高値で売れるという日記の一部

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 全国の骨董市へ行き、仕入れた古物を販売する仕事をしているナンブ寛永さん(30歳)。
 他にも「ナンブ堂」という屋号で、ネット通販やヤフーオークションなどを通して、古書や日記などを販売している。同業者は年配の方が多く、ナンブさんは古物商の中では若手であるという。なぜ、古物商という特殊な仕事についたのか、話を聞いた。

◆大学時代は考古学を専攻

――どのようなきっかけで古物商になったのでしょうか?

ナンブ寛永(以下、ナンブ):もともと、大学で考古学を専攻していました。学部生の時から骨董市には通って、古書などに興味があり、当時は貸本漫画などを集めていました。貸本漫画は古本屋にも売ってなくて買い方がわからなかったのですが、そのとき知り合った業者からいろいろ情報を得て、骨董品屋から買うようになりました。

 最初は大学を卒業したら、大学院に進んで、考古学の研究者として生計を立てようとしてきたのですが、「研究者より、骨董屋のほうが稼げるのでは?」と気づき、大学在学中に骨董屋に弟子入りして、キャリアをスタートさせました。

◆「これが給料代わりだ!」

――弟子入りの下積み時代はどのような生活だったのでしょうか?

ナンブ:「こんな商売、ヤクザと変わらない」と言われてしまって親には泣かれましたね。実際、「世話してやるから来いよ」って言われて、弟子入りしたのですが、下積み時代は給料が一度も支払われなかったり、僕の家を勝手に倉庫にされたり、「これが給料代わりだ!」とゴミみたいなものをくれたりして大変でした(笑)。

 でも、そんなクソな師匠でもいろいろ教えてくれたのでありがたかったですね。おかげで、古物商の免許がなくても市場に入れましたし、師匠には宝物が眠っている家などいい現場を見つける能力があったので、勉強にはなりました。合計3か月くらいは働かせてもらって、そこで築いた人脈が今も活きている感じですね。

――ということは下積み3か月で独立みたいなことですか?

ナンブ:そういうことです。新しい遺品整理の現場があると電話が来て呼んでもらえたりするようになりました。でも、ペーペーなので、どうしても2番目、3番目に呼ばれていて、カネになりそうなものはすでに全部持っていかれているんですよね。

 でも、僕はなんの価値もなさそうなゴミみたいなものを集めて売るスタンスだったので、競合にはならなかったですね。一見ゴミのように見えても見方を変えると面白くて、プレゼンの仕方によっては高値で売れるんです。例えば一般人の日記だとか。

◆一般人の日記が30万円で売れることも

――日記が売れるんですか。

ナンブ:研究資料として戦前のサラリーマンの日記が欲しいという学者がたまにいるんですよ。以前も戦前からあった地方の会社社長の日記が研究機関に15万円で売れました。あとは一般人の日記ですね。「お医者さんの家に入って日記あるかな?」と探していると、30年分の娘の日記が出てきて、水滸伝より長いんですよ。

 どの日記もちゃんと読んでから売りに出そうと思うのですが、他人の日記って癖が強いので読みにくいんですよ。特に、明治期の日記はまだ文法など、読み方が確立されてなくて慣れるしかないです。あとは達筆すぎて何が書いてあるかわからない日記も多いです。こういうのはお手上げなので、すぐマニアに流すんですけど、僕の知っているマニアの中にはどんなにぐちゃぐちゃな文章でも読める人がいて、これが適材適所ですね。

――他に面白いグッズとか出てくるんですか?

ナンブ:切り抜かれた女性の下半身と、下半身を切り抜かれた女性の写真があって、組み合わせると下半身だけ裸の女性ができるなど、昭和の知恵が詰まったコレクションとかが出てきたこともあります。