岩手発・ヘラルボニー「福祉×アート」その先へ
盛岡を拠点にグローバルでの展開も見据える、ヘラルボニー代表取締役・松田文登さん(写真:筆者撮影)
「異彩を、放て。」をミッションに掲げ、「福祉×アート」の分野で急成長しているスタートアップ企業・ヘラルボニー。
双子で、ともに代表取締役の松田崇弥さん・文登さんが2018年に地元・岩手県で創業。以来、崇弥さんは東京、文登さんは盛岡と、それぞれを拠点にしながら、2024年にはパリに現地法人を開設し、海外進出を果たした。
その様子は9月20日、テレビ東京の『ガイアの夜明け』で取り上げられ話題になったばかり。盛岡市内の本社で松田文登さんを取材した記事を前後編に分けて掲載する。
(前後編の前編/後編はこちら)
“異彩作家”に支えられる会社
知的障害のある作家の手がけたアートを、さまざまなプロダクトや空間デザインとして展開し、作品のロイヤリティ(使用料)を作家に支払う。これがヘラルボニーの事業の基本的な構造だ。
ヘラルボニーでは作家たちを“異彩作家”と呼ぶ。「異彩作家の作品があるから、ヘラルボニーがある。僕らが障害のある人たちを支えていると思われがちですが、実際には僕らが異彩作家たちに支えられているんです」と文登さんは言う。
2人がヘラルボニーの前身「MUKU」の活動を始めたのは2015年。
それから10年足らずの間に、自社ブランド商品だけでなく、JR東海による東京駅構内の装飾、JALビジネスクラスのアメニティポーチといった大手企業とのタイアップ企画まで広がった。
【写真をすべて見る】ヘラルボニーの多彩な才能があふれる商品や松田兄弟の幼少期など(9枚)
東京駅の八重洲中央口きっぷうりばなどを異彩作家が描くアートで装飾するプロジェクトは2023年、JR東海とのコラボレーションで実現した(写真:ヘラルボニー)
ヘラルボニー契約作家4名が描くアート4作品をプレミアムエクステリアに採用した「Nikon | HERALBONY Z fc」はニコンイメージングジャパンとのコラボレーション。10月から、全世界合計800台の限定で販売が始まる(写真:ヘラルボニー)
年々、ライセンス契約を結ぶ異彩作家は増え、2024年8月時点で国内外に約240人。取り扱う作品数は2000以上に上る。
作家に支払ったロイヤリティの総額は過去3年間で15.6倍に増加。作家の家族から「初めて確定申告をした」「障害のある子どもの将来が不安だったが、希望を持てるようになった」といった声が届いているという。
商品の魅力で選ばれるブランドに
ヘラルボニーが展開する自社ブランドのオンラインストアには、ネクタイやワンピース、Tシャツ、名刺入れ……アパレルからライフスタイル雑貨まで多種多様なアイテムが並ぶ。どれも異彩作家の作品を大胆に全面で展開しているのが特徴だ。
独創的な色遣いのシルクスカーフや精緻な模様で彩られたネクタイは洗練された印象で、まるで海外のブランドを思わせる。モデルやデザイナーなどファッションに精通した人たちからもそのデザイン性の高さが評価されている。
(写真左)オンラインストアで販売しているシルク100%で作られたネクタイ。写真は八重樫季良さんの作品「(無題)(家)」をモチーフにしている。異彩作家の筆使いを再現する高度なシルクの織りの技術は、山形・田屋織物工房の職人による/(写真右)モデルの冨永愛さんがコレクションしていることでも話題になったJALビジネスクラスのアメニティポーチ(写真:いずれもヘラルボニー)
たとえば、ネクタイは1本3万5200円と決して安くない。この価格設定も、既存の福祉の枠組みではなく、今の社会の基盤である資本主義の中で障害のある人たちが正当な対価を手にできる仕組みを作るため。
同時に、障害のある人のアートという背景を知らなくても商品の魅力で選ばれるブランドであることが、結果的には障害や障害者福祉に対する価値観を変革することにつながるという信念の表れでもある。
「かわいそう」の悔しさが原点
双子の松田さんたちにとって、揺るがない使命感の根底にあるのは、4歳上で重度の知的障害を伴う自閉症の兄・翔太さんの存在だ。
幼いころから、兄弟3人はとても仲が良かった。だが一歩外に出ると翔太さんが馬鹿にされたり、「かわいそう」と心ない言葉を掛けられたり。
2人は何度も悔しい思いをしながら、世間が言う「ふつう」という価値観への疑問を募らせていった。
幼いころの松田さん兄弟(写真:ヘラルボニー)
兄の翔太さん(中央)を囲んで(写真:ヘラルボニー)
漠然と「将来は福祉に関する仕事をしたい」と思っていた2人がMUKUを始めたのは、ともに社会人2年目の夏。
東京の広告代理店で働いていた崇弥さんが帰省中に、地元・岩手の社会福祉法人が運営する「るんびにい美術館」(花巻市)で知的障害のある人たちのアートを目にしたのがきっかけだった。
高校時代、ヒップホップやグラフィティにはまり、美大時代はさまざまなアートに触れてきた崇弥さんだったが、執拗なまでに同じ図形を連ねた絵画やびっしりと色とりどりの糸で刺繍されたテキスタイルの迫力に圧倒された。
崇弥さんから作品を見せられた文登さん、そして2人の友人も「これはヤバい!」「こんなすげえの見たことない!」と衝撃を受け、「るんびにい美術館と一緒に何かしたい」と意気投合。
それぞれの仕事の傍ら、早朝や深夜にオンラインで相談を重ね、「るんびにい」の作家のアートを織り込んだネクタイを商品化するための構想を練り上げた。
「作家の幸せが第一」
文登さんは「るんびにい美術館」のスタッフと作家のもとに足を運び、自分たちの思いや構想を伝えてきた。作品をどんなアイテムに仕立てるのかを丁寧に説明したうえで、作家たちが喜んでくれる商品を世に出すためだ。
「るんびにい」の作家さんと松田さんたち(写真:ヘラルボニー)
作家たちと関わる中で、彼らが兄の翔太さんと同様、日々の中で強いこだわりを持っていることがわかった。それゆえに描き続けられる同じモチーフなどが、作品の持つ力強さや奔放さといった強いオリジナリティになっている。
言葉によるコミュニケーションが難しい作家も多いが、何度も顔を合わせ話をするうちに、文登さんの訪問を歓迎してくれるようになった。そして、商品のデザインを楽しみにしてくれている、と感じることも増えた。
一方で、自分の作品が商品化されることをどう思っているのか、長年一緒にいるスタッフでも、わかりかねることもあったという。
「そういうときは“待つ”こともあります。その瞬間だけで私たちの論理で判断することが、作家さんの幸せを摘み取ってしまうことがあってはならない。僕たちはいつでも作家さんの幸せを第一に考えてきたし、それが変わることはありません」。
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【後編に続きます→】
異彩作家・工藤みどりさんが描くアートを採用した、岩泉ヨーグルトアルミパウチパッケージ。今年6月、限定販売された(写真:ヘラルボニー)
石川県金沢市の酒蔵・福光屋とコラボレーションした純米吟醸。10代の異彩作家として注目を集める同市出身の作家・輪島楓さんの作品をラベルに起用した(写真:ヘラルボニー)
(手塚 さや香 : 岩手在住ライター)