なぜトランプのような破壊的存在が出現したのでしょうか(写真:ロイター/アフロ)

南北戦争以来の「内戦」は起こるのか。ウクライナは見放されるのか。日米安保は破棄されるのか。

アメリカ・ウォッチャーの第一人者である会田弘継氏が、共和党全国大会を直前に迎えた今、『それでもなぜ、トランプは支持されるのか:アメリカ地殻変動の思想史』を上梓した。アメリカ政治に起きている地殻変動とは何か。同書の「序論」を一部編集のうえ、転載する第1回(全3回)。

「亡霊」としてのトランプ

ゴジラはなぜ、何度も何度も、日本に戻ってくるのか――そう問いかけた文芸評論家がいた。その問いから、繰り返し繰り返しつくられるゴジラ映画の持つ、深い意味を探っていった。


同じように問いかけてみるべきだろう。ドナルド・トランプはなぜ、またアメリカ大統領選に戻ってくるのか。そして、なぜ選ばれて、2大政党の一方の大統領候補になってしまうのか。そこから、現象としてのトランプの持つ意味を深く考えてみなければならないだろう。

ゴジラが繰り返し日本を襲うことの意味を探ろうとした文芸評論家は、次のことに目を向けた。ゴジラが南太平洋での核実験で放射能を浴び突然変異を起こした古代恐竜の一種であると気付いた古生物学者・山根博士は、怪獣の脅威を力で物理的に消滅させようとする方針に反対した。

なぜゴジラのような存在が出現したのか。その「生命力」の不思議をわれわれは「研究」すべきだ、というのが彼の主張である」(加藤典洋『さようなら、ゴジラたち――戦後から遠く離れて』岩波書店、2010年、152頁。太字は筆者)。

第一作当時の映画の制作者らの発言を引けば、ゴジラは南太平洋での水爆実験に対する抗議の意味が込められた存在だ。

だが、多くの観客を動員し次々とつくられたゴジラ映画を作品本位でみていくと、それほど単純な話ではないことに文芸評論家は気付いた。戦後を通してゴジラが何度も繰り返し(すでに30回?)日本に戻ってくるのは、ゴジラが南太平洋をはじめ南方で無念の死を遂げた兵士たちの「亡霊(revenant=再来する者)」だからだ。ゴジラは、「戦争の死者」を表象している。戦死者の慰霊を含め、戦後の問題は何も解決できていない。だから、ゴジラは何度でも戻って、日本の観客の心に訴えかけるのだ、と。

とすれば、繰り返し戻ってきて、多くのアメリカ人の心情のどこかに訴え、熱狂的なまでに支持される、あるいは恐れられるトランプは、何の「亡霊(revenant)」なのか。

トランプは病因ではない、病状なのだ。原因ではない、結果なのだ、というのはアメリカを観察する者にとっては、いまではほぼ常識となっているはずだ。少なくともアメリカの学識者の間では共通認識であろう。ところが、どうも日本ではそのことがよく理解されていない。

「トランプが民主主義を破壊している」と、よく聞く。「民主主義」が「アメリカ社会・政治」、あるいは「国際秩序」といった言葉にも置き換えられる。メディアに登場する専門家や識者らの説明だ。

だが、どこかズレていないか。逆に、民主主義が壊れたから、あるいはアメリカ社会や政治、そのアメリカ主導でつくられた、自由で開かれたとされる国際秩序が行き詰まったから、トランプが登場したのではないか。そのトランプだけを力で押しのけようとしても、ムダかもしれない。

なぜトランプのような破壊的存在が出現したのか、その「生命力」の不思議をわれわれは「研究」すべきだ。山根博士の主張に即していえば、そういうことになる。あるいは、対症療法だけしてもムダだ。病因を絶たなければならないということになる。

「トランプが民主主義を破壊している」というような単純な話ではなく、トランプを生み出したアメリカの病とその原因を探らなければ始まらない。トランプという怪物は繰り返し戻ってくる。それはどんな無念を抱く、数多くの戦死者の「亡霊」(再来)なのか。

「忘れられた人々」に言葉を与えた

2022年に急逝した、優れたアメリカ研究者であった中山俊宏・慶應義塾大学教授は、トランプの奇矯な行動ばかりに気をとられると「その底流で起きている現象を見逃してしまいがちだ」と自戒を込めて、警鐘を鳴らしたことがあった。「現象の深度」に目が届かないかもしれない、と。

そして、トランプは「忘れられた人々」の間にとぐろを巻いて存在していた不満に言葉を与え、誰もが思ってもみなかった共振現象を起こしているとみた(中山俊宏『理念の国がきしむとき――オバマ・トランプ・バイデンとアメリカ』千倉書房、2023年、108-109頁)。

「幸福な国はトランプを大統領に選んだりしない。絶望している国だから選んだのだ」。トランプ派として、主流派(すなわち進歩派)メディアから袋叩きにされている元FOXニュースの政治コメンテーター、タッカー・カールソンが著書『愚者の船』(2018年、Ship of Fools:未邦訳)に記した言葉だ。「人々はトランプを選ぶことで、政治家やエリートたちに向かって『クソ食らえ』といっているのだ。それは軽蔑の所作であり、怒りの叫びであり、何十年にもわたった身勝手で英知もない指導者らの、身勝手で英知もない決定の帰結なのだ」。カールソンはこう述べたうえで、断固たるトランプ支持者となった(Tucker Carlson, Ship of Fools, Free Press, 2018, p. 3.)。

このカールソンによるトランプ支持の、一種のねじれた論理からも、いまアメリカが抱える困難な状況が浮かび上がってくる。

では、トランプが映し出す「底流で起きている現象」あるいは忘れられた人々の「絶望」とは、どのようなものなのか。

それはカールソンがいうように、この何十年かアメリカが歩んで来た道にかかわる。トランプ(元来は民主党である)が乗っ取ってしまった共和党叩きをしても、何も始まらない。なぜ、トランプ支持者らがクリントン夫妻やバラク・オバマ元大統領を蛇蝎のごとく嫌うのか。今日の人々の「絶望」は二大政党が「共犯」となってもたらした結果であるからだろう。

経済格差がすべての問題の背景にある

トランプが繰り返し戻ってくるアメリカの、人々のいまのありさまをみてみよう。

今日のアメリカの民主主義が抱える諸課題の根本的な背景は、経済格差である。これがアメリカ知識社会が達した結論である(アメリカ芸術科学アカデミーが建国250年[2026年]に向けて行っている民主主義再構築のための作業が生んだ2つの報告書“Our Common Purpose” [2020], “Advancing a People-First Economy” [2023]参照)。

格差は学歴(大卒以上と高卒以下)、地域(大都市・近郊とそれ以外、沿岸部と内陸)……で広がる一方だ。また、かつては親の収入を超えていった子の世代が、それを超えることができなくなっている問題も起きている。機会の平等や持続的成長といった、アメリカンドリームを支える基本的要素を享受できる人が限られて、「階級社会」が生まれだしている。それを「封建社会」とまで呼ぶ学識者もいる。過去数十年のプロセスを経て、アメリカはアメリカではなくなりつつあるのだ。

格差の実態を至近のデータでみてみよう。

2023年第3四半期のアメリカの世帯資産をみると、上位10%が全世帯資産の総計の66・6%を占めている。このグループの平均世帯資産は650万ドルだから円換算すると10億円近い。これに対し下位50%の世帯資産は全体の2・6%を占めるだけだ。このグループの平均世帯資産は5万ドルだから、750万円程度だ。アメリカが人口10人の国家だと仮定すると、10人の資産合計の7割を1人が握っており、下位の5人の資産は全員分合わせても一人の金持ちの25分の1程度ということになる。やる気を失わせるような格差ではないか。さらに学歴での資産格差をみると、高卒が世帯主の家族は大卒の家族の5分の1ほど、さらに高校中退以下となると10分の1である(The State of U.S. Wealth Inequality, Feb. 05, 2024, Institute for Economic Equity, Federal Reserve Bank of St.Louis.)。

統計数字を並べてもピンとこないだろう。ジェフ・ベゾス、ビル・ゲイツ、ウォーレン・バフェットという三人の富豪の資産を合計すると、アメリカ国民の下位50%の資産合計額に並ぶといったら、これがまともな国かと思うだろう(ニコラス・D・クリストル、シェリル・ウーダン『絶望死――労働者階級の命を奪う「病」』村田綾子訳、朝日新聞出版、2021年、32頁)。

格差がトランプを生んだ

こうしたすさまじい格差の底辺で、資産のみならず学歴も世襲されて固定化した階層社会ができあがった。

そこをはい上がることのできない低学歴の白人労働者階級の間では、死亡率が上がっている。自殺、薬物中毒、過剰な飲酒に起因する肝疾患を原因とする彼らの死は「絶望死」と名付けられるようになった。他の先進国にはみられない異様な事態だ。「封建社会」どころか、死者まで生み出すのだから、今日のアメリカの資本主義は暴虐な圧政に似た状況を生んでいるともいえる。

そうして「絶望している国(人々)」がトランプを生んだのである。トランプが格差を生んだのではない、格差がトランプを生んだのだ。

(会田 弘継 : ジャーナリスト・思想史家)