『虎に翼』写真提供=NHK

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 『虎に翼』(NHK総合)第68話で、寅子(伊藤沙莉)は日本人の男性とフランス人の女性の離婚調停を担当する。2人のもとに生まれた栄二(中本ユリス)は、窃盗事件を3度も繰り返して、現在、少年部で調停中。彼の両親はともに親権を手放したがっており、寅子は苦心する。

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 第68話は見どころがたくさんあった。先日話題となったイマジナリー小橋(名村辰)が再び登場したり、母の多忙さを理解しながらも寂しさを隠せない優未(竹澤咲子)の様子だったり、月経特有の痛みやダルさが伝わってくる伊藤のリアルな演技など、あらゆる角度から心を惹きつけられる15分だった。

 そんな第68話は、脚本を担当する吉田恵里香が綴った言葉が強く印象に残る。吉田が書いた台詞は、役者陣がその言葉を深く心に落とし込み、一人の人物の言葉として生きたものにすることによって、よりいっそう強く胸に響いた。

 まずは、岡田将生演じる星航一が発した言葉について。寅子は、航一の父であり、初代最高裁判所長官の星朋彦(平田満)の言葉を思い出すと「うまくいかないことに腹が立つ……」と愚痴をこぼした。その言葉を受けて、航一(岡田将生)は淡々とした口調で「悩む意味あります?」と切り込む。そんな彼の真意は続く言葉にあった。

「言ってたでしょ? 『その時の自分にしかできない役目があるかもしれない』って。だから、うまくいかなくても腹が立っても意味はあります。必ず」

 航一はその淡々とした口調から、一見、冷淡な印象も抱かせるが、嘘偽りなく、まっすぐに言葉を発しているようにも感じられる。だからこそ、この言葉に心打たれるのだ。寅子が回想した朋彦の言葉や、航一が言った「うまくいかなくても腹が立っても意味はある」という言葉に、寅子だけでなく、本作に心が動かされる視聴者も背中を押されたはずだ。そしてこの言葉は、寅子が直人(琉人)や直治(楠楓馬)、道男(和田庵)に語りかけた言葉にもつながる。 

 昭和25年10月に言い渡されたある最高裁判決。尊属殺人罪についての判決の中で、反対意見を訴えたのは最高裁判事15人中2人だけ。そのうちの1人が穂高(小林薫)だ。寅子の話を聞いていた直治は「2人なんて、それっぽっちじゃ何も変わらないよ」と言う。子どもたちの間に悄然とした空気が流れる中、寅子は首を横に振り、「そうとも言い切れない。判例は残る」と言った。

「たとえ2人でも、判決が覆らなくても、おかしいと声を上げた人の声は決して消えない。その声がいつか誰かの力になる日がきっと来る。私の声だって、みんなの声だって、決して消えることはないわ」

 何かが変わろうとする時、変えようとする時、障壁にぶつかることはあるだろうし、その歩みは遅いかもしれない。それでも、“おかしいと声を上げた人の声は決して消えない”。

 物語において、母を気遣うあまり、寂しさを押し殺してしまう優未と寅子のやりとりには不安が残っている。だが、語り部(尾野真千子)が語る「諦めるもんか、絶対に」という心の声と、眠っている優未を優しく見守りながら自身が果たすべき役目を考える寅子のまなざしに、法に向き合い続ける寅子の強い信念を感じた。(文=片山香帆)