海宝直人、木下晴香、浦井健治らによる日本版初演 ミュージカル『ファンレター』が開幕
日本版初演となるミュージカル『ファンレター』が、2024年9月9日(月)に東京・シアタークリエにて開幕する。
本作は韓国創作ミュージカルを代表する人気作で、2016年の初演以降、韓国で度々再演され、中国でも14都市で上演され話題を呼んだ作品。今回が初演となる日本版では、演出を栗山民也が手がけ、海宝直人、木下晴香、木内健人、斎藤准一郎、常川藍里、畑中竜也、浦井健治が出演。前日に行われた公開ゲネプロのレポートをお届けする。(上演時間:約2時間40分 ※20分の休憩含む)
物語の舞台となるのは、1930年代の京城(現在のソウル)。セフン(海宝直人)はある理由から、亡くなった小説家ヘジン(浦井健治)の友人で、現在は留置所にいる小説家イ・ユン(木内健人)を訪ねる。そこでユンは「ヘジンが恋人ヒカル(木下晴香)に最後に宛てた手紙を持っている」と言い、それと引き換えにセフンにある謎を明かすよう迫る。なんとしても手紙を手に入れたいセフンは、隠してきた秘密を語り始める――。
東京に留学していた文学青年セフンは、自身が日本で使っていたペンネーム「ヒカル」の名で、尊敬する小説家・ヘジンに“ファンレター”を送り親交を深めていた。セフンは東京から戻るが実家に居場所がなく、京城の新聞社で手伝いを始める。作家を志す彼がそこで出会ったのは、文学会「七人会」のメンバー、イ・ユン、イ・テジュン(斎藤准一郎)、キム・スナム(常川藍里)、キム・ファンテ(畑中竜也)、そして憧れの小説家ヘジン。セフンは早速ファンレターのことを話そうとするが、ヘジンが肺結核を患っているうえ、心を通じ合わせてきたヒカルを女性だと思い夢中になっている姿を見て、話すことができない。セフンはこれまでどおり手紙を書き続け、完璧なヒカルであろうと決心するが……。
文人たちの物語だからこその叙情的な台詞、そして美しい音楽で紡がれていく本作。だがその軸を孤独な青年セフンが背負っているからだろう。危なっかしくハラハラして目が離せず、そこに強烈に惹きつけられる。海宝はその危うさを、高い歌唱と演技力で繊細に表現していく。セフンはひとつ変われば作品そのものの印象がガラッと変わるキャラクターだと思うが、彼から滲み出続けるピュアさが物語を引っ張り、一つひとつをまっすぐに届けてくれる。控えめな性格のセフンの内側に広がる豊かな文学が歌声で表現されるナンバーも印象的。物語が進むにつれ静かな佇まいからポロリポロリと孤独や文学の存在の大きさがこぼれ、その度にセフンという人物の色が増していくようだった。
そのセフンのペンネームである「ヒカル」を演じるのは木下。ヒカルはセフンから生まれる存在であるため、冒頭からラストまでさまざまに変化していくのだが、木下がどのヒカルも力強く魅せていく。中でもセフンが「完璧なヒカルであろう」と決めてからめきめきと輪郭がハッキリしていく様は見事。そしてそこからの変貌もまた目を見張るものがあった。キッパリとした美しさ鮮やかさは魅惑的。ヘジンが惹かれ、執着するわけがすんなりと見える。またヒカルが持つ「独特な文体」はこの舞台では当然文章ではなく音楽で表現している。そういったナンバーもおもしろく、ヒカルが登場する度にその輝きがさまざまな痕跡を残していった。
浦井の演じるヘジンは才能ある小説家という役柄だが、文人ばかり出てくる本作の中でも異質な存在感を放ち、ヨレヨレの服、ぼさぼさの頭、猫背で脱力しぼそぼそとした喋り方。猫背のままの歌唱、ぼそぼそしているのに聞き取りやすい台詞に驚かされつつも、その歌声からヘジンがどんな作家であるかがありありと感じられることに感動する。また常にテンションは低めであるが、ヒカルのことを話す時にだけキラキラっと輝いたり、じっとりと湿ったりする感じも印象的で、セフンとは違う方向で目が離せない人物を演じていた。
木内演じるユンを筆頭に、文学界のメンバーもそれぞれが魅力的。ユンは冒頭のやりとりでヒールにも見えるのだが、文人としての想いや理想、そして欲望を全身に詰め込んで生きているがゆえの行動であることが随所で感じられる。その姿から、この作品に込められた芸術の価値への問いかけや朝鮮の歴史(舞台となる1930年代は日本統治時代でもある)、弾圧と闘ってきた文人たちの想いもしっかりと受け取ることができるのだった。
最後まで固唾を飲んで見守る展開の中、ミュージカルそのものの魅力も改めて感じられる作品。ぜひ劇場で味わってほしい。
公演は9月9日(月)から30日(月)まで東京・シアタークリエ、10月4日(金)から6日(日)まで兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホールにて上演。