綾野剛

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Netflixのギャラは約5倍

 オリジナルドラマ「地面師たち」(全7話)が大ヒット中のNetflixに、テレビドラマが俳優を奪われている。Netflixの制作費とギャラは、ともにテレビドラマの約5倍以上あるからだ。CM収入が伸びていないため、テレビドラマの制作費とギャラはここ5年ほど据え置かれている。このままだとテレビドラマ界は深刻な事態に陥る。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】

【写真】実際の「地面師」事件の土地に誕生した高級タワマン。舞台となった古旅館「海喜館(うみきかん)」の外観も

 芸能事務所にとってNetflixの存在は光明だ。仕事が増え、収入もアップしたからだ。

 1997年に米国で生まれたNetflixが、日本でサービスを開始したのは2015年。同年には、桐谷美玲(34)が主人公の下着メーカーのOLに扮したドラマ「アンダーウェア」も制作した。その後も実写のドラマ、映画を年間2〜8本つくっている。

綾野剛

 しかもNetflixの経済感覚は米国式なのか、気前がいい。テレビドラマの場合、プライムタイム(午後7〜同11時)の1時間作品の制作費は1回当たり平均3000万円だが、Netflixの1時間作品の制作費はその約5倍。1億円を軽く突破している。

 ギャラも約5倍。テレビドラマの場合、主演俳優のギャラは1時間作品で1回当たり100万円台半ばから300万円程度だが、Netflixの1時間作品に主演すると、ギャラは1000万円を軽く超える。

「地面師たち」にチンピラヤクザのオロチ役で出演したお笑いコンビ・マテンロウのアントニー(34)もギャラは良かった。

 アントニーは8月25日、読売テレビと中京テレビが制作するローカル情報番組「上沼・高田のクギズケ!」に出演。MCの上沼恵美子(69)から「Netflixってギャラええんや思うんですよ。だから、役者さんの目の輝きが違う」と水を向けられると、「僕レベルで『あっ、こんなもらえるんだ……』」と、打ち明けた。

 テレビドラマの場合、5、6番手の俳優のギャラは1回当たり10万円から20万円程度。この金額では生活に困ってしまいかねないから、俳優たちはやむなくほかの作品と掛け持ちをする。

 このところ俳優の掛け持ち出演が増えたが、一番の理由はテレビドラマのギャラが安いからである。中堅以下の俳優を担当するマネージャーは、いかに割のいい仕事をさせるかに頭を悩ませている。NHKは景気に左右されないものの、ドラマのギャラは民放の約半分。どの局もテレビドラマの仕事は厳しいのだ。

 一方でNetflixは制作費がふんだんにあるから、豪華キャストも実現できる。「地面師たち」には綾野剛(42)、豊川悦司(62)、小池栄子(43)、染谷将太(31)、リリー・フランキー(60)、池田エライザ(28)と主役級の俳優が揃った。今のテレビドラマでは不可能だろう。

金でテレビ界は勝てない

 2月に配信されると世界的ヒットとなった「忍びの家 House of Ninjas」には賀来賢人(35)、江口洋介(56)、高良健吾(36)、木村多江(53)、柄本時生(34)、吉岡里帆(31)、山田孝之(40)、宮本信子(79)らが出演。やはりテレビドラマではこの布陣を敷けないはずだ。

 Netflixは今後も話題作、大作の配信を控えている。まず9月19日には1980年の女子プロレス界を描いた「極悪女王」を配信開始する。主人公のダンプ松本役はゆりやんレトリィバァ(33)。ライオネス飛鳥役は剛力彩芽(32)が演じる。東出昌大(36)との不倫問題で一時は世間から猛批判を浴びた唐田えりか(26)が長与千種に扮する。

「新幹線大爆破」もある。故・高倉健さんが主演した名作映画のリメイクだ。健さんから寵愛された草なぎ剛(50)が主演し、「シン・ゴジラ」の樋口真嗣監督(58)がメガホンを執る。美術費などの問題から、これもテレビドラマ化は不可能だろう。配信時期は今後決まる。

 まだある。第1作の「ゴジラ」(1954年)を撮り、無冠の巨匠と呼ばれた本多猪四郎監督による隠れた名作「ガス人間第一号」(1960年)をリメイクする。配信時期の発表はこれから。小栗旬(41)と蒼井優(39)が出演する。

 この2人の顔合わせも今のテレビドラマでは難しいのではないか。ギャラの問題より、制作環境が問われるからだ。蒼井は近年、テレビドラマの仕事を減らしている。

 Netflixは撮影期間がテレビドラマの2倍以上はある。1クール(3カ月)放送するテレビドラマは撮影期間も約3カ月だが、Netflixのドラマは10回分を半年以上かけて撮る。時間がたっぷりあるから、俳優は監督と議論を行いながら撮影に臨める。俳優側には魅力だ。

 Netflixが2022年に配信し、満島ひかり(38)と佐藤健(35)が主演した「First Love 初恋」(全9話)の場合、撮影に約1年も費やされた。テレビドラマの約4倍の時間だ。その分、高く評価された。

独立組の強い味方

 撮影が長引くこと自体に不満を訴える俳優はいない。良い作品をつくるために撮りが長引くのなら、仕方がないのだから。Netflix作品の場合、十分なギャラも支払われているので、余計にそうだ。

 Netflixの台頭によって思わぬことも起きている。かつては芸能界で冷や飯を食わされた独立組が、ダメージを避けられるようになった。

 テレビドラマ界の力が低下したためである。かつては俳優に独立された芸能事務所が各局に対し、「起用するな」とプレッシャーをかけた。俳優は困った。しかし、今の俳優にはNetflixや映画があるから、テレビドラマに頼らなくても済む。

 2016年末にSMAPが解散したあと、いまだ草なぎはフジ系以外の民放ドラマに出演できないが、これも困らない。「新幹線大爆破」で十分に存在感が示せるはずである。

 一方、各局はCM収入が回復しないため、1回当たり3000万円の制作費の確保すら難しくなっている。今年に入ってから放送されたドラマの中には制作費が2500万円を切った作品もある。もはや節約して乗り切れるレベルではない。プロデューサーはドラマのクオリティを高めることより、いかに予算を切り詰めるかで頭がいっぱいになってしまうだろう。

 制作費不足のドラマは瞬時に分かる。通常のドラマよりカット(場面)数が少ないからである。カットとは、同じ構図の映像。カット数が多いほど見応えが出る一方、少ないと退屈な映像になってしまう。

 プロの俳優以外のタレント、お笑い芸人が起用されやすいのも制作費不足のドラマに見られる特長。演技のプロでなく、ドラマ出演の実績も少ないと、ギャラが安く抑えられるためである。

 ドラマの質を決めるのは「1に脚本、2に俳優、3に演出」というのが国内外の古くからの常識だが、制作費が不足していると良質の脚本もつくりにくい。脚本家が執筆に時間をかけられないからだ。

 Netflixの7月18日の発表によると、世界全体の会員数が2億7765万人。6月までの3か月間に会員は805万人増えた。躍進が続いている。

 日本の会員数は推定810万人。NHKの受信契約総数が2023年度末の時点で4107万件だから、もはやNetflixは一部のマニアのものではなくなった。

 テレビドラマ界にとっての危惧は、俳優たちにないがしろにされるようになってしまうことではないか。既に「ドラマに出るのは顔を売ってCMを取るため」と、冷めた言葉を口にしている芸能事務所スタッフもいる。

 テレビドラマ界は有料配信との制作費格差、ギャラ格差をどう埋めるか真剣に考えるべき時期だ。Amazonプライム・ビデオのギャラもテレビドラマの5倍程度あり、いずれは考えなくてはならない問題なのだから。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。

デイリー新潮編集部