インド科学研究所の科学者らが、高エネルギー粒子の振る舞いを研究している最中に、偶然「円周率(π)」の新しい表現方法を発見したことを報告しました。

Phys. Rev. Lett. 132, 221601 (2024) - Field Theory Expansions of String Theory Amplitudes

https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.132.221601

Indian Institute of Science

https://iisc.ac.in/events/iisc-physicists-find-a-new-way-to-represent-pi/

円周率の新しい公式を発見したのは、インド科学研究所高エネルギー物理学センターのAninda Sinha氏(左)とArnab Saha氏(右)です。



ふたりは当初、円周率とは別の研究を行っていたとのことで、「私たちが取り組んでいたのは、量子論における高エネルギー物理学を研究したり、粒子がどのように相互作用するのかを理解したりするために、より正確で数が少ないモデルを開発することでした。そこから円周率を調べる新しい方法が見つかったときは、興奮しました」とSinha氏は話しています。

Sinha氏らが研究テーマにしていたひも理論とは、粒子を点ではなく振動する「ひも」として扱う理論的な枠組みのこと。「弦理論」とも呼ばれるこの理論では、自然界を構成する素粒子の違いはひもが振動するパターン、つまり振動モードの違いだと説明します。

素粒子を研究する上では、大型ハドロン衝突型加速器でぶつかり合う陽子など、高エネルギー粒子の相互作用をできるだけシンプルに捉えることが重要ですが、これは容易ではありません。なぜなら、粒子には質量や振動、運動など「自由度」と呼ばれる考慮しなければならない数がいくつもあるからです。



このような計算をなるべく簡単にする最適化問題に取り組んでいたSaha氏は、粒子の相互作用を効率的に表現するにはどうすればいいのかを調べていました。そして、Saha氏とSinha氏はそのようなモデルを開発するために、オイラー・ベータ関数とファインマン・ダイアグラムという2つの数学的ツールを使うことにしました。

オイラー・ベータ関数は、機械学習を含む物理学や工学のさまざまな分野の問題を解くのに使われる数学的関数です。また、ファインマン・ダイアグラムは2つの粒子が相互作用して散乱する間に起きるエネルギー変換を説明する数学的な表現です。

これらの数学的ツールを組み合わせて開発されたモデルは、量子の相互作用を説明できるだけでなく、πの級数表現でもありました。



数学では、πを構成要素で表す際に級数が使われます。πを「料理」に、πを構成する数を料理の「材料」に例えると、級数は「レシピ」といえます。



πのできるだけ正確な値を迅速に見つけられるような、無数の数の組み合わせ特定するのは、これまで困難でした。しかし、Sinha氏らが今回偶然見つけた公式はπに迅速に収束するので、高エネルギー粒子の動きを解析する計算などに役立てることができます。

Sinha氏らの研究結果はまだ理論的な段階にとどまっていますが、いずれ人々の暮らしに役立つ日が来るかもしれません。例えば、ポール・ディラックは1928年に電子の運動に関する数学的な課題に取り組みましたが、この研究は後に陽電子の発見、さらには病気やがんの検査に使われる陽電子放出断層撮影(PET)の開発につながりました。

Sinha氏は「このような成果がすぐに日常生活に応用されることはないかもしれませんが、純粋に理論を学ぶ喜びを与えてくれます」と話しました。