小泉進次郎氏が、自身を見下す失礼な質問に見事な切り返しをし、称賛された。これについて、あなたはどんな感想を抱いただろうか。もし「嘆かわしい」などと思われたようなら、胸に手を当てて自分に聞いてみてほしい。「ある思想」に取りつかれていないかを。

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ジャーナリストの青木理氏が、ネット番組の中でジャーナリストの津田大介氏と対談を行い、「人々はなぜ自民党に投票し続けるのか」との問いに対してこのように言い放ったことが話題になっている。

「一言で終わりそう。劣等民族だから」

自民党は与党であり、選挙でそれなりに勝っているので、今の日本は「劣等民族だらけ」ということになってしまう。もちろん、個人の思想信条は自由なので、とやかく言うことではないが、ちょっと気になるのは最近、「正義」「平和」「平等」をうたう立派なジャーナリストの皆さんから、考えの異なる人々を蔑むような発言が増えていることだ。

【迷ったらフルスイング。】小泉進次郎氏、Instagramで決意を表明

「あなたが首相になったら、日本の国力が低下する」

例えば、少し前にはこんなことがあった。2024年9月6日、記者会見を催して、自民党総裁選への立候補を表明した小泉進次郎氏に、フリージャーナリストの田中龍作氏からこんな厳しい質問が飛んだのだ。

「小泉さんがですね、この先首相になってG7に出席されたら、知的レベルの低さで恥をかくのではないかと皆さん心配しております。で、それこそ日本の国力の低下になりませんでしょうか? それでもあなたはあえて、首相を目指されますか?」

すると、小泉氏は笑顔で「私に足らないところが多くあるのは、それは事実だと思います。そして完璧ではないことも事実です」と回答。さらに田中氏に名前を尋ねると、「このようなご指摘を受けたことを肝に銘じてこれから、『あいつ、マシになったな』と思っていただけるようにしたいと思います」と続けたのである。

このやりとりを受けて、ネット上では田中氏に対して「無礼」「知的レベルが高くない質問」などという批判が寄せられる一方で、小泉氏には「好感度が上がった」「侮辱してくる相手にこういう切り返しができるのは知的レベルが高い証拠」などと称賛の声が上がったのだ。

愚かな国民が増えた……知的レベルの高い人々の嘆き

これは、田中氏が気持ちを代弁した「知的レベルの高い皆さん」にとって、耳を疑うほどの「愚かさ」だろう。国外に出すのが恥ずかしいほど知的レベルの低い政治家を称賛するのは、その人が、その政治家よりさらに輪をかけて“知的レベルが低い”ということになるからだ。

実際、知的レベルが高いと自認している報道機関に勤める何人かの知人に話を聞いてみると、「田中氏の質問は悪くなかった」「小泉氏の知的レベルの低さに気付けないような愚かな国民が増えたことが今の日本の衰退の原因だ」なんて答えが返ってきた。

つまり、一部の知的エリートたちにとって、「小泉進次郎」というのは「踏絵」のような存在になのだ。この若手政治家を愚か者だと思いっきり踏みつぶすことができる日本人は知的レベルが高く、それができない者は理知的な判断力のない知的レベルに難ありな「愚民」。そして、そのような愚民が増えたことこそが、日本の国力低下につながっている、と考えているのだ。

日本人の知的レベルは世界1位。その一方で、国力は……

ただ、これは知的レベルの低い筆者のような一般人からすると正直あまりピンとこない。国民の知的レベルと国力はあまり関係がないように思えるからだ。

愚民だ知的レベルが低いだなんだと嘆いているが、実は日本は世界一の「知的な国」だ。世界中でIQ(知能指数)テストを実施するフィンランドのウィクトコムが発表した2024年版の「世界の知的な国ランキング」では日本が世界一。国別の平均IQは112.30と、世界平均の99.62を大きく上回っている。

これだけ知的な国民なのに、国力はタダ下がりしている。それを示すデータは山ほどある。例えば、スイスのビジネススクールの国際経営開発研究所(IMD)が毎年発表している「世界競争力ランキング」がある。日本はかつてバブル期に1位をとったがそれ以降は坂道を転がるようにランクを下げて2023年は35位。2024年たはさらに3つ順位を落として38位だ。

大統領や独裁者があらゆることを決められる国と違って、日本は根回しと調整で物事を決めていく「集団合議」の国である。どんなにIQの高いリーダーでも、集団をまとめる力がなければ何も前に進めることができない。知的レベルが高い霞ヶ関のエリートたちが自宅にろくに帰れないほどがむしゃらに働いてきた結果が、今の日本であることが全てを物語っている。

知的レベルの高い人が陥りやすいワナ

しかし、知的レベルの高い人たちはそう思わない。「知的レベルの低い人」というのは「恥」であって、国力の足を引っ張る存在だと信じている。

もちろん、個人の思想信条は自由だ。が、歴史に学べば、これはちょっと気を付けなくてはいけない。知的エリートが「愚民が国力低下につながるのでは」と言い始めると、たいがいロクなことにならないことが分かっている。

分かりやすいのが戦前・戦中と日本では空前の大ブームだった「優生思想」だ。当時、知的レベルの高い日本人はこぞって「日本の国力向上のためには、障がい者や犯罪者は子孫を残すべきではない」と主張をしていた。朝日新聞社の副社長だった下村宏氏もその1人だ。

逓信省(ていしんしょう)の役人としてベルギー留学後、台湾総督府勤務から朝日に転職した下村氏は当時、スター文化人としてラジオに出演したり、全国での講演活動で日本の国力向上に必要なことを説いて回った。その中でも重要なのが、知的レベルの低い日本人の「断種」である。

「私は今日日本の国策の基本はどこに置くかといへば、日本の人種改良だらうと思ひます。この點(とぼす)から見ますると、どうも日本の人種改良といふ運動はまだ極めて微々たるものである。それでは一體(いったい)その他の改良といふことは日本ではやらんのかといへば、人種改良の方は存外無関心であるが、馬匹改良はやつて居る。豚もだんだん良い豚にする。牛も良い牛にする。牛乳の余計出る乳牛を仕入れる」(1933年 児童養護協会「児童を護る」)

その後、下村氏は1937年に貴族院議員になり、その3年後に政府は「優生保護法」の前身となる「国民優生法」を成立させる。「人種改良を国策に」と主張していた下村氏が、この法律の成立に大きな役割を果たしたことは容易に想像できよう。

知的レベルの高い人というのは、どうしても知的のレベルの低い人を「恥」として見下してしまう。そして、自分が理想とする国や社会にとっては不必要だと排除をしようとする。

小泉氏や彼を支持する愚かな「劣等民族」に怒りを感じているそこのあなた、ご自分の胸に手を当てて「優生思想」に取りつかれていないか、ちょっと考えてみてはいかがだろうか。

※サムネイル画像出典:長田洋平/アフロ

この記事の筆者:窪田 順生
テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経てノンフィクションライター。また、報道対策アドバイザーとしても、これまで300件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行っている。(文:窪田 順生)