責任と業務量が増えるのに、給料はそれほど上がらない――それ以外にもう1つ、管理職が「罰ゲーム」になっている要因がある、といいます(写真:jessie/PIXTA)

出世なんてしなくても、有名にならなくてもいいから、本当に「やりたいこと」を見つけ、それを誰にも壊されないような働きかたを見つけたい。

そう思っている人は多いはず。でも実際は、そんな「幸せな仕事」を見つけるのは至難の業に思えてしまいます。

「『幸せな仕事』が見つからないのは、『見つけるための方法』を知らないから、かもしれません。私は、その方法を、自分の個性を磨くことと、誰かの役に立つことを両立させるマーケティングの考え方から学びました」

そう語るのは、マーケティングの視点をキャリアに転用することで、多くのメンティーを救ってきた井上大輔氏。

働きかた小説『幸せな仕事はどこにある――本当の「やりたいこと」が見つかるハカセのマーケティング講義』を上梓した井上氏に、管理職が「罰ゲーム」と言われる理由を深掘りしてもらいます。

令和の世に高まる管理職の苦悩

令和の管理職は大変です。部下の働き方や、残業時間に十分に配慮した管理が求められる一方で、会社からチームに課される目標は必ずしも甘くなっているわけではありません。すると、どうしても埋まらない差分は、自分自身でカバーするほかなくなりがちです。


一方で日本では、一般的には昇進による給料の上昇が諸外国と比べて穏やかなことが知られています。終身雇用・年功序列を前提とした雇用システムでは、全社員に生涯賃金を払い続けることを前提として、緩やかに昇給のカーブを設計する必要があったからです。

能力主義が浸透してきたとはいえ、多くの企業がそんなシステムをゼロから見直したわけではありません。負担が増しているのに給料は変わらない。それでは割に合わない。そう考えるのには確かに一理あるのです。

それに加えて、実はここにはもう1つの負担が隠れています。それは、本来中間管理職には必ずしも必要とされない、「リーダーシップ」までをも強く求められている、という「見えない重り」です。

今や管理職は罰ゲームだ、などと言われますが、タダでさえ厳しい耐久レースにそんな見えない重りまでつけられたのでは、あながちそれも大げさではないと思えてきます。

この「見えない重り」ついて、理解を助ける1つのエピソードを紹介させてください。

40代の前半で会社を辞めて独立し、今は経営者として活躍しているかつての同僚がいます。名前を仮にジョージさんとしましょう。

ジョージさんは、会社員時代、あまり評価されているとは言えませんでした。いや、周りから見れば正当に評価されていたとは思うのですが、彼が希望するマネージャーへの昇進はなかなかかないませんでした。

そんな状況に業を煮やしてなのか、もともとそういうキャリアプランだったのか。その真相はわかりませんが、ジョージさんはある日、わりと藪から棒に会社を辞め、自らインターネット関係の会社を立ち上げます。その後事業は順調のようで、先日も同社の大型資金調達を報じたニュースを、はからずも目にしたところでした。

独立して成功するような人は、会社員としても出世頭だったに違いない。直感的にはそう思いますが、実は必ずしもそういうわけでもないのです。

実際、スティーブ・ジョブズ氏やイーロン・マスク氏が、地方銀行の係長として課長とうまくやっている姿はなかなか想像できないでしょう。社長と係長は、同じ管理職でも、本来まったく性質の異なる仕事なのです。

リーダーは指導者、マネージャーは管理者

そこにあるのは、係長が「マネージャー」なのに対して、社長は「リーダー」であるという違いです。この「リーダー」という言葉は、日本語の文脈では5〜6人の小グループの長、といったイメージでしょう。

しかし、本来英語のリーダーとは、国や民族、信仰を同じとする人たちをリードする人を表す言葉です。会社で言えば社長か、対象を広げるとしてもせいぜい経営陣(リーダーシップ・チーム)ぐらいまでがリーダー、というイメージです。

要はリーダーとは「指導者」なのです。フォロワーが向かうべき方向を指し示し、そこにフォロワーを導く人です(誰かに何かを教える人、指導する人、という意味での指導者ではありません)。

それに対して、マネージャーは「管理者」です。管理者の仕事は、チームのアウトプットを最大にすることです。同じ材料と同じ数のアルバイトを与えられたとき、ハンバーガーを1日1000個作る管理者は、100個作る管理者よりマネージャーとして優れている、ということになります。

我々はハンバーガーではなくおにぎりを作るべきだ! などという大きな方向性・ビジョンを、現場のマネージャーが突然指し示したりしたら、チームは混乱するばかりでしょう。それはリーダー=経営陣の仕事なのです。

経営陣は「マネージメント」などとも呼ばれることもあるので少しややこしいのですが、これは株主(オーナー)の視点から経営陣を見たときの表現です。

お金を出して会社を設立した株主(オーナー)は、経営陣にその会社の管理を任せています。日々の運用はあなたたちに任せますから、しっかり管理してくださいね。株主はそんな思いを込めて、経営陣を「マネージメント」と呼んでいるわけです。

この2つを混同してしまうことの弊害はバカにできません。よくあるのは、「管理者」として有能な人がその能力を買われて出世の階段を駆け上っていき、ある日「指導者」になった時点で突然機能しなくなってしまう、というケースです。

これには、そもそもの資質の問題もありますし、トレーニングの問題がそこに覆いかぶさります。資質もなく、トレーニングも受けていない人が、ある日突然「リーダー」を任される。それでうまくいくのは宝くじが当たるようなものでしょう。

先ほどのジョージさんのケースはこの正反対といえます。高いリーダーとしての資質を持っていながら、マネージャーとしての資質が足りないばかりに組織では上にあがれず、結果そのリーダーシップを発揮する機会に恵まれないというパターンです。

本来ならそれほど必要とされないリーダーシップがないことを負い目に感じて、適正のある人がマネージャーになるのをためらったり、重荷に感じてマネージャーの職を降りたりしてしまうケースもあります。これこそがまさに、この記事の本題である「リーダーシップの見えない重り」です。

戦後の復興期、それに続く高度経済成長期には、リーダーが明確にビジョンを示さずともやるべきことは比較的明確でした。足りないものを作り出し生活を豊かにする。先行者を追いかけ、そして追い越す。そんなゴールがはっきりしていたからです。

しかし目の前の崖を登り切って開けた高台に出た現在、リーダーはこの先どこへ向かうのか? というビジョンを明確に示す必要に迫られています。

一方で、長らくマネージャーとリーダーが混同されてきた日本では、専門的な教育が不十分なままそんな難題に直面するリーダーも少なくありません。そうしてリーダー自身がリーダーシップの重みに戸惑う中で、会社や社会が中間管理職にも必要以上にリーダーシップを求めるようになるのはある意味自然といえます。罰ゲームとまで言われる管理職の苦悩は、こうしてここに完成するわけです。

「フォロワーでありマネージャーである」はありえる

マネージャーにリーダーシップがまったく必要ないかというと、決してそういうわけではありません。係長、課長、部長、本部長、役員とトップに近づくにつれ、その仕事は次第にマネージャーの色彩を弱め、リーダーの色彩を強めていきます。

しかし、例えば係長レイヤーのマネージャーに、ビジョンを示してメンバーを導く強力なリーダーシップは多くの場合必要とされません。

リーダーとの関係でいえばフォロワーで、メンバーとの関係でいえばマネージャー、という立場はごく当たり前にありえるのです。

にもかかわらず、会社も社会も本人すらも、無意識のうちにマネージャーに必要以上のリーダーシップを求めることで、多くの人のキャリアの選択肢が大幅に狭まってしまっているのが日本の現状です。これはもはや「社会課題」だと言っても過言ではないでしょう。

このような「社会課題」は、いくら皆さんがこの記事に賛同いただいても、一晩で消えてなくなるようなものではありません。

自分の望みと適性をはっきりさせる

そんななかで、「マネージャー」や「リーダー」も選択肢に入れてキャリアを考える私たちは、いったいどうすればいいのでしょうか。そのはじめの一歩は、自分自身をよく理解し、その適性や望みをはっきりさせることです。

そのうえで、「リーダー」「マネージャー」それぞれの役割を理解し、どちらをどの程度まで備えることを目指すのかというキャリア・ウィッシュを明確にするのです。

そうすることで、私たちは昇進・異動・転職・副業などの選択肢にガイドラインを設定することができます。

例えば、リーダーシップは追求せず、関わる人を幸せにできるマネージャーの仕事をキャリアの軸にしたい、というキャリア・ウィッシュを設定したとします。そんな希望を上司に伝えることなら、次の上司との面談からでも始められます。

同じ会社の同じ管理職でも、求められるリーダーシップの濃淡にはかなりバラツキがあります。より指導者色が弱く、管理者色が強いポジションを社内で見つけることができれば、そこを目指すことで確実にキャリア・ウィッシュに近づくことができます。どうしても社内でそれが不可能なら、転職も1つの選択肢でしょう。

もちろん、キャリアを考える軸は「マネージャー」「リーダー」だけではありません。しかし、業種や職種などその他の選択肢は、配属や募集の有無などのめぐり合わせに大きく左右されます。そんな中、まずはこの「マネージャー」「リーダー」軸の意思をしっかりと固めておくことで、直近のキャリア選択に1つの確かな指針を手にすることができるわけです。

そして、何よりこのような心の整理は、日々奮闘している現役の管理職や、将来に不安を感じる管理職候補の心理的な負担を大きく軽減してくれるのです。

(井上 大輔 : マーケター、ソフトバンク株式会社 コンシューマ事業推進統括 プロダクト本部 新規事業開発統括部 統括部長)