどう成長させますか。

これまでのM&Aは100%出資だったが、今回は51%。適度に自由な関係性の中でやっていくほうが、お互いにとってよい。買収しても「Her lip to」が今までやってきたことは変わらないし、こじはるさんもCCOとして在籍し続けるし、会社として自律的な意思決定をしてもらう。

上場以前まで親会社だったZOZOとの関係がすごくやりやすかったから、それを参考にした、というのもある。

――ZOZO傘下での自身の体験が今回の提携スキームにつながった?

M&Aしてから大きく事業が成長したケースは意外と少ない。それってよくないと思いますけどね。約束した期待値を買う側も買われた側も達成できないと「それ、筋通せよ」って。そこに対する憤りがあって、だから俺らも話題になったディールは成功させないといけないという思いがあった。

ZOZOはその俺らの熱意や反骨精神をくみ取ってくれた。自由に、放し飼いではないですけど、安心する後ろ盾になってくれたから、自分たちの若さを爆発させられた。

新しい世代で、ファッションにピュアな愛情があり、熱量を持って経済的に成長しようとしている会社は少ない。ファッション業界に支えられて成功したZOZOがそこを応援するのは、これまで紡がれた歴史の中でも美しい話として筋が通っている。

毎年1回は大きなアクションを起こす

――大手企業などへの株式売却は身売りととらえられて、自力での成長をあきらめたと受け取られることもあります。

それって短絡的で的外れ。そういうケースもあるかもしれないが、全部が全部そうじゃない。heart relation社はまだまだ伸びる。yutoriからも、インスタグラムのリールからどれだけ商品が売れたかといった実売マーケティングのノウハウなどを提供できる。現時点では、一緒に海外進出もできると考えている。


yutoriは現在32ブランドを展開。5年で70に増やし「若者帝国」を築くことが目標だ(撮影:尾形文繁)

heart relation社単独だと、新しくブランドを作る立て付けも難しかったと思う。良くも悪くも期待感が大きくなりすぎるというか。その点、マルチブランドの当社と一緒になったことで、ブランド立ち上げや海外展開といった新しい挑戦をしやすくなると思う。

こうした事業提携を含めて、会社の印象が大きく変わるような大きなアクションを毎年して、つねに興味を持ってもらえるように成長し続けたい。

――上場してもうすぐ1年、投資家からのプレッシャーは感じますか。

自分たちも事業を伸ばしていかないといけないというプレッシャーがある状態でやっているから、別にそれと変わらない。

むしろ、毎日値段を付けられることでインセンティブが働くじゃないですか。僕はプロデューサー的な思考が強いんで、いろいろな人に見られる中で自分たちがどうプレーしていくかというところに面白みを感じる。上場しているか否かでダイナミズムが全然違う。

とくに個人投資家はすごくちゃんと見てくれている感覚がある。YouTubeとかでの発信をチェックして、僕らの思いや考えをくみ取ろうとしてくれている。上場して悪かったことはとくにないですね。

コスメでも「めっちゃいけるじゃん」

――M&Aだけでなく、コスメなど事業領域も拡大させています。この先、アパレル企業の枠にはとどまらない?

Z世代とゆとり世代に対して、アパレルを軸に、買うこと自体が楽しいと思える商品を包括的に展開していく、っていうところかな。今後の大きな転換としては、メンズからレディスに行くだろう。アパレルとコスメを含めた嗜好品としてのマーケットは、メンズよりレディスのほうが大きい。

yutoriの売り上げは今でこそレディスとメンズが半々の割合だが、創業時はZ世代のメンズストリートから始まり、メンズで数字も伸ばしてきた経緯がある。だから今回レディスの「Her lip to」が加わるのは、かなりのターニングポイントだ。

コスメでは、他社と協業して開発した「minum(ミニュム)」で手応えとポテンシャルを感じた。洋服は同じ商品を繰り返し買わない商材だが、コスメは機能があれば基本的に繰り返し買ってくれる。

これまでやってきた商品開発やブランドの立ち上げを他業種でも再現できたので、「めっちゃいけるじゃん」っていう感覚ではある。新しい土地に入って、その土地の中で新しい芽が出つつあるので、どんどん種をまいて収穫できるなって。

――リーダー・プロデューサー職に特化した採用を始めるなど、人材戦略も独特です。

なんとなく「yutoriっぽい人」というのがあって。好きなものがあっても、マイノリティになった哀愁みたいなものを乗り越えてきた強さを持ち合わせた人がほしい。


片石貴展(かたいし・たかのり)/1993年生まれ。明治大学商学部卒業。2016年アカツキ入社。2018年4月に大学の同期らとyutoriを設立、社長を務める(撮影:尾形文繁)

そうした若者=はぐれ者みたいな子たちが継続的に取れている感覚はあるが、その若者の荒削りの才能に再現性を持たせるのがプロデューサーで、それを採用・育成するのが難しい。若い世代を中心としたクリエーティブな組織にどう継続性と再現性を持たしていくのかという問いは、今の時代にすごく刺さる。

日本のファッション業界はデザイナー社長が多いが、クリエーションしながら経営もできる人なんてそうそういない。例えば音楽事務所はプロデューサーとアーティストが別で、ファッション業界もそうあるべきかなと。

自分もクリエーティブは理解できるけど、ブランドをやっているわけじゃないし、経営を7〜8割くらいの感覚で成立させている。

けど、別にみんながどうこうというより、自分たちがいい場所にいることが大事。自分はプロデューサーをプロデュースして、対外的には「いい大喜利」をして、規模拡大を続けていきたい。

(井上 沙耶 : 東洋経済 記者)