「大量のネズミと糞にまみれた実家」子が見た絶望
1階のリビング。依頼主の父はここで主に生活していたようだ(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
病院で息を引き取った父の家に行くと、そこはネズミの巣窟になっていた。2階にあった子ども部屋は自分が住んでいたときのまま残されていたが、ネズミに荒らされ、床にはその糞が大量に散らばっていた。
本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。
亡き父のゴミ屋敷清掃を依頼した息子(40代)は何を想うのか。YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信する、ゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府)の代表・二見文直氏が当時の様子を語る。
動画:ネズミが飛び出すゴミ屋敷!6人で8トン分〜1日の片付けに密着〜
「使用済みティッシュ」で埋め尽くされたリビング
現場は大阪府内某所の住宅街にある3LDKの一軒家だった。
築年数は古いものの外観は立派なもので、外から眺めていると、中年の夫婦が定年後の時間を過ごし、働きに出た子どもたちがたまに帰ってくるような、至って普通の生活が営まれているように見える。
しかし、玄関の扉を開けた瞬間、動物の臭いがするのだ。ペットを飼っているわけではない。なぜなら、この家にはもう誰も住んでいないからだ。
使用済みのティッシュペーパーが大量に散乱する室内。これがネズミの巣窟となってしまった(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
【写真】「使用済みティッシュだらけの居室」「そこにネズミが巣くい、大量の糞が…」久しぶりに実家を訪れた息子が見た“絶望の光景”(44枚)
1階には居間と和室とキッチン。2階に上がると寝室と子ども部屋がある。最近まで一人で住んでいた父親は主に1階の居間を生活スペースとして使っていたようだが、大量の生活ゴミが散乱し、床がまったく見えない状態になっている。
空のペットボトル、チラシ、ゴミ袋……とくに多いのは使用済みのティッシュペーパーだった。ゴミに埋もれた毛布の上で寝ていたようだが、毛布の下からも使用済みのティッシュペーパーが大量に出てきた。
布団が敷かれており、そこで寝起きしていたようだが、ホコリとネズミの糞にまみれていた(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
「案外フカフカだったのでは?」と思ってしまうが、住環境としては決して良いものではない。すでにゴミの中からは「ガサガサ……」とネズミが這い回る音が聞こえているのだ。
毎日このスペースで生活していたにもかかわらず、こんもりとホコリが積もっている場所もある。掃除はまったくしておらず、生活を放棄していたのは一目瞭然だった。
枕にもホコリがこんもりと積もっている(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
寝ていた毛布に「大量のネズミの糞」
奥にある和室はさらにゴミが多い。パンパンに膨れ上がったゴミ袋が壁際に積み上げられている。
くすんだカーテンを開けて日の光を入れると、そこら中に黒い粒がこびりついているのがわかる。近くで見るとすべてネズミの糞だった。寝床にしていた毛布までビッシリと糞にまみれていた。
奥の洋室には、チラシなどゴミが入った袋が大量に積まれていた(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
一方の2階は散らかってはいるものの生活ゴミの類いはほとんどない。ただ、“綺麗にしていた”わけではなく、“使っていなかった”にすぎない。なぜなら、1階に比べてネズミの糞の量が倍以上に増えているからだ。
2階の和室にはセミダブルのベッドが一台置いてあったが、布団にこびりついた糞の多さから、ここはもはやネズミの寝床になっていたのかもしれない。
となりにある子ども部屋は、現在40代になる息子が幼少期に過ごしたときのままになっていた。床には漫画本が転がり、子ども時代の服や学校の教材もそのまま。しかし、床はネズミの糞だらけである。
懐かしいものがそのままだった2階の子ども部屋(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
2階の寝室にそのまま残されたベッドには、ネズミの糞が大量にあった(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
「今日は1階から片付けていきます。ネズミは基本的に2階の押し入れにいる可能性が高いので、上で(ネズミ駆除の)煙を焚いている間に、下を片付けていく予定です」
現場に入った、文直氏の弟でありイーブイのスタッフでもある信定氏がそう言うとおり、人の気配を察したのか2階の押し入れからも「ガサガサ……」とネズミが這い回る音がする。たしかに、1階で聞いた音よりも数が多い。
まずは1階から一気に片付けていく(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
妻にも実家のことは内緒にしていた
この一軒家には70代の男性が住んでいた。一緒に住んでいた妻は早くに亡くなり、そこからずっと一人暮らしである。そして、今回の依頼者である息子とは長らく疎遠になっていたという。
病院で男性が息を引き取ったことを機に息子が久々に実家へ戻ると、想像もしていなかった光景が目の前に広がっていた。
ゴミ屋敷と化した実家で父親が生活していたとは思いもしなかった(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
大阪から離れた土地に住んでいたということもあったが、肉親の状況をまったく把握できていなかった自分を恥じていたという。見積もりのときの様子を文直氏が話す。
「実家がゴミ屋敷になっていたことは父親が亡くなるまで知らなかったようです。そんな状況は恥ずかしくて誰にも言えないけど、誰かに頼らないことには解決しないと悟ったとのことで、こっそり私たちに連絡をくれました。実際、息子さんは一緒に暮らしている奥さまにはゴミ屋敷の件を内緒にしていました。なので、すべて一人で対応されていて、片付けの当日は仕事があるというので現場には来なかったです」
聞けば息子は見積もりの際も家の中にほとんど入ろうとしなかったという。そのため、遺品を取り出すようなこともないまま片付けの当日に至った。
依頼の内容は「貴重品以外はすべて処分してほしい」というものだった。それぞれの家庭にそれぞれの事情があるが、背景を知れば知るほど悲しい気持ちになる現場だった。
家の至るところに小銭が散らばっていたのも特徴的だった(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
午前10時、スタッフ6人で一軒家の片付けが始まった。2階でネズミを駆除している間に、1階のキッチン、居間、和室を片付けていく。
ネズミの糞が家中にあるので、作業用のマスクを装着してひたすら生活ゴミを袋に詰めていく。いつどこからネズミが出てくるかわからないので、スタッフたちはいつもより慎重にゴミを拾い上げていた。
キッチンにもネズミの痕跡がたくさん残されていた(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
依頼者の前で「絶対NGな行動」
「うわっ、出た!」
ゴミの中からネズミが飛び出してきたようで、信定氏が大きな声をあげてしまった。ただ、依頼主が立ち会う現場ではNG行動のひとつである。
中には目を背けたくなるほど汚れている現場もある。しかし、それを表情に出してしまえば、勇気を出して助けを求めてきた依頼主のトラウマになってしまうかもしれない。そして、また部屋を汚してしまうことがあったときに、そのトラウマによって業者に相談すらできなくなってしまう。
そのためイーブイでは、ゴミ屋敷に対する耐性がついていないスタッフを家の中に入れることはない。慣れるまでは外に停めてあるトラックにゴミを積み込む作業を担うことになる。
いつネズミに出くわしてもおかしくない状況の中、黙々と作業を進める(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
いきなり飛び出てきたので驚いてしまったが、ただ、そのネズミが意外に可愛らしいのである。
繁華街のゴミ捨て場にいるような大きなドブネズミではない。胴体はせいぜい10cmくらいのもので、尻尾を入れてようやく20cmほどの小さなネズミなのだ。そして、文直氏いわく、子どものネズミというわけでもないらしい。
「家に出るネズミって実はドブネズミじゃないんです。ほとんどクマネズミかハツカネズミなんです。ドブネズミと違って臆病なので、平気で人前に出てくるようなこともないんですよ」
床を走り回るネズミ(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
ネズミ駆除について書かれている自治体(千葉市)のホームページによると、日本全土に生息するネズミの種類は、15属10種類ほどといわれている。
このうち、住宅やビル内で問題を引き起こすのは、ドブネズミ、クマネズミ、ハツカネズミの3種類。総称して「イエネズミ」と呼ばれ、3種類とも病原菌等を保有していることが多いようだ。
ただ、月130軒のゴミ屋敷清掃をこなすイーブイの経験上、家にドブネズミが出ることは稀である。また、ハツカネズミも「クマネズミと同じような場所にいますが、生息数は多くありません」と同ホームページにあることから、ほとんどのケースがクマネズミであると思われる。
床が見えてきた1階の居間(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
見違えるように綺麗になった(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
ネズミの巣になりやすい状況
ふと思ったが、ネズミは見たことがあっても、「ネズミの巣」は見たことがない。一体、どんな姿形をしているのだろうか。
「イエネズミは、ビニールや布団の綿、紙などをかじってクシャクシャにして、その中で寝ていることが多いです。なので、ゴミ屋敷の場合はゴミの中にネズミの巣があるイメージですね。たまに巣から出て部屋に現れるわけではなく、常に部屋の中にいます」(文直氏)
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この一軒家は使用済みのティッシュペーパーが特に多かったこともあり、イエネズミにとっては余計に棲みやすかったのだ。
生ゴミを放置したままだとネズミもゴキブリも湧いてしまうが、ネズミの巣になるようなゴミもまた、放置するのを避けたいところである。
ゴミをすべて片付け終わると、床や畳の上にはネズミの糞だけが残った。それらをすべて掃いて作業は完了。6時間弱でネズミの巣窟になっていた一軒家は空っぽになった。
息子は最後まで現場には来なかったが、見積もりの際に文直氏に見せた“これですべて終わる”という心からホっとした表情が印象的だったという。
ネズミの糞が大量だった2階の寝室もすっかり片づいた(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
キッチンもゴミ類がすべてなくなった(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
【写真】「使用済みティッシュだらけの居室」「そこにネズミが巣くい、大量の糞が…」久しぶりに実家を訪れた息子が見た“絶望の光景”(44枚)
(國友 公司 : ルポライター)