2023年8月、アメリカ・メリーランド州のキャンプ・デービッドで開催された日米韓首脳会談の記者会見に臨む韓国の尹錫悦大統領(左)とバイデン大統領、岸田文雄首相(写真・2023 Bloomberg Finance LP)

危機管理の基本は「最悪のシナリオを想定すること」といわれます。ところが逆に、最悪のシナリオに死角があるとすれば、それは重大な問題です。

最近、日本では台湾有事に関する論議が盛んです。しかし2024年1月の台湾総統選挙の結果を受け、危機分析で著名なユーラシア・グループのイアン・ブレマー氏や前中国大使の垂(たるみ)秀夫氏など有識者が、短期的には有事にはならない、との見解を示すようになりました。

朝鮮半島こそ危機の種

それなら、本当の有事はどこにあるのか。日本からもっと近いところ、すなわち朝鮮半島に危機の種が存在するのではないか。

もし朝鮮半島に有事が起きるのであれば、これがどのように起こるのかがわかりづらい。例えば、北朝鮮が日本を直接攻撃する危険性がありますが、まずは韓国から火の手が上がり、有事が拡大する可能性が高まっています。

実際に、2024年1月、北朝鮮の金正恩総書記は「韓国は敵国」との趣旨の発言をしたこともあります。

この結果、韓国で発生した有事が日本へドミノ的に影響を与えるという可能性が見え隠れします。これは、アメリカのトランプ前政権が金正恩氏と2回の首脳会談を行った過程を振り返ると、余計にその可能性がちらつきます。

日本の国際政治学者である中西輝政氏も「韓国を敵陣営に回してよいのか」とした論文を発表し、朝鮮半島を南北に分断する38度線が、対馬海峡にまで南下する局面を想定しています。

これは、明治時代の山縣有朋が1890年、第1回衆議院議会で提唱した「主権線と利益線」の概念、すなわち地政学的バッファーとしての朝鮮半島、の焼き直しとみることができます。

つまり、朝鮮半島有事は日本有事の導火線になる可能性が高いということになります。

一方、経済安保や半導体産業の観点からすれば、台湾の半導体ファウンドリー企業・TSMCがしきりに話題になっていますが、サムスン電子やSKハイニックスなども人工知能(AI)に不可欠なメモリー半導体を製造しています。

それらの韓国における生産拠点に危機が近づけば、日本のメモリー需要に関わるサプライ・チェーンが大混乱することは明白です。ちなみにこの2社だけで、DRAMにおける世界シェアは7割を超えています。

即興的なディールの危うさ

2024年11月に行われるアメリカ大統領選挙で、共和党候補としてトランプ氏が確実視され、「もしもトランプが再び政権をとったなら」という「もしトラ」という言葉が聞かれるようになりました。この「もしトラ」で少し考えてみましょう。

前政権時のように再び、トランプ氏と金正恩氏の首脳会談が行われると想定し、次はどのような会談になりそうか。1期目当時の2回の首脳会談の交渉過程から考えてみましょう。

まずトランプ氏は、相手への信頼関係よりも取引を優先するディール・メーカーという姿勢を示します。これについて、故・安倍晋三元首相は次のように回顧しています。 

〈トランプが「金正恩と会う」と明言したので、すぐにトランプと電話で会談しましたが、トランプの頭の中は、すでにディール・モードになっていました……(彼は)根がビジネスマンですからお金の勘定で外交・安全保障を考えるわけです。例えば、”米韓合同軍事演習には莫大なお金がかかっている。もったいない。やめてしまえ”、と言うわけです〉
(安倍晋三著、橋本五郎ほか聞き手『安倍晋三回顧録』中央公論新社、2023年)

最近の候補者指名争い期間中も、トランプ氏は「ウクライナ有事を24時間で決着してみせる」と豪語しています。確かに安易な譲歩をすれば、早く終わるでしょう。しかも、トランプ氏は即興的に譲歩に踏み切る傾向があります。

実際に2018年、シンガポールでの初の米朝首脳会談では、米韓合同軍事演習を中断させるというサプライズが飛び出しました。

翌2019年2月、ベトナムのハノイで行われた2回目の米朝首脳会談では、さらに大きなリスクをはらむものでした。

当時、韓国の文在寅大統領やその一部支持層の強い希望もあり、朝鮮戦争の「終戦宣言」が取引の材料に上がっていました。停戦状態にある朝鮮戦争による不安定な状態を「終戦」させることは、一見、よい展開に見えます。

しかし、いったん「終戦宣言」が安易に合意されると、在韓米軍の存在理由が弱まります。すると、次は在韓米軍の削減、もしくは撤退に追い込まれる確率が高まってしまいます。

在韓米軍という地政学的重要性

在韓米軍という強力な軍隊がいなくなれば、韓国に対して実力行使をする誘惑を北朝鮮に与える可能性があります。例えば、経済的に苦しい北朝鮮は韓国にある半導体工場などを手中に入れたいと考えるとしても、なんら不思議なことではありません。

実際、韓国にあまり好意的ではなかったと思える安倍氏もトランプ氏に「在韓米軍を撤退させてもらっては困る」と主張したことが回顧録に出ています。

トランプ氏は大統領就任中、金正恩氏と3回会いました。そのたびにトランプ氏の周辺からは、たとえばアメリカ政府関係者や外国首脳からの忠告や牽制の言葉が絶えませんでした。

アメリカのジャーナリストであるボブ・ウッドワード氏やトランプ政権では大統領府安保補佐官だったジョン・ボルトン氏によれば、トランプ氏の側近らは、次のように忠告していました。

ミサイルの早期探知やアメリカ軍が前方展開するという戦略的重要性を主張しました。しかも、在韓米軍が駐屯する韓国中部・平澤(ピョンテク)基地は、海外における米軍基地の中で大規模であり、GDPの2.5%を軍事費として支出しているにもかかわらず、トランプ氏が韓国の防衛負担を過小評価する傾向がありました。

同時に、このような事実を大統領府スタッフや国防長官がトランプ氏に対し、懸命に事実を理解してもらおうとする苦労が描かれています。
それにもかかわらず、トランプ氏は「われわれアメリカは、韓国の生存を許しているんだ」「なぜわれわれは韓国の味方をしないといけないのか」と一歩も引かない姿勢を示していました。

このような実績のあるトランプ氏が再就任したらどうなるのか。現在不安視されているのは、トランプ氏は能力より忠誠心を優先した人事を行うことだ、とアメリカの有識者が見ていることです。

2019年のハノイでの米朝首脳会談が決裂した時、アメリカ政府関係者は胸をなで下ろしました。ボルトン氏は、核放棄とその検証を含むビッグディール・オア・ナッシングという考えを貫き、決裂に導いたことは幸いだった、と振り返っています。

ところが、それでもトランプ氏は金正恩氏に「何か他に譲歩できる項目はないのか」とか言い、「エア・フォース・ワン(大統領専用機)で平壌に送ってもよい」と粘ったとされています。

北朝鮮を核保有国として認める?

トランプ氏は何のために、こうした交渉戦術に固執するのでしょうか。1つは、1期目にも話題になりましたが、ノーベル平和賞候補になって、ひいては受賞して「朝鮮戦争を終わらわせた男」として歴史に名を残したいということです。

それ自体は必ずしも悪いことではないかもしれませんが、あまりにも自画自賛が強すぎます。米朝サミットの際にも、「これは大変なショーになるだろう」と側近に漏らしていました。自身の利害が絡みすぎていて公私混同の印象を持ちます。

次に、前任者を否定する傾向が強いことです。大統領選とはいえ、バイデン大統領に対し「アメリカ史上最悪の大統領」と呼びました。1期目が始まる直前にオバマ前大統領と引き継ぎ作業中に、「北朝鮮問題はあなたが直面する課題の中で最も難しい」と言われたことで、かえってトランプ氏がこの問題に挑戦しようとする起爆剤になったとも言われています。

これも、それ自体も悪いわけではありませんが、あまりにもトップダウン的で、かつ即興的な交渉術と組み合わさるととても危ういものになりそうです。

2019年の米朝首脳会談からすでに4年が経っています。この間、北朝鮮は核やミサイル能力を相当高めました。北朝鮮が持つ交渉カードはさらに増えたとみていいでしょう。

韓国の洪容杓・元統一相は、北朝鮮はもはや核を自国防衛のために保有するだけではなく、核保有国、すなわち強国になり国際社会における地位向上によって政治的・経済的利益を取得しようとしている、と主張するまでになりました。

これに対し、アメリカのCIA長官や国防長官を務めたロバート・ゲーツ氏は、1994〜2000年の期間、アメリカは北朝鮮の核問題を解決するチャンスがあったが、その後は失敗の連続だったのでこんな同じことを繰り返すのはばかげている、と主張しています。

さらに、違うアプローチとして「北朝鮮が自衛のために必要なある程度の核保有を認め、それ以上の核能力は検証可能な廃棄、そして開発中止を求めるべきだ」と、ゲーツ氏は促しています。

しかし、東北アジアにいるわれわれにとっては、北の核保有を一部でも認めると、隣国でも核保有論が強まり、核開発ドミノのリスクが高まるという事態にまで発展する危険性が高まります。

「もしトラ」が現実のものとなり、金正恩氏との交渉が再開したとすれば、最悪のシナリオは北朝鮮を核保有国として認定すること、そして朝鮮戦争の終戦宣言を行って在韓米軍の削減・撤退へと続くこと、アメリカにまで攻撃可能な北朝鮮のICBM(大陸間弾道ミサイル)だけが禁止されるといったカードが切られ、安易な決着が図られることが懸念されます。 

脆い日米韓の三角関係

一方、日米韓の3カ国はこの2年間ほどで関係が強化されました。バイデン氏、岸田文雄氏、尹錫悦氏らが握手している写真が世界のメディアを飾ることもありました。しかし、3人とも自国での支持率はけっして高くありません。

さらに、2024年4月には韓国で総選挙が行われます。日本でも9月に自民党総裁選、11月にはアメリカ大統領選挙が控えています。

韓国では現在、この総選挙、ひいては3年後の大統領選をにらみ、政界再編が進行中です。日本の岸田政権も、「内閣支持率と与党の支持率の和が50%を切ると、首相は退陣する」という自民党の故・青木幹雄議員による「青木の法則」に近づいています。

アメリカでは政治・社会の両極化が広がっています。この1、2年以内に、3人のうち誰かの顔ぶれが変わってもおかしくはない状態です。

韓国の尹大統領は、2024年3月1日に行った演説の中で、日本を「パートナー」と呼びました。そして日韓国交正常化から60年、第2次世界大戦終結から80年となる2025年という節目の年に、「一段階飛躍させた」新たな日韓共同宣言を発したいと呼びかけました。

これに先立ち、尹氏の外交ブレーンである韓国国立外交院の朴竽煕院長は、日本メディアに対し、1998年に当時の小渕恵三首相と金大中大統領との間で発表された「日韓パートナーシップ宣言をステップアップさせた新しいビジョン」を目指すと発言しました。

これに対し、「朴氏の言葉からは韓国側の焦りがにじむ。尹政権を孤立させず、日本側からも十分な支援をしてほしいと訴えているのだ」とこの日本メディアは解説していました。

日本側からはこう見えるのでしょう。政治資金問題や統一教会問題などに国の関心が向く中、なかなか韓国や日韓関係には注目が集まらない。しかし、尹氏が対日関係を改善するために政治的リスクを負ったのも事実です。

初めて尹氏が訪日した際、韓国に長期滞在していた私は土曜日の夕方、政治デモで盛んなソウル広場に足を運びました。野党党首を含むデモ隊がメガフォンで尹氏を「売国奴」や「親日派」呼ばわりするかと思えば、トラックに積んだ尹氏の巨大人形の頭を斧で割ろうとする派手なパフォーマンスまで登場しました。

いずれにせよ、前述した「もしトラ」リスク、そして日米韓の3カ国に潜むリスクを考えると、早急に対策を講じる必要があります。とくにトランプ氏は最近、NATO(北大西洋条約機構)に対して否定的な考えを示すことが増えました。

日韓によるアメリカ議会工作が必要だ

これに対し、NATO各国はアメリカ議会対策をしきりにやっているようです。これと同様に、「もしトラ」が現実化することを危機管理上想定し、東アジアの平和維持のためには、在日米軍と在韓米軍は不可分という認識を日韓で共有し、アメリカの大統領に誰が就こうと、日韓が一枚岩でアメリカ政府や議会などステークホルダーを説得すべきでしょう。

それこそ、安倍氏がトランプ氏にした「在韓米軍の撤退は困る」「北朝鮮の非核化は必要だ」といった助言を、日韓がともに言い続けなければなりません。

アメリカへの議会工作、いわゆるロビー活動ですが、日本はこの点で韓国より力不足です。アメリカでは韓国系の数が日系の数をはるかに上回っています。安倍氏も「そもそも日本の外交ロビーは弱いのです……韓国のロビーは盛んなんですよ。残念ながら、こうした外交戦では韓国が一枚上でした」と回顧録にあります。

アメリカに対しては、日米が補完的に組めば相乗効果が得られるのではないでしょうか。とくに2025年に尹氏が新たな日韓パートナーシップを宣言するのであれば、こういった戦略立案が急務となるでしょう。

日韓がスクラムを組み、自由、民主、そして法治主義を守るために協力することが、何よりも必要です。

【日本の読者に配慮し、「韓日」ではなく「日韓」と表記しました】

(T.W.カン : グローバル・シナージー・アソシエーツ代表)