株式会社キュービックで人事として働く阿南美咲さん。インターンを経て新卒入社した同社を、一度退社していると言います。それまでの人生を含めて、お話を伺いました(写真:谷川真紀子)

社員が会社を辞めるのは、なんらかの理由があるからだ。給料かもしれないし、人間関係かもしれないし、自身のキャリアを考えた結果かもしれない。ライフイベントに合わせた結果かもしれないし、その背景には人それぞれの事情がある。

しかし、中には「一度去った会社に戻ってくる人」もいる。「出戻り転職」と呼ばれる行動だが、本連載ではこの「出戻り転職」にフォーカスを当てたい。一度辞めたのに「戻りたい」と思える会社はそれだけ働く人にとって魅力的だと考えられるし、そこから「社員と会社の良好な関係性」を紐解けると考えられるからだ。

株式会社キュービックは、デジタルメディア事業やデジタル集客支援事業を中心とした創業17年の企業だ。ヒト起点のマーケティングとデザインを強みに複数のビジネスを展開していて、新規事業インキュベーションにも注力している。

なかでも特長的なのは、創業当初から学生インターン雇用に積極的に取り組んでおり、現在も従業員数300名のうち約3分の1近くのインターン生が在籍していることだ。働き方に対する取り組みも評価されており、Great Place To Work® Institute Japan主催「日本における『働きがいのある会社』ランキング」をはじめ、複数受賞している。

今回はそんなキュービックで人事として働く阿南美咲さん(28歳)に話を聞いた。

インターン生はビジネスを共創する仲間

本取材に重要となる要素のため、同社のインターン雇用に関してさらに補足したい。

学生インターン採用は、本採用(新卒採用)に繋げることを目的としている企業も少なくないが、キュービックではビジネスを共創する仲間として長期インターン生を採用している。

また、初めてオフィスワークを経験するインターン生も多いため、中には受け入れ側である社員がマネジメントや育成を負担に感じるケースもある。今回話を聞いた阿南さんは、人事として長期インターン生の、採用・育成・定着の取り組みを行うことがミッションだ。

「長期インターンシップに関して、社内外の方からよく相談されます。例えば、学生と社員のマネジメントの違いなど。学生の方には、社会人としてインプットしてもらわないといけない基本マナーも多いですし、社員だと発生しづらい日常のきめ細かなメンタルケアが必要な時もある。


阿南美咲(あなん・みさき):株式会社キュービック 人事(組織開発・人材育成)。2018年3月明治大学情報コミュニケーション学部卒業。2015年5月に学生インターンとしてキュービックに入社。Webマーケターと人事を経験、2018年4月新卒一期生として同社に正社員入社、翌年2月に退職。PR会社にイベント制作プロデューサーとして転職、その後、エシカルビジネスを展開する企業へ転職。2022年12月再びキュービックに入社。現在は学生インターン採用と育成に従事している(写真:谷川真紀子)

社員も、キュービックに入社してから、初めてインターン生と仕事をする者も多く、『忙しいのに、なんで学生と働かないといけないんだ!』という声があがる時もあります。

長期的に見れば、社員側にとっても自身のマネジメント能力の向上に繋がったり、将来世代の視点を取り込むことでビジネスへいい影響を与えられたりと数多くのメリットがあるのですが、短期的には決して楽ではないのも事実なんですよね。

だからこそ、”なぜ、キュービックはインターン生を雇用するのか”という考えを理解してもらうべく、両者と粘り強くコミュニケーションを重ねています」

そんな彼女とキュービックの出会いは、彼女の大学時代に遡る。

もともと、18歳までクラシックバレエに熱心に取り組んでいた阿南さん。バレエの道か大学進学かを悩んだ末に、「舞台芸能の仕事に繋がったらいいな」との思いから、身体表現論のゼミがある明治大学情報コミュニケーション学部に入った。

演劇サークルに制作担当として入るも、演者の家族や関係者の友人など、身内しか観にこない現実に触れ、「クラシックバレエと同じだ。集客に困っているのは、どこも同じなんだ」と実感した。

キュービックにインターンとして入社

そんな時に、地元の駅でスーツ姿の同級生にばったり遭遇した。

「『え、なんでスーツ着てるの!?』って驚いたら、『長期インターンしているんだ』って言っていて。その時、初めて”インターン”という言葉を知り、帰宅後、すぐに調べました」

どう生きていくか悩んでいた阿南さんには、長期インターンは魅力的な選択肢に映った。すぐに行動に移すと、紹介会社経由でキュービックと出会った。今でこそ、大規模な学生インターン採用施策で周囲に知られている同社だが、当時のキュービックはインターン採用を本格化したばかりだった。

こうして、2015年春、大学2年生になったと同時にインターンとして入社することになる。そこには”学生インターン”という言葉の想像を遥かにこえる、シビアな環境が待っていた。

「Web広告運用を行う事業部に配属されたのですが、私の担当案件はまさかの赤字で、撤退ラインぎりぎりの状況だったんです。こうした環境のプレッシャーの中、日々がむしゃらに働いていました」

ただ、バレエや大学では得られない、ビジネスの現場ゆえの学びも多かった。

「当時の上司の、今でも印象に残っている教えが『課題や事象に対して、”なぜ”を5回考えてから相談する』ということ。バレエの世界に長くいたこともあり、それまでの私は感覚で動くことが多かったんです。でも、ビジネスでは俯瞰して冷静に状況を把握する・分解して物事を考える・筋道を立てて相談することが大事になる。当時の私には、それがすごく衝撃的で……。

同じような考え方でバレエに向き合っていたらなって思いました。もっと、筋肉や骨の仕組みを理解したり、身体の使い方が変わっていたでしょう」


「同じような考え方でバレエに向き合っていたらな…」と振り返る阿南さん(写真:谷川真紀子)

バレエ団で奮闘するかつての仲間たちの一方で、インターンに奮闘した阿南さん。

「私にとっては、ビジネスの場にいることすらコンプレックスで。だから、キュービックでのインターンが私にとっては背水の陣というか。今思えば、考えすぎかもしれませんが、当時は必死でした」

1年足らずで退職を決意

その後、インターン生を対象とした社内賞を受賞するなど活躍、組織開発を担う社長直下のコーポレートデザイン室の立ち上げに参画。2018年に新卒でキュービックに人事として入社。能力開発の仕事に従事することになる。

しかし、翌年2月。新卒入社から1年経たずして、キュービックを退職することになった。

「学生時代にインターンをしていた時って、周りに長期インターンしている人がほぼいない状況でした。だから、それだけで自分は周囲と差別化できているような気がしていたんです。でも、いざ就職してみると、働いていることがアイデンティティにはなりません。

また、自分の業務内容にも自信が持てなくなっていきました。『そもそも会社はなぜ長期インターンを続けようとしているんだろう。会社が大きくなって、社会的責任も大きくなっているこの状況なのに、なぜ、正社員ではなくて、インターン生なんだろう……』。

振り返ると、当時の私はバレエで頑張っている仲間たちに対する、コンプレックスを払拭できていなかったんだと思います。当時はそれが苦しくて、この先、何をどうしたらいいか、自分が何者になりたいのか、わからなくなっていました。

また、一般的な就活をしないまま就職してしまったことも影響していると思います。通常、学生時代にみんなが行う、自己分析や業界研究など、就職活動で自分と向き合う作業。選考に落ちたり、受かったりして、自分はどんな人間で、どんな将来を描きたいかを真剣に考え抜く。それらをすっ飛ばしてしまったんですよね」

売り手市場であり、採用難が続く時代だからこそ、学生インターン生を雇用し育成することは非常に素晴らしい経験やノウハウだと思うのだが、しかし、当時の彼女はそれ以上に、”アイデンティティを探したい”という気持ちが強かったのだ。

起業を視野に入れた転職

こうして、PR代理店へ転職することになる。やはりエンタメの世界にチャレンジしたい気持ちが強く、そのステップとして考えていたのだ。

「当初、イベントの制作会社に入ろうと思っていたのですが、アシスタントを10年やってようやく企画などに携われる……そんな時間軸だったんです。そのスピードだと遅いなって感じて。

一方、転職先のPR代理店ではイベントプロデュース部門に配属され、企業やサービスの記者会見やPRイベントをひたすら毎日のように作り上げて運営するという仕事でした。

でも、エンタメ業界に片足を突っ込んでみた結果、そこで成り上がっていくビジョンは描けませんでした。自分で何かを立ち上げたいという気持ちが強くなったんです」

PR代理店には2年弱ほど在籍し、その後、エシカルビジネスを展開するスタートアップ企業に転職することになる。

「エシカルビジネスに興味がありましたし、何よりも起業するためのワンステップとしていい環境だと思ったんです。自分が起業するための修行というか、準備期間という位置付けで、社内起業も視野に入れての転職でした。

ただ、社長と方針が合わなくて……。toCビジネスを展開している企業だったのですが、消費者に対する方針をすり合わせることができませんでした。消費者目線とビジネスのバランスをどのようにとっていくのか、難易度の高さを実感しました」

また、素晴らしいビジョンを掲げている企業は多くあるが、その一方で、「どの企業も似ていることを謳っている」と感じた。ある意味、表層的なメッセージにも見えたのだった。

そして、3回目となる転職活動をスタートすることになった阿南さん。選択肢として浮かんだのがキュービックだった。

真摯に社会と向き合いたい

「この数年間、『企業って、なんのために存在しているんだろう?』ということを考えました。

PR代理店は企業の予算消化が優先になりがちな側面もある。toCビジネスは消費者が二の次になる場合もある。社会のため、消費者のためを本質的に追求できる企業って実は少ないのかもしれない。

でも、その点、キュービックは嘘がない。『社会をよりよくすること』に対して真摯に向き合っている企業だ。そう確信したんです。転職期間のなかで気づいた、『真摯に社会と向き合いたい』という、自分自身のポリシーにも合致するものでした」

阿南さんによると、キュービックはいわゆる「マーケットイン」的な性質を持つ会社だという。

「キュービックはWebマーケティング会社というより、課題解決の会社。誰かがやっていることを応援する、進み出した誰かの船……サービスや事業をともに前進させていく会社なんです。それを発揮したのが、たまたまWebマーケティングでした。

キュービックは、『本当にそれはやるべきなのか、それはクライアントのためになるか、ユーザーのためになるか』を考え抜く。常に三方よしの考え方が染み付いていました。転職を重ねて他の企業を見ることによって、その考え方が稀有なことに気づいたんです」

キュービック退職後も定期的に社員とはコミュニケーションをとっており、良好な関係性を維持していたが、一方でクリアしなければいけない問題もあった。

「私が辞めるという話をした時、社長は親身に相談に乗ってくれ、『本当にその会社に入るのがベストなのか?』を一緒に考えたり、最終的には『自分で決めたその選択を正解にしてこい』と、送り出してくれました。

私の頑固さを知ってくれていて、納得したいタイプだってことをわかってくれていたんですよね。でも、インターン出身の新卒が1年経たずに退職するということは、社内的には決してポジティブなこととして映らないだろうと、私自身もその重さは理解していました。だから、当時は退職を決めた時も、退職後も、罪悪感のほうが強かったんです」

一度破ってしまった門をもう一度くぐるような感覚

それでも、出戻りに挑戦することを決めた。

「定期的に会っていた先輩に、戻りたいということを伝えました。その先輩は私の当時の退職経緯や心情をよく理解してくれており『まずは社長と対面でしっかり話せたほうがいいよね』と言って、社長と話す場を作ってくれました。

キュービックを辞めた時の自分の心境、その後、経験したこと、自分の気持ちの変化など、すべてお伝えしました。そして、ビジネスを通じて社会に向き合っていきたい、ということも。だからキュービックに戻りたいんです、と。

その結果、『いろいろ経験したね』『また一緒に頑張ろう』と言ってもらえて、握手を交わしました。私としては、一度破ってしまった門をもう一度くぐるような感覚でした。だから、握手した時は、自分の修行期間を認めてもらえたような感覚でした。私が体育会系なので、そう感じていただけで、後から社長には『何その感覚』と笑われたんですけどね(笑)」

そして、ずっと大切にしてきたクラシックバレエや伝統芸能との関わり方も、自分なりの答えが見えてきた。必ずしも自分自身の生業にする必要はなく、関わり方を変えるということだった。


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「自分自身が習い続けたり、踊り続けたりして”伝統舞踊を継承していくこと”、それが私のアイデンティティだと気づきました。

日本には、クラシックバレエだけじゃなくて、日本舞踊、琉球舞踊、たくさんの舞踊があるんです。もちろんグローバル展開を視野に入れていくことも大切だけど、国内でその根を絶やさないために、小さくてもできることがある。ずっとコンプレックスに感じていた『自分が何者なのか』という問いに答えが出た気がしました。以前の私は、アイデンティティと仕事を結びつけることや職種にとらわれすぎていたんです」

そして、今、彼女は同社で働いている。取材の最後、彼女は自身のキャリア観についてこう語った。

「会社の存在意義ってなんだろう、と、考え続けてきました。一人でできることって限界があって、何かをなしえるために組織ってあるんだなって気づいたんです。世の中をよくしていきたい、その手段の一つとして、私は、キュービックを100年続く企業にしていきたいです」


新卒入社した会社を辞め、複数回の転職を経験したことが、自身の成長・変化につながった(写真:谷川真紀子)

(桐山 奈々 : フリーランス人事)