世間からの好感度は抜群で、日テレ内最年少での出世も果たした水卜麻美アナ(画像:日本テレビ「ZIP!」公式サイトより)

日本テレビの水卜麻美アナウンサーが、異例の出世を成し遂げたことが話題だ。6月1日付でアナウンス部の「チーフスペシャリスト」に就任。新設された役職だが、管理職であり、社内では最年少だという。

また水卜アナは、好きな女性アナウンサーランキングでも2017年に5連覇を果たし、殿堂入りしている。以降も類似するランキングで名前がよくあがることから、“社内での出世も世間の人気も両方手に入れた稀有なアナウンサー”と言っても過言ではないだろう。

しかし、である。“未来の女子アナ”たちからは「水卜アナのようになりたい!」という声があまり聞こえてこない。局の女性アナウンサーの頂上と言っていい位置に立っても、憧れる声が聞こえてこないのだ。なぜだろうか。その理由を本稿で考えてみたい。

(以下、敬称略)

「あれは、目指すもんじゃない」

筆者は2009年発売の女子アナ志望者向けの就活指南書を手始めに、数冊の就活本を執筆し、大学や新聞社の主宰する就活セミナーに多く登壇。自身の運営する就活セミナーでも多くの学生をアナウンサーとして輩出し、その数は100名以上に及ぶ。現在も主にマスコミ志望の大学生を中心に就活指導をおこなっている。

当然、「どんなアナウンサーに憧れるか」と面接で聞かれたとき用の、各受講生に沿った答えをともに考えるなどしている。しかし、それとは別の、女子アナ志望の大学生たちの“本音”を聞いてみると、意外に水卜の名前が出てこないのである。

もちろん、俳優・中村倫也との結婚を羨む声は多い。それは志望者だけではなく、実際に局で働く若手の女子アナからも「どうやって中村倫也と出会うんですかね!?」と羨望と妬みの混ざったような声を聞いたこともある。

ただ、仕事面における憧れ、すなわち彼女のアナウンサーとしての本質部分に対する憧れの声はほとんど聞いたことがない。そしてそれは、今回のアナウンス部の管理職に昇進、現在の同局内では最年少での管理職への抜擢である――というニュースを経ても変わる気配がない。

現在の民放キー局において、水卜のように“フリーになっても大成功するはずなのに局内での出世を選ぶ”道を進んでいるのは、彼女とTBSの安住紳一郎アナウンサーくらいのものだろう。

現在50歳の安住は、「エキスパート職」とされていて、現役のアナウンサーでありながら役員待遇の位置にある。局の看板であり、フリーになっても大人気になることが予想され、起用するには高額のギャラが必要になるであろう人材を逃さないために待遇を厚くしていくのは局としては当然のことで、もしかしたら水卜もこのような道を歩むかもしれない。

十数年前、じつは筆者自身もアナウンサー試験を受験しており、その際に当時TBSで働いていたアナウンサーにOB訪問する機会を得た。そこで、面接の練習がてら「うちで憧れのアナウンサーは誰?」と聞かれたことがある。

筆者はそこで、安住の名前を出した。すると、そのアナウンサーは一言こう返した。「安住か。あれは、目指すもんじゃない」。

その意味が、当時はよくわからなかった。即答かつ冷ややかなその一言に、固まった記憶もある。一瞬、そのOBの方の名前を出さなかったことがまずかったかと思ったが、冷静だが懐の広い方で、そういうわけではなさそうだった。だが、今ならその意味がわかる気がする。

「目指すもんじゃない」とは「目指してなれるようなもんじゃない」ということだったのではないだろうか。

若者たちが「水卜ちゃんに憧れない理由」

その後、指導する側にまわった筆者は、逆に「なぜ、水卜麻美を目指さないのか」を大学生たちに聞いてみた。

彼女たちの答えをまとめるとするならば、それは「水卜麻美のなり方がわからない」ということだった。もう少し噛み砕いていうならば「どうやって局内であそこまで推されるようになるのかわからない」「あそこまで局内で評価される道筋にのるイメージがわかない」といったものだ。

個々の具体的な意見を見てみよう。

「KAT-TUNの中丸(雄一)くんと結婚した人(筆者注:笹崎里菜アナウンサー。2015年に日テレに入社し2023年に退社)のほうがぱっと見、派手なルックスではありますよね? でも水卜さんほどテレビでは見かけなかったし、局内でどう評価されて差がついていくのかわからないです」

一般企業でも人事評価の理由は他者に口外されないのが基本であり、もちろん日本テレビがなぜ水卜をここまで評価するのかを具体的に公表することはないだろう。つまり、評価の理由はブラックボックスの中にある。

だが、局アナともなればその評価の理由は関心事であり、特にアナウンサー志望にとっては自分の人生を左右しかねない、気になる基準である。その評価を番組への露出量などから勘ぐるしかない。

そして、アナウンサー試験を受験する彼女たちは、ルックスが選抜の重要な要素になっていることを、日々の選考などを通して、身をもって感じている立場でもある。だが、そんな彼女たちは、入社後は必ずしもルックスで出世するわけではないことを感じ取ったようだ。派手じゃないほうが視聴者に受け入れられるケースもある。

つまり、ルックスが重要な要素となっている選抜を経たあとに、今度はその戦いの勝者たちでルックスだけが絶対的な基準ではない戦いを繰り広げることになりそう――。それは、ある人にとっては希望であり、ある人にとっては絶望かもしれないが、少なくとも想像のつかないもの・不可解なものではあるだろう。

彼女たちを待ち受ける「予想外のハードル」

他にはこんな意見もあった。

「オードリーの若林にどうやったらハマるかとか、想像のしようがなくないですか?」

たしかに、水卜麻美には芸人をはじめ、番組内で芸能人とうまくコミュニケーションを取っている印象がある。その筆頭がオードリーの若林正恭で、2人は今年の3月まで『午前0時の森』(月曜日と火曜日でMCを変えて放送)で共演。2人の出演曜日は、『おかえり、こっち側の集い』という企画になった。

簡単に言えば、キラキラしているとされる陽キャを“あっち側”と区分し、その反対にいる陰キャ的な人や、他人からすると「小さい」と思われるようなことを気にしすぎてしまう人を“こっち側”とする企画だ。

番組で水卜は、“こっち側”のアナウンサーとして登場。他人の言動に過密にレーダーを張ることで知られる若林に、「自分と同じ側である」という認識をさせるに至っていた。

女子アナは“あっち側”にされがちな職種だ。

水卜が学生時代にミスキャンパスのような目立った経歴がないことは後述するが、それを抜きにしても、前述の若林や、恵まれた側への嫉妬心を芸風のひとつにしてきた南海キャンディーズの山里亮太らの、“人を見る目”をくぐり抜け、“こっち側”認定されたのは特筆に値するだろう。

もちろん、若林や山里のみならず、番組内で水卜に心を許しているように見える芸人は多く存在する。

ただ、女子アナ志望の彼女たちにとっては、“芸人にハマるかどうか”は大きな不確定要素である。正直、普段、面接練習や原稿読みの練習をしている彼女たちには、想像もつかない範囲だろう。

だが、その不確定要素が、局アナとしてキャラをどれだけ出せるか、その果てにはどれくらい人気が出るか、に繋がってくることを敏感に感じ取っており、それが不安の一因になっているのではないだろうか。

女性局アナ史上、最長の距離を走った

具体的な意見を2つ紹介した。1つめの意見を抽象化するなら「局内の評価の基準がわからない」、2つめの意見は「人気の出る方法がわからない」ということだろう。

“局内でどう評価されているのか”も“共演する芸人にどう気に入られるか”もブラックボックスの中にある。だが、それぞれが出世と人気に繋がっていることだけはわかる。

そしてさらに難しくしているのは、人気と出世が完全な相関関係にはないということだ。

水卜麻美の人気の理由をあとづけで分析するならば、当意即妙な返しができバラエティにも対応できるかと思えば、真面目な番組でもアナウンスメント力が感じられ信頼感がある。さらに食べる姿をはじめ、お高く止まっていない姿が主婦層にも好感をもって受け入れられる……などいくつも挙げることができるだろう。

だが、それらが出世の理由になっているかといえば、完全にイコールではないだろう。もっと言えば、人気はあるが出世しなかった女子アナには、他局も含めて多く例がある。

出世と人気――。人気者であるから出世するわけでもない。出世するから人気者になれるわけでもない。

そして、いまやその2つを得た水卜麻美だが、入社当時はそのどちらも持ち合わせていなかった。水卜は「日テレには『拾ってもらった』という思いがあるので、会社に対して妙に恩義を感じてしまう」(『週刊朝日』2014年11月28日号)と語り、テレビ朝日やTBSなど3つの局に落ちたことを明かしている。

当時は、ミス慶應コンテストに出場しフジテレビに入社した細貝沙羅などのほうが女子アナ受験戦線の中では注目株で、ミスキャンパスなど学生時代に目立った活動のなかった水卜の存在は、完全なダークホースだった。

筆者も当時、受験生からの「地味な雰囲気の子がなぜか日テレに内定している」という噂で水卜の存在を知ったほどだった。

出発地点は、そんなゼロ、いやマイナスといっていい場所だった。しかし現在は、朝の情報番組の総合司会を務め、X(旧ツイッター)に桜の絵文字をポストするだけで322万インプレッションを稼げるほどの紛れもない“人気者”であり、異例の管理職昇進を果たした“出世頭”である。

そう考えると、出発地点と現在地点の距離は果てしなく長く、女性局アナ史上、最長の距離を走り、今もその距離を延ばしている人物と言ってもいいのかもしれない。

だが、だからこそ、その長距離の中に何があるのかは想像がつかない。女子アナ志望者にとっては、なり方がわからず、憧れの意識も生まれない。水卜麻美もまた「目指してなれるようなもんじゃない」アナウンサーなのだろう。

局内での出世以外にある「道」

水卜ほどの知名度の高さを誇りながら、局内に残り続ける女性アナウンサーはじつは少数派だ。辞めたあとの彼女たちにはどんな道が待っているのだろうか。

フリー転身後、写真集を発売し、現在は女優に転身した元TBSの田中みな実や、元テレビ東京の森香澄のように、会社員時代にTikTokをバズらせたあとにインフルエンサー事務所に所属して活躍する例もある。

元テレビ朝日の大木優紀や、元テレビ東京の福田典子のように、一般企業で広報を務める例もある(福田はフリーアナウンサーとしての活動も継続中)。

さらに、もう少し上の世代に目をやれば、元NHKの草野満代はオンワードホールディングスの社外監査役に、元フジテレビの菊間千乃はコーセー、中野美奈子は四国電力グループ・四電工、内田恭子はキッズスマイルホールディングスの、それぞれ社外取締役を務めているなど、取締役レベルでの活動も珍しくない。

いまや、“アナウンサーとして名を売った後”の道は多く、学生にとってもわかりやすく魅力的なのだ。“知名度を外で利用する”と言ったら、言い方が悪いかもしれないが、局内で得たものを局外に持っていく道のほうがわかりやすく、リターンも大きそうだと想像がつく。

一方で、アナウンサーとして局内で出世し続ける道はその数も少ないうえにわかりづらく、局外に出るほどにはリターンも得られさなそうだと想像が容易い。

今回の水卜麻美の特進は、6月1日から日テレで導入された新人事労務制度の『飛び級制度』の一環だといい、一部では年収は3000万円ほどになるとも報じられた。日テレとしては局内外へのアピールの意味もあっただろう。だが、それは皮肉にも、女子アナ志望者たちからすれば“わかりにくさの象徴”のようになってしまったのである。

(霜田 明寛 : ライター/「チェリー」編集長)