認知症によって社会的な手続きができなくなったときの対策について解説します(写真:KY/PIXTA)

結婚しても子どもをもたない夫婦、いわゆる「おふたりさま」が増えている。

共働きが多く経済的に豊か、仲よし夫婦が多いなどのメリットはあるものの、一方で「老後に頼れる子どもがいない」という不安や心配がある。

そんな「おふたりさまの老後」の盲点を明らかにし、不安や心配ごとをクリアしようと上梓されたのが『「おふたりさまの老後」は準備が10割』だ。

著者は「相続と供養に精通する終活の専門家」として多くの人の終活サポートを経験してきた松尾拓也氏。北海道で墓石店を営むかたわら、行政書士、ファイナンシャル・プランナー、家族信託専門士、相続診断士など、さまざまな資格をもつ。

その松尾氏が、認知症によって社会的な手続きができなくなったときの対策について解説する。

認知症で困るのは「本人確認」が必要な手続き

老後を考えたとき、誰もが気になるのが「認知症」の問題ではないでしょうか。

認知症は加齢とともに有病率が急激に高まることが知られています。


ちなみに、有病率は80代後半で男性の約35%、女性の約44%、90代後半になると男性の約51%、女性の約84%とされています。

世界でもトップレベルの長寿国である日本において、認知症は誰にとっても他人事ではありません。

そして恐ろしいのは、自分は認知症を発症するのか、するとしたらいつごろなのか、本人も含めて誰にもわからないことです。

医学や生活環境の進歩によって、多くの人たちが長生きできるようになったのは喜ばしいことですが、反面、備えるべきリスクが生まれているのです。

認知症を発症して判断力が低くなると、どんな問題が起こるのでしょうか。

日常生活に不便をきたすのはもちろんなのですが、さまざまな場面において、本人確認が必要な手続きなどで困りごとが増えることが予想されます。

というのも、法律は基本的に「本人」の判断を重んじるようにできているからです。

とくに近年は法意識の高まりを受けて、さまざまな場面で厳格な本人確認が求められます。

認知症が進行して本人の理解力・判断力が失われてしまうと、本人確認が必要な手続きは基本的にできなくなってしまいます。

本人確認を求められる手続きとは、次のようなものがあります。

【本人確認を求められる手続きの例】

●預貯金の引き出しや解約
●株や投資信託などの変更や解約
●不動産売買や施設入所をはじめとする契約の手続き
●遺言の作成
●自分が相続人となる際の相続手続き など

これらのことができなくなってしまうと、資産は凍結状態になってしまいます。

銀行口座が凍結されれば、振り込みや引き出し、振り替えや解約などの各種手続きができなくなります。もちろんATMも使えなくなります。

なお、金融機関の窓口では、本人が窓口で自身の名前や生年月日が言えるかどうか、直筆で署名ができるかを、判断力が残っているという判断基準にしているケースが多いようです。

家族や子どもが「代理で」手続きできるケースも

とはいえ、金融機関については子どもなどが「代理で」手続き可能な場合もあります。

認知症などによって預金者本人の認知機能・判断力が低下しているケースについて、社団法人全国銀行協会は次のような指針を出し、特例として家族による預貯金の引き出しを認めています。

【不測の事態における預金の引き出しの条件】

●本人が認知症などの診断を受けていること
●引き出すお金が本人のために必要であること
●預金の引き出しを行おうとする人が、本人の家族であること

ただし、これはあくまでもガイドラインであり、緊急時の家族の引き出しを認めるかどうかは、各金融機関によります。A銀行では引き出せたが、B銀行では引き出せないということがあるわけです。金額上限や回数上限の設定も、金融機関によってルールが決められています。

預金のある金融機関の対応について、あらかじめ確認しておくとよいでしょう。

では、親の代わりに契約など法律行為の代理権を行使したい場合、あるいは子どもがいない人、子どものいないおふたりさま夫婦の双方が認知症になってしまうリスクを対策するには、どうなるのでしょう。

本人に代わって財産管理などを行う「成年後見制度」

認知症対策としてまず挙げられるのは、「成年後見制度」です。

成年後見制度は、認知症や知的障害、精神障害など、判断力が十分ではない人の代わりに、権利や財産を守ることを目的に、重要な判断などを支援する制度です。

そして、後見人は、本人である被後見人の代わりに次のようなことを果たします。

【後見人の主な役割】

●預貯金や不動産などの財産管理、収支管理
●遺産分割協議をはじめとする相続手続き
●介護・福祉サービスの利用契約や施設入所・入院などの契約の締結、医療費
の支払い、履行状態の確認などの身上保護
●悪質商法のような不利益のある契約を本人が結んでしまった場合、契約の取
り消し など

ちなみに、本人の意思であらかじめ後見人を指定する「任意後見制度」と、判断力が不十分になってから適用される「法定後見制度」(家庭裁判所が選任)があります。

しかし、「成年後見制度」にはデメリットもあることで知られています。

【成年後見制度のデメリット】

●財産管理に厳しい制限がある
●いったん開始したら、原則としてやめられない
●費用がかかる(後見人や後見監督人への報酬)

では、成年後見制度のほかに、何か方法はないのでしょうか?

制約も多い後見制度の代わりに、近年注目を集めているのが「家族信託」です。

家族信託は、保有する預貯金や不動産などの資産を信頼できる人に託して、信託財産として管理や処分を行ってもらう財産管理の方法です。

下図のように、財産の管理をする人と利用する人を分けられるのが家族信託の特長です。この特長を生かして、判断力が十分なうちに財産の管理を任せられる人に委ねてしまうのが、家族信託を活用した認知症対策の基本的な考え方です。


あらかじめ信頼できる人(受託者)に財産の管理などを託しておけば、認知症による口座凍結などを防ぐことができます(図表:『「おふたりさまの老後」は準備が10割』より)

事前に財産を管理する人(受託者)に財産を移転するので、仮に本人(委託者)の判断力が低下してしまっても、財産管理には支障ありません。

成年後見制度のような制限がないため、資産運用や相続対策を意識した資産の移転など、柔軟な財産管理が可能です。

事業を営んでいる場合、自社株を信託財産にすることによって事業承継に活用する方法もあります。

家族以外にも委託でき「子どものいない人」も利用可能

家族信託は多くの場合家族間で行われますが、家族以外の人に財産管理を託すこともできます。

子どものいない人などのケースで、受託者の使い込みなどが心配なら、士業などの専門家に信託監督人を依頼して受託者をチェックしてもらうこともできます。

認知症対策としても、ある意味遺言代わりとしても使える家族信託は、非常に使い勝手のいい制度です。

老後準備を考えるうえで検討する価値は十分にあるといえるでしょう。

(松尾 拓也 : 行政書士、ファイナンシャル・プランナー、相続と供養に精通する終活の専門家)