【野田 洋人】「熊出没注意」看板を無視…!クマに喰われる危険を顧みず、山菜を採りに行く人たちの”知られざる正体”

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なぜ危険を冒してまで山に行くのか

今年に入り、過去に例を見ないペースでクマによる人的被害が続いている。秋田だけではなく、日本各地で事態が平静を取り戻す前に次の事件が発生しているのだ。

一度でも人間を襲ったクマは「人間=エサ」と認識する。そのような学習をしたクマが駆除されていない中で、自らの意志で山に入り、キノコなどの山菜やタケノコを採る人々がいる。

前回までの記事『「遺体はすでに硬直し、足は曲がったままで…」秋田でクマに襲われ死亡した男性の「第一発見者」が明かす「恐怖の現場」』で報じた、今年5月に佐藤宏さんがクマに襲われた発荷峠(秋田県)から熊取平(秋田県)、迷ヶ平(青森県)、四角岳(岩手県)、十和田奥入瀬(青森県)の周辺では、至るところに「熊出没注意」や「入山禁止」などと記載された看板が立てられている。

それでも山に入る人はいるのだ。

彼らはどうして危険を冒して山に入るのか。旬のものを食べたい気持ちは理解するが、クマと遭遇した際に起こりうることなどをどのように考えているのか。

微かに聞こえてきた歌謡曲

クネクネと曲がり続ける県境の細道に車を走らせる。秋田県から青森県に抜ける視界の開けた道を過ぎると、鬱蒼とした森林地帯に入る。道路脇の暗がりに隠れるように1台の地元ナンバーの車が停まっていた。

声掛けをしても反応はなし。しばらく耳を澄ませていると、腰の高さほどの藪の奥からは微かに歌謡曲が聞こえてくる。棒を持ち「こんにちは〜」と声を上げながら、薮を掻き分け山の中へと進む。

舗装道路からすぐ先は人間の気配のない暗い山中だ。登山道のような整備された道はなく、真っ直ぐには進めない。自分の位置や進んでいる方向などすぐに分からなくなる。ヘンゼルとグレーテルの童話ではないが、立木に目印をつけながら踏み跡を辿る。

周囲では鳥や虫が鳴き、風の影響か上方でしなる木々が擦れる音など賑やかである。呼びかける声が草木に吸い込まれ、自分の足音が妙に大きく響いた。この森では自分が部外者であることを強く認識する。

ここではクマが絶対的な強者である。武器のない生身の人間など捕食対象なのだということが身に染みる。取材者がクマに襲われるなど冗談にもならない。目印を決め、どこまで行って引き返すか思案しながら移動していると、頭にタオルを巻き、棒を持ち、大きなカゴを背負った男性が突然藪から現れた。

男性は明らかにこちらを歓迎していない不審な表情でこちらを見つめる。そして必要以上に大きな声で「なに?」「誰?」と続けて叫んだ。事情を話し、持参した缶コーヒーを渡す。

以下は山で「採り屋」あるいは「採り子」(山菜などを採って生活をしている人)と呼ばれる知られざる山人の話である。

明らかに増えてきた「大型のクマ」

「オレは子どもの頃から親父に連れられて山に入ってる。雪解けの頃の山菜からタケノコ、キノコなど。真冬を除いて、年中山にいる。クマの怖さは知っている。親父から教えられたのは、クマは臆病だから大きな音を出しておけば大丈夫だというものだった。

なので、カセットデッキを持ってきて好きな演歌を大きな音で流して『人間がここにいる』ということを、知らせるようにしている。

山ではハチやヘビ、猪も怖いが、最大の敵はクマだ。クマを寄せるから、食い物は山に絶対に持っていかない。以前は、クマが嫌いな木酢液を自分でつくり、さらに唐辛子を入れて煮込んだ液を周囲に撒いたりもした。おまじないのようなものかもしれない。仲間の中には自分の小便を集めておいて、それを撒く者もいるな。

クマについては個人的に勉強をしている。昔のクマと今のクマは性質が違ってきている。人間を恐れないクマが増えてきたと思う。

あるクマは、俺が大声出しながら近づくと、ダァッと走って逃げていたと思えば、いつの間にか近くの木陰からジッとこちらを見ていたりすることもあった。

そういうクマがいたかと思うと、オレの姿を無視したまま背中を向けて餌を食べ続けているクマもいる。それでも人間に向かっていきなり襲いかかるようなクマは、ほとんどいなかった。

変わってきたのは、ここ10年くらいだ。ハイブリッド(ヒグマとツキノワグマの交雑種)がいると噂が広まったのも、その頃からだった。それまで知っていたクマの性質とは違う、大型のクマが増えてきたことが原因だと思う」

襲いかかってきたクマが下半身を…

「仲間の中では、それまでいなかった大型のクマの話は常識のようなものだ。それが八幡平にあったクマ牧場から逃げてきたクマであるのか、奥山の方で餌が少なくなって下りてきたクマであるのか、わからない。

だけれど、凶暴なクマが増えてきたのは本当の話だよ。5年前には秋田県側の山でクマにやられたことがある。ナラの木に生えるキノコを採っていた最中に、木の上から目の前に落ちてきた。まさかいるとは思わなかった。

小柄なクマだったが、唸りながら下半身にむしゃぶりついてきて、そのまま倒されてしまった。たまたま厚着をしていたのが幸いした。顔を守りながら何度もクマを蹴ると、ようやく諦めて逃げていった。

膝の辺りを噛まれ、爪でもやられてひどく出血した。傷口からバイ菌が入って、2ヵ月近くは膿が出続けた。もう歩けなくなると思ったよ。“毒”が頭に回ると口がきけなくなったり、歩けなくなったりするなど、普通の生活を送れなくなる。結局、その冬は一度も山に入らずに家でじっとしていた。

今年の春先も、ウドを採りに山に入ったら、隣の山からクマの吠え声が聞こえたんだ。離れているので『大丈夫だな』と思っていたら、山を越えて俺から200メートルくらいの距離まできて、今度は威嚇の唸り声が聞こえました。

そろそろ離れようかと思った矢先、すぐそばの藪からクマが立ち上がって顔を出した。俺は慌てて動かずにしばらくジッとしていたら、興味失って逃げていったので大丈夫だった。隣の山から俺を追いかけてくるなんて、経験したことはなかったよ。何にでも興味のある若いクマだった。

今年のクマは違うな。「変な年」「嫌な年」だなと思ったんだ。山の変化が激しいのが原因だ。倒れるはずのない木が倒れ、増水で地形が変わる。クマの通る道も変化している。奥山にクマの餌のブナの実が十分にない年がある。一応周期があるようだけれど、ここのところの気候変動で山の中の様子も違っているんだな」

「クマの餌になる木が弱ってきている」

「ナラの木を倒す“ナラ喰い虫”という害虫がいる。ここらでは元々少なかったが、温暖化の影響なのか、南から北上してきて倒れるナラの木が増えてきている。ナラに比べると倒れにくいブナの木もよく倒れているな。つまりクマの餌になる木が弱ってきているのではねえかと考えている。

今年は梅雨時期もズレていた。梅雨になれば気温が下がる。もし、それが続くとどうなる?低温と日照時間が不足することで、里では苗の生育も悪くなる。山の中もそうだ。クマの餌が足りなくなるんだ。

逆に空梅雨でも雨不足になるし、そんな年には急な豪雨などが増えて、山に大きな影響がある。地球温暖化ということで天候が不安定だろう。人が立ち入らないような奥山も荒れているんだ。

山だけでなくクマの様子がいつもと違っている。用心のためにクマ鈴をつけている登山者がいるな。あんなもの、“人間の味”を覚えたクマには、逆効果だと思うよ」

「命がいくらあっても足りない」

「クマは我々人間よりも耳も鼻も鋭いんだ。俺がクマに気がつくずっと前に、ヤツらが先にこちらに気がついてる。それでも昔の臆病なクマなら唸ったりするだけで、近づいてはこなかった。

でも今のクマ、特にここらのクマは違うよ。熊取平や四角岳、発荷峠など、何の兆しもなくこちらに突っ込んでくるヤツがいる。これまでクマが少なかった八甲田にも、人を襲うクマがいる。

それも大きなクマが増えてきたと思う。遊び半分でも殺されてしまうよ。あんなのに出会った日には、命がいくらあっても足らないな。このままだと山に入る人などいなくなってしまうんでねえか」

男性はひとしきり話すと、なぜか突然、興味を失ったように黙ってしまった。

しかし、山で採れる山菜について聞いてみると、ふたたび饒舌に語り出した――。

つづく記事『「熊出没注意」看板を無視して「山に入る」人たちの“強烈すぎる本音”…「みんな旬の天然もの好きだろ」』では、“山人たちの言い分”にさらに迫ります。

「熊出没注意」看板を無視して「山に入る」人たちの“強烈すぎる本音”…「みんな旬の天然もの好きだろ」