要介護高齢者700万人…的外れな厚労省「訪問介護の報酬減額で人手不足に追い打ち」“お役所仕事”をやめなさい

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 要介護高齢者が700万人を超える日本。日本総研の「訪問介護事業所の現状と課題」によると、自宅で最期を迎える高齢者が2040年までに倍増することが見込まれ、在宅介護のニーズは今後ますます高まる。だが、訪問介護の有効求人倍率は昨年14.14倍と施設介護に比べても高い。そんな中で厚生労働省は訪問介護の介護報酬を2%引き下げた。一体なぜ……。フリー記者の池谷悟が解説するーー。

独身で生涯を過ごす「お一人様」高齢者も増加すると予想

 介護業界の課題には、大きく分けて2つの問題が存在している。それは、少子高齢化に伴う介護を担う人材不足と、介護保険の財源不足である。要介護高齢者の数は年々増加しており、2023年度時点では約717万人に達している。これは、介護保険が始まった2000年の256万人と比べると約2.8倍の増加となっている。この増加傾向は2042年まで続くと予測されており、介護需要の拡大とともに、人材不足や財源不足の問題がますます深刻化することが懸念されている。

 厚生労働省のデータによると、2023年度における介護保険サービスの費用(介護給付費+自己負担)は、在宅介護が4.8兆円で432万人、施設介護が3.6兆円で132万人となっている。一人当たりの介護費用を見てみると、在宅介護では年間111万円、施設介護では年間272万円が必要となり、施設介護の方が在宅介護に比べて160万円も高いことが分かる。施設介護は財政面で倍以上の負担を強いるだけでなく、利用者の自己負担額も高額である。

 現代は多様化の時代であり、自由に暮らせる在宅介護を希望する要介護者が増加している。

「介護が必要になったら、施設に入りたいか、それとも自宅で生活したいか?」と問われたら、ほとんどの人は、決まった時間に食事や入浴をする施設での生活よりも、住み慣れた自宅で自由に過ごしたいと考える。さらに、今後は独身で生涯を過ごす「お一人様」高齢者も増加すると予想されているため、介護の準備を家族ではなく、自分自身で行う高齢者が増えることが見込まれている。

 このような介護現場の実態や社会的背景を踏まえると、国は早く在宅介護の整備と拡充を進めなければならない。しかし、現実には厚生労働省は的外れな施策を打ち出し続けているのが現状である。

なぜか報酬が引き下げられた訪問介護

 介護人材の不足は、とりわけ訪問介護の現場で深刻な問題となっている。昨年の訪問介護における有効求人倍率は14.14倍と、施設介護の3.24倍に比べて非常に高く、2024年現在もその水準は高止まりしているとされる。このような人手不足が続く背景には、2024年4月に行われた介護報酬改定が関係している可能性が高い。

 介護報酬は3年に1度見直されて改定されるが、今年度の改定では訪問介護の報酬が約2%引き下げられた。この厚生労働省の判断は、書類上のデータに基づいた「お役所仕事」的な対応であり、現場で働く訪問介護事業者にとっては非常に厳しい現実を突きつけている。

 報酬が引き下げられた理由として、2023年5月に実施された「令和5年(2023年)度介護事業経営実態調査」の結果が挙げられている。この調査によると、訪問介護の収益率は+7.8%と比較的高く、全サービスの平均収益率である2.4%を大きく上回っていた。最も高かったのは訪問リハビリテーションで9.1%、次いで訪問介護の7.8%、訪問看護が5.9%と訪問系サービスが高い結果となり、反対に通所介護は1.5%、通所リハビリテーションは1.8%と低い数値だった。施設系サービスにおいては、特別養護老人ホームが-1.0%、介護老人保健施設が-1.1%と初めて赤字を記録し、介護医療院も0.4%で前年度比4.8%の低下を見せている。

 しかし、この調査方法には根本的な問題がある。訪問介護には、サービス付き高齢者向け住宅(いわゆる「サ高住」)に併設されている訪問介護と、一般の訪問介護が存在するが、これらが一律に扱われている点だ。サ高住の訪問介護では、同じ建物内でサービスを提供できるため、移動時間が短く効率が非常に良い。しかし、一般の訪問介護では、各自宅を自転車や自動車で回る必要があり、移動に10分から30分かかることもある。これにより、サ高住併設の訪問介護事業所と一般の訪問介護事業所では、業務効率や必要なコストに大きな差が生じる。

 さらに、介護サービスの提供だけでなく、契約や記録の回収、請求業務なども自宅を訪問して行う必要があるため、施設で一括して処理できる場合に比べて事務的な負担が高い。こうした背景を考慮せず、訪問介護全体を一律に評価してしまったことが、今回の報酬引き下げに繋がっているのである。

訪問介護の将来に不安を抱く介護職が増加

 この差異を踏まえ、厚生労働省は「訪問介護における同一建物減算」として、同一建物に居住する利用者への訪問介護サービスに対しては報酬を減算する仕組みを設けている。しかし、この減算はあくまで部分的な補正に過ぎない。そもそも一般の訪問介護にその分の報酬が上乗せされるわけではない。

 同じ訪問介護サービスであっても、その提供形態によって利益率には大きな差が生じる。サ高住のような施設併設型と、一般の訪問介護とではサービス提供の効率がまったく異なるにもかかわらず、これらを一律に評価してしまったことが、今年度の訪問介護報酬引き下げの一因となった。

 その結果、一般の訪問介護事業所では報酬が減らされる一方で、従業員の給与を引き上げる余裕がなくなっているようだ。訪問介護事業所からは「報酬が引き下げられたことで訪問介護の将来に不安を抱く介護職が増加し、就職を避ける傾向が強まっている」という声が漏れる。求人への応募数が減少し、人材不足がさらに深刻化しているという。この状況は、厚生労働省の施策設計におけるミスが招いた結果と言っても過言ではない。

 厚生労働省は、2024年9月の社会保障審議会介護給付費分科会において、訪問介護事業所の人材不足と高い有効求人倍率を問題視し、三つの人材確保策を打ち出した。具体的には、訪問介護の就業希望者が少ない理由として「一人で利用者宅に訪問してケアを提供する不安が大きい」という点を挙げ、人材確保に向けた研修体系の整備、ヘルパー同行支援のための経費補助、都道府県主体の職場説明会や見学会の開催、さらにヘルパーの仕事のやりがいを周知する広報活動といった施策が提示された。

 しかしながら、これらの施策は現実的な訪問介護事業所の雇用環境や労働環境の改善には直結していない。したがって、人材確保のための直接的な支援策とは言い難い状況である。

訪問介護の人材不足を解消するためには、まずはヘルパーの給与や労働環境を整備するための十分な介護報酬を確保することが不可欠だ。

 また、事業所における業務効率化のための自助努力を促すとともに、厚生労働省が義務づけている過剰な書類作成業務の負担を軽減することも必要だ。これにより、介護保険利用者が「ヘルパー難民」となり、訪問介護サービスを受けられなくなる事態を防ぐことができるだろう。この問題は今後解決すべき最優先の課題と言える。