相撲をとる2体の力士像

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「ターミナル21」の2階

 さすがにここまで円安が進むと海外旅行熱も冷めてしまうが、海外の観光地巡りはやはり刺激があって面白い。タイ、ベトナム、インドネシアなど東南アジアの国々はまだまだ物価が安く、日本人にとって行きやすい国だ。最近、訪れて仰天したのはタイの国際的ビーチリゾート・パタヤに聳える大型商業モールの「ターミナル21」。その巨大建造物は海外旅行がコンセプトとなっており、2階は「TOKYO」を独自のセンスで再現した和テイストのテンコ盛り。銀座駅や力士、変な日本語の氾濫……。奇抜な東京フロアは仰天の連続だった。【豊島ハヤト/トラベルライター】

【写真】旅人も仰天…タイに現れた「かつや」「すき家」「幸楽苑」…なぜか「JR有楽町駅看板」や「巨大な招き猫」も

 バンコクからバスで南へ約2時間。タイランド湾に面する高級リゾート地として世界的に知られるパタヤは、高級ホテルが林立する近代的な街並みだ。かつてはベトナム戦争時にアメリカが、軍の保養地として利用したことから発展。今やアジア、豪州、米国、欧州など世界各地から旅行客が訪れる世界的な人気スポットとなっている。

相撲をとる2体の力士像

 そんな市街の北部エリアで威容を誇るのが、「ターミナル21」だ。空港のターミナルをイメージしており、建物前に置かれている旅客機を見てまずはビックリ。GFはパリ、MFはロンドン、1階はイタリア、2階は東京、3階はサンフランシスコがテーマになっている。正面入口から館内に入ると、目の前に見たことがないような高さまで昇っていくエスカレーターが現れる。パリ、ロンドン、イタリアを経由しないでGFから2階の東京フロアまで行ける“直行便”となっているのだ。東京が特別待遇されている建築構造は感動的ですらある。

 2016年に崩御するまで70年間王位についていたタイのプミポン国王(ラーマ9世)は、日本の皇室と深い親交を結んでおり、タイが親日国といわれるゆえんとなっている。バンコクの日本人学校は、世界の日本人学校の中で最も歴史が古く、児童生徒数は2500人と世界最大規模。経済的にも結びつきが強いタイの人々は、日本への興味関心が半端ないのである。

 さて、その東京フロアなのだが、日本に舞い戻ってしまったかのような感覚に包まれるほど和のテイストが氾濫している。まず目に飛び込んできたのは「裕福」と書かれた真っ赤な巨大提灯(ちょうちん)。その上方には小型の提灯がいくつもぶらさがっており、「ようこそ」「おいしい」「富む」「かね」「有名な」「お得」「づぼらや」などと日本語で書かれている。文字は間違っていないが、経験したことのない言語景観に強烈な違和感がじわじわと迫ってくる。少し脇に行くと、「こうふく」という看板の衣料品ショップや「あげたてドーナツ」の看板が見えてくる。さらに進むと、お腹に「福」と書かれた招き猫、相撲をとる2体の力士像、歌舞伎役者、下着を犬に噛まれた凧あげの男などなど。ここは秘宝館か? トイレの鏡を見上げると藤の花が咲き乱れ、洗面台は太鼓の上という凝りようだ。

「東京メトロ」のポール

 極めつけは「東京メトロ」と書かれたポール。縦書きされた路線図を確認するとなぜか豊橋から米原までの各駅の名が。「これってJR東海道線だよね?」とツッコミを入れたくなるのも無理はない。そして、その向こう側には「銀座駅」の駅舎らしきものが。こちらは「東京メトロ」で間違いない。駅前では着物とコート姿の女性の人形が何やら会話しているような様子だ。近くの看板には「世界の願い交通安全 街をきわいにレまレよラ」。「きれいにしましょう」の誤植を発見し、なぜか「お得」な気分になった。

 他にも書店では日本の漫画コーナーがあり「あやかしトライアングル」「キングダム」などのタイ語翻訳コミックがズラリ。夏木マリ、中森明菜のレコードを販売している音楽ショップや、原宿の竹下通りを模したような路地には、衣料品がひしめいている。日本語で「JAPAN 日本 こううんをいのります」「OSAKA たこ焼き スナック菓子」などと書かれたどぎついギンギラなTシャツが、890バーツ(3800円)で販売されており、興味を持った欧州系の男性旅行客が値切り交渉に余念がなかった。

 東京フロアではないのがやや残念だが、3階のサンフランシスコエリアにはすき家、かつや、幸楽苑、ペッパーランチ、やよい軒など日本を代表するファストフード店が大集結。ちなみに「かつや」のカツ丼は149バーツ(640円)で、日本のカツ丼(梅)より20円ほど高い。すき家の牛丼並は89バーツ(382円)、幸楽苑の中華そばは103バーツ(443円)で、こちらはそれぞれ日本より50円ほど安かった(いずれも税込み、為替レートは6月5日基準)。

 奥には巨大フードコート「PIER21」があり、激安価格でタイ料理が食べられる。運営するランドハウス社のグループ会社・LHモール&ホテルが、フードコートに入っている各店舗から家賃を徴収していないためだそうだ。だから、安く提供できる。逆転の発想というか、考え方がそもそも太っ腹なのだ。そのため街中の食堂より値段は総じて2〜3割ほど安く、フルーツのスムージーは市価の半額程度となる25バーツ(107円)から。猛暑の中、学校帰りの学生たちや観光客が、安くておいしい料理と涼しさを求めて大勢集まってくるので、館内は活気に満ちあふれている。日本の商業モールやデパートもこのようなアイデアをぜひ見習ってほしい。

日本語は聞こえず

 日本愛が詰まった東京フロアは現地若者のほか欧州、アジア系の買い物客でごった返していたが、聞こえてくる言葉はタイ語、英語、フランス語、そして中国語と韓国語ばかり。日本人が大喜びしそうなホットなスポットなのに、日本語がまったく聞こえてこない。つまり日本からの観光客がいない。円安による海外旅行回避のマインドが、ここにも如実に表れているようだった。

 それにしても、度肝を抜かれる珍百景に仰天の連続。「日本以上に日本らしい」という表現が合っているかは分からないが、もはやこれはテーマパークに近い。ターミナル21パタヤ店は2018年開業。他にバンコク市内に2店舗、ナコーンラーチャシーマーに1店舗があり、同様のコンセプトで営業している。

 30年ほど前、タレントのいしだ壱成が「タイは若いうちに行け!」とアピールするタイ航空のテレビCMが放映されていたのを思い出した。気候も文化も食も刺激的なのに、微笑みの国でもある魅惑のタイ。今回の現地ルポはこんな言葉でしめくくりたい。

「タイは若くなくても行け!」

※フロアの階数表記は現地式によるものです。

豊島ハヤト(とよしま・はやと)
早大政経学部卒業後、大手マスコミに就職。取材でアジア、ヨーロッパ、豪州などを駆け巡る。退職後、フリーライター、コラムニストに。専門分野は海外旅行や海外事情のほかエスニックフーズ、ノマドスタイル、海外移住、日本の中国・韓国人社会など多岐にわたる。月刊誌に書評、映画評のほか東京・歌舞伎町を舞台にしたアジア系移民による闇ビジネスのルポルタージュも発表。愛読書は沢木耕太郎『深夜特急』。

デイリー新潮編集部