神宮外苑の再開発問題、生成AIの意外なリスク…新聞記者たちが語る「日本の現状と気候変動」

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気象庁の発表によれば、2024年の夏(6月〜8月)は平均気温が平年と比べ1.76度高く、特に7月は日本の平均気温は統計を開始した1898年以降、2023年の高温の記録を更新した暑さになりました。8月も西日本を中心に顕著な高温が続き、夏を通して積算した全国の猛暑日地点数は記録的高温となった2023年を大幅に上回りました。それは暮らしている我々が一番体感していることでしょう。

また、7月下旬には、山形県・秋田県などで記録的な大雨となるなど、北日本日本海側中心に降水量がかなり多くなり、雨が大雨となり、台風が嵐となる「狂暴化」もみられました。これらは様々な要因がありますが、「地球温暖化」も大きな要因だと報告されています。

国連は、そんな地球温暖化による被害を食い止めるために産業革命の前からの気温上昇を1.5℃以内に収めようと「1.5℃の約束」というキャンペーンを打ち出しています。「1.5℃の約束」といってもなんだろうと思う方も少なくないことでしょう。

そこで昨年に引き続き、メディアの気候変動報道を横断することを目的とした〈Media is Hope〉の取り組みに賛同した5つの新聞社(朝日新聞、東京新聞(中日新聞社)、日刊工業新聞社、毎日新聞、読売新聞/50音順)の記者の皆さんとの座談会を実施。現状を知ってもらうために行なっている記事づくりの工夫や葛藤、気候変動に関する話題を伝えていく中で感じる難しさなどさまざまにディスカッションしました。

2024年度座談会第1回では、まず「読者から反響のあった記事」の話題から。少しでも読者に関心を持ってもらうために日々意識していることとは?

(事前にアンケートを取り、その回答の順番に話を聞いています)

座談会に参加したメンバー(アンケート回答順)

東京新聞(中日新聞社)・福岡範行さん、毎日新聞・八田浩輔さん、日刊工業新聞社・松木喬さん、朝日新聞・香取啓介さん、東京新聞(中日新聞社)・押川恵理子さん、読売新聞・中根圭一さん

オブザーバー/Media is Hope・名取由佳さん、西田吉蔵さん

司会/FRaUweb編集部

「昔ってこんなに涼しかったんだ!」という声も

――気候変動や地球温暖化について発信する上で、多くの方に読まれた記事の切り口や方向性などがあれば教えてください。事前にアンケートに記入いただいた内容をお聞きしていきます。まずは東京新聞の福岡範行さん、「100年前の夏はこんなに涼しかった…東京の気温を「見える化」したら 2023年の異例ぶりくっきり」という記事について解説いただけますか?

東京新聞・福岡範行さん(以下、東京新聞・福岡)昨年の10月に公開した記事は、東京の都心で観測された夏の暑さを100年以上分、気象庁から入手し、それをクライメイトストライプ(気温を表した縞模様)の形で可視化し紹介したものです。

▼100年前の夏はこんなに涼しかった…東京の気温を「見える化」したら 2023年の異例ぶりくっきり

https://www.tokyo-np.co.jp/article/282145

紙面で掲載した際、読者から「昔ってこんなに涼しかったんだ!」というようなコメントがいくつか寄せられたので、Web記事として出す際にはあえて「100年前の夏はこんなに涼しかった」というキーワードで記事にしました。

昨年公開した記事ではありますが、今年暑くなってきたあたりから40年前の夏や50年前の暑さに関心を持っている読者を中心に多く読み返していただいています。読者のニーズに応えるという意味でも手ごたえを感じられましたし、読者の関心に応える大切さを改めて感じた記事でもありました。

気候変動を「ポジティブな言葉」で伝えるワケ

――続いて、毎日新聞の八田浩輔さんに伺います。まずは「「世界の終わりではない」気鋭のデータ科学者は地球の未来を楽観する」というタイトルの、データ科学者のインタビュー記事についてお聞かせいただけますか。

毎日新聞・八田浩輔さん(以下、毎日新聞・八田)昨年、英語圏で発売されとても話題になったデータ科学者のハンナ・リッチーさんの『ノット・ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド(世界の終わりではない)』という本があるのですが、こちらの記事はその発売直後に初めて日本メディアでインタビューをした記事で、よく読まれました。

本書で彼女は様々なデータを用いているのですが、地球温暖化を悲観的に捉えてしまいやすい中、彼女の発信するメッセージは「人類は健康や幸せを向上させながら環境への影響も減らすことができる」など非常にポジティブなものなんです。気候変動の問題に対して前向きなメッセージを発信するというのが、これまでにない意外性があって読者にも刺さったのかなと思います。

またこの記事の中で彼女も言及していますが、終末論的な言葉は時に有害となってしまい「できることは何もない」というメッセージとして伝わりかねない。だからこそ、この記事のタイトルも「世界の終わりではない」と希望を感じさせるようなものにしました。

▼「世界の終わりではない」気鋭のデータ科学者は地球の未来を楽観する

https://mainichi.jp/articles/20240124/k00/00m/040/098000c

NYの都市森林とは真逆の「明治神宮外苑の再開発工事」

毎日新聞・八田また「ニューヨークで考える神宮外苑再開発」という記事は、東京の明治神宮外苑再開発に引きつけて、ニューヨークの都市森林(アーバンフォレスト)が気候変動対策として捉えられていることを紹介したものです。

というのも、ニューヨークでは都市森林を育もうという取り組みをずっとやっています。そこの指標は「木を何本植える」とかではなくて、木の陰になる部分、地表に対する傘(陰)の割合を何年までに何%にしようという「樹冠被覆率※」を意識した取り組みをしているんです。

▼ニューヨークで考える神宮外苑再開発=八田浩輔(NY支局)

https://mainichi.jp/articles/20230912/k00/00m/030/022000c

※樹冠被覆率:ある土地の面積に対して枝や葉が茂っている部分(樹冠)が占める割合を指す

その取り組みは今の明治神宮外苑の再開発工事とは真逆です。また、日本は木を植えることだけで止まってしまっている部分もあるが、そもそも科学的に緑の傘にはどういった効果があるのかなど、都市における「気候変動対策としての都市森林」という観点で記事にしたものです。この「樹冠被覆率」が東京都議会でも議論になったという背景もあって、より反響があったのではとも考えています。

岸田首相が国連本部で「演説をさせてもらえなかった」理由

毎日新聞・八田岸田首相が国連本部で「演説をさせてもらえなかった」裏舞台の詳報をまとめた「日本、気候サミットで演説できず 出席も見送り 各国問われた「野心」」も注目を集めました。

昨年岸田首相が国連総会で本部に来た際、同時に世界の気候変動対策をリードする国や企業のトップが集う、アントニオ・グテーレス事務総長主催の「気候野心サミット」というものも開かれていました。日本政府はそこで演説をしたいと準備をされていたのですが、グテーレス氏の「野心を持ってこなければ演説をさせない」というルールに則り、「基準を満たさなかった」と判断され、岸田首相は演説することができなかったのです。

「野心」というものをどう捉えるのかというところで、国際社会と日本のギャップが浮き彫りになった現場の1つではないかと思います。

▼日本、気候サミットで演説できず 出席も見送り 各国問われた「野心」

https://mainichi.jp/articles/20230921/k00/00m/030/366000c

生成AIの使用がエネルギーの大量消費につながっている!?

――「AIが渇望する水」という記事は、多くの人に驚きを与える記事だと思いました。普段から「chat GPT」といった生成AIを使う方も多いと思うのですが、そんな方々にも「知らず知らずのうちに大量に水を使ってしまうんだ」ということを伝えていますね。

毎日新聞・八田実は今、「生成AI」が電気や水といったエネルギーを大量消費するということですごく懸念されているんです。Googleなどは2023年までのカーボンニュートラルを目指しています。ですが、実際には最近の「生成AI」の開発によってむしろ消費エネルギーやCO2排出量が増えており、とても野心的な目標の達成が危ぶまれる状況になっているんです。そういった「生成AIがもたらす気候と環境へのリスク」というところを強調した記事です。

▼AIが渇望する水=八田浩輔(NY支局)

https://mainichi.jp/articles/20240327/k00/00m/030/108000c

突然空調が使えなくなる可能性が……

――では次に、日刊工業新聞社の松木喬さんに伺います。事前に伺ったアンケートによると、「洋上風力発電」とか「地域活性化」といったテーマの記事がより読まれていたとのことですが、改めてご解説いただけますでしょうか?

日刊工業新聞社・松木喬さん(以下、日刊工業新聞・松木)身の回りには工場やスーパーなど、空調をたくさん使っている施設があります。たとえば「社内空調、突然使えなく!?…”空調の2024年問題”を知っていますか?」と題した記事では、空調機器や冷凍・冷蔵庫の冷媒として一般的な「代替フロン」への規制が2024年から厳しくなっていて、今使っているフロンがだんだん使えなくなってくる。そして知らずに放置してしまうと、ある日突然空調が壊れて冷媒を入れ替えようとした際に、空調が使えないという状況に陥る可能性がある、ということを伝えました。

▼社内空調、突然使えなく!?…“空調の2024年問題”を知っていますか?

https://newswitch.jp/p/41533

――日刊工業新聞社さんは企業に向けた記事を多く発信していらっしゃるメディアだからこそ、やはりそのニーズに合わせたものがよく読まれているということですよね。

風力発電を日本の巨大エネルギー産業にするために

日刊工業新聞・松木ほかにも「「浮体式洋上風力」50万kW級でスタートを…日本、見劣り懸念」という記事では、風力発電を日本の巨大エネルギー産業にするために必要な視点や、思わぬリスクについてお伝えしています。

日本は風車を海外から輸入しています。しかし浮体式(風車が海に浮いている洋上風力発電)を1本建てるとかではなく、一気に50本とか100本建てないと、風車メーカーに「日本は魅力的な市場じゃない」と判断され、韓国や中国が優先されるようになり、結果日本が風車を調達できなくなってしまう可能性があるんです。

▼「浮体式洋上風力」50万kW級でスタートを…日本、見劣り懸念

https://newswitch.jp/p/40735

このままでは風力発電を日本の巨大エネルギー産業にする道も閉ざされかねない。そんな今の現状に対して、自然エネルギー財団がまとめた提言を掲載したところ、多くの読者に読んでいただけました。

もうひとつ、「浮体式洋上風力で雇用約100人…人口減少の離島で起きた“再生エネ経済革命”の実態」という記事は、浮体式洋上風力発電1基の稼働をきっかけに10億円規模の電力事業が立ち上がり、再生エネ関連で100人近い雇用を生み出すなど、大躍進を遂げた五島列島の長崎県五島市に実際に足を運んで取材したルポです。洋上風力だけじゃなくて現地の企業が取り組んでいる再エネを使った街づくりをも取材しました。

人口3.4万人(2023年11月末時点)ほどの島でいきなり売上高10億円の事業ができるというのは本当にすごいことです。

――気候変動とかビジネスによって地域が回っていくというのは、やはり希望を感じさせるものですよね。

▼浮体式洋上風力で雇用約100人…人口減少の離島で起きた“再生エネ経済革命”の実態

https://newswitch.jp/p/39342

日本は「脱炭素ビジネス」で出遅れている

日刊工業新聞・松木「三菱重工・川崎重工・日立など挑む…CO2直接回収「DAC」、脱炭素強化で存在感」と題した記事は、空気中からCO2を直接回収する「DAC(ダイレクト・エア・キャプチャー)」という脱炭素技術が登場したことを受けて、アメリカ・テキサスで商用化のプラントが作られていることを紹介したものです。アメリカではビジネスとして始まろうとしているけれど、日本はいまだにオールジャパンで技術開発ができていない。日本はまだこういったビジネスで出遅れている印象です。

――「存在価値」というものを日本は今後どのように出していけるのか、改めて考えさせられる記事ですね。

▼三菱重工・川崎重工・日立など挑む…CO2直接回収「DAC」、脱炭素強化で存在感

https://newswitch.jp/p/39696

日刊工業新聞・松木「米国に商機あり、コニカミノルタの「ガス監視ソリューション」とは?」という記事は、コニカミノルタの「ガス監視ソリューション」システムがアメリカで売れていることをお伝えしたものです。このシステムはカメラで撮影した画像によって、石油・ガスプラントから漏れている目に見えないメタンを見えるようにするというものです。バイデン政権の気候変動対策に重点を置いたインフレ抑制法によって、メタンの漏れの発見というところにインセンティブがついているので、こういう商品が売れているという背景があります。日本ではまだ脱炭素ビジネスがあまり育っていない中、アメリカでは商品が売れる市場ができてきています

▼米国に商機あり、コニカミノルタの「ガス監視ソリューション」とは?

https://newswitch.jp/p/41210

◇2回目の記事では朝日新聞社、東京新聞社、読売新聞社で「読まれた記事」を伝えます。

〈Media is Hope〉とは?

気候変動の正しい知識や今の状況、どんな意識を持って過ごす必要があるのかを広く読者に知ってもらうために、各メディアがタッグを組み、メディアの気候変動報道を強化することを目的とした組織です。

構成/FRaU web 野澤縁

昔の日本とは明らかに違う…新聞記者たちが「地球沸騰化時代の到来」に危惧すること